組紐細工の恋(ソフィア視点)

「難しいですわ……」


 ソフィアは眉間に皺を寄せ、口をへの字にして目の前の組紐細工を睨みつけた。


「ソフィアちゃんは少し力を入れすぎよ。もう少し優しくね」


 ディオニージア・サンドーロ子爵夫人。

 レジーナにデイジーと呼ばれているアレックスの知己の子爵夫人が、貴族女性のサロンで最近流行している東方伝来の組紐を使った飾守の作り方を教えてくれることになった。

 ボランティアを募って剣の鞘につける飾守を作り、武術大会の予選で売り出して贈らせて売上を寄付する計画だ。

 第一回のボランティアとして生徒達に声がかけられ、やる気のある生徒たちが集まった教室の中は雑然とした空気がある。

 貴族女性の手仕事からの流行だから参加しているのはほとんど女生徒だったが、学生会の役員達は強制参加で数少ない男子の参加者と少し離れたテーブルに集められている。

 あちらはあちらでさっさと作り方を覚えたオリヴェルが作り方を教えることになって、何事か盛り上がっていた。


「レジーナは器用ですわね」


 隣でするすると紐を編んでいく少女を横目にため息をつくとレジーナがはにかんだ。


「船は縄を結んだり解いたりがあって、ロープワークをすごくやらされたからその延長。パパもこれぐらいなら出来るし、ケインはもっと器用よ」


 レジーナは金糸に翡翠を使った飾りを器用に編み上げていた。その色味に思い返す人物がいて、ソフィアの眉間の皺が深くなった。


「レジーナの飾りはウィ……アレックスの色? 相変わらずのパパっ子ね」


 ソフィアがなぜその色味なのか尋ねる前に、レジーナの手元を覗き込んだデイジーが口を挟んだ。

 だからソフィアはそれがアレックスの色味だと認識して表情を緩めた。

 石の色がアレックスの眼の色にしては濃い気がするが、値ごろな材料で本人の色味に完全に合わせることは確かにできない。

 特に彼の眼の色はヘーゼルにしても特殊だから解釈は分かれそうだ。


「あ……うん。そう」


 曖昧に微笑んだレジーナが完成した剣飾りをそっとしまって、今度は紺青と白の紐を組み始めた。こちらはメルシアのシンボルカラーだ。


「あっ! コツが分かった気がします!」


 ソフィアと同じく難しい顔で組紐と格闘していたアネットが花が綻ぶように笑って、紐を組み直した。


「あら、本当にコツを掴んだみたいね。さっきは緩すぎたからほどけてしまったけど、それぐらいなら大丈夫よ」


 アネットは茶色の革紐に煙水晶を使って飾りを作っていた。

 それはまごうことなくリアムの色味でソフィアは心がずきりと痛むのを感じた。

 学生会で共に過ごすうちに、ソフィアはアネットに好感を抱いていた。

 自分の持ちえない嫋やかさと細かい気配りを持ち、穏やかに微笑んで場を丸く収める。

 容貌に派手さはないが優しい笑顔が可愛らしい。

 母や家庭教師にこうあれと言われた理想の女性だ。

 手作りの菓子もおいしい。兄に婚約者がいなければ父に推薦したし、自分が男ならば夫候補として名乗りを上げている。

 だが、彼女はリアムへの好意を隠さない。

 もちろんすべての人にそつなく親切なのだが、リアムへの態度はほんの少し違う。

 もちろん媚びているわけではない。王太子妃への打算もなにもない。ただ好意を隠さない。

 彼女はリアムの事が好きなのだ。

 こんなにも理想的で可愛い少女から、無垢な好意を向けられて振り向かない奇特な男がいるだろうか。

 そして、リアムが振り向いたのならば二人の間になんの障壁もない。

 侯爵令嬢であればリアムの妃として皆に認められ歓迎されるだろう。

 リアムと彼女は空気感がどこか似ているから、国を和を持って発展させて、私生活においても穏やかで優しい家庭を築くに違いない。

 ソフィア自身とリアムの未来の姿よりもはっきりと思い描けるそれを考えると胸が痛くて潰れそうになる。

 ソフィアはもう、目をそらせないその気持ちを、潰さないようにそっと組紐に編み込んだ。

 自分の髪色である銀と瞳の色の赤。

 自分の色をリアムに身につけて欲しいと思ったから思わず選んでしまったその色の組み合わせは自称婚約者候補の悪魔と、アネットがリアムの色味で護り細工を作ったという思い込みによって、リアムとソフィアの両片思いを拗らせる原因になるのだが、ソフィアはまだそれを知らない。

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