もしも王兄と知っていたとしたら(ここからしばらくテオドール視点)

 宴もたけなわ、夜も更けて、貴族達が帰宅の途につき始めた頃、テオドールはフィリーベルグ公爵ケインに引っ立てられて謁見の間に連れて行かれた。

 一段高いところに王と王妃の席があり、その下の両サイドには肘掛け付きの椅子が並べられ、片側にルブガンド公爵・インテリオ公爵がすでに席についている。

 公爵たちが座っていない逆サイド側には椅子席とは別に小机も置いてあり、書記が今日の記録を取るための準備を始めていた。

 そして玉座と向かい合い見下ろされる謁見の間の中心の位置に、質素な木の丸椅子が5個置かれている。


「お前はここだ」


 ケインにそう言われ、背当てすらない木製の硬い椅子にテオドールは座らせられた。


「え?! なに?! どうして?」


 そこに甲高いエミーリエの声が響いた。普段は愛らしいのに、今日はやけに耳障りでまるで仔犬の吠え声のようだ。


「テオ、これってどういうこと? すごく怖い……」


 テオドールの隣に座らせられた少女は何も聞かされていないといった風情で不安気にその金の瞳を潤ませて、テオドールの手を握ろうとしてきたから、その手を振り払った。


「ひどい……」


「幼馴染だとしても婚約者でもない男に、馴れ馴れしくするな。そもそもそれは公爵の皆様の前で取る態度か考えろ」


 顔を正面に向けたままそう言ってやると、不興を察したエミーリエはテオドールの隣の硬い木の椅子に背中を伸ばして腰かけなおす。

 だが彼女は周囲に涙を見せつけるように綺麗に刺繍の施されたハンカチの隅で目頭を拭った。

 鬱陶しいが、嗚咽を漏らさなかっただけマシと思うしかない。

 今日のパーティーについて雑談を交わしこちらを気にしていない様子だった二人の公爵が言葉を止めて開いた扉の先を見て満面の笑顔を浮かべると、立ち上がって入室してきた男を迎えた。


「エリアス! やっと挨拶が出来た。この間、商人としてうちに来た時は驚きましたよ」


「今日はお互い多忙でしたからね。インテリオ公。礼服の着心地はいかがです? とてもよくお似合いだ」


「水臭い。昔からガブリエーレと呼んでくれと言っているのに。それに、今や君は大公ですからね。そう呼ばれたら私は君のことを大公閣下と呼ばざる得なくなりますが」


「では、ガブリエーレ。お言葉に甘えて。ルブガンド公もお久しぶりです。先日はケインに席を譲っていただきありがとうございます。それにリベルタではガイヤールに助けられました」


「バスティアンで良い。ガイヤールといえばこの宴に参加するためにハンバーから強行軍で昨日ノイメルシュに着いたそうだが、会ってやったか? 儂も久々に奴に会ったがずっとお前の話ばかりだった。まあアレのお陰で、公爵にすらなれない程度の小国だった我が国が他国を制して立ち回り、公爵家として残れたのだから執着様様よな」


 エリアスはディフォリア大陸の社交界の中で確固たる地位を持っていたという。

 インテリオ、ルブガンドの両公と歓談を悄然と聞くでもなく聞いていたテオドールは、三人の会話に違和感を感じて、後ろに立ったフィリーベルグ公爵の方を振りかえった。


「ガイヤール?? ……あの時から…!?」


「さて、何のことかな?」


 にこやかに言った、形だけしか笑っていない金色がかった琥珀の瞳が、晩餐会の時にリベルタの総督と名乗った男と同じだ。

 そして、エリアス。

 王族が男爵を名乗るなどとありえないと思っていたが、晩餐会の時のガイヤールが着ていたのと似た仕立ての服を着たインテリオ公の発言で確信した。


「オクシデンブルグ男爵……」


「やっと気がついたのか? 仮面一つで案外気がつかないものだ。それとも、王族が男爵を名乗ることなどあり得ないと考えたか?」


 そちらはフィリーベルグ公爵に肯定を囁かれ、テオドールは思わず腰を浮かせた。


「あの男、リアムと共謀して僕を嵌めたんだな。返り咲くために邪魔だったのか?!」


「裁きが下されるまで、ちゃーんと良い子で座っていろ。お坊ちゃん」


 肩に手を置かれて、座らせられる。優しいといえる口調で力もかかっていないはずなのに、冷や汗が止まらず、怖くて立っていられない。


「それと、もう少し考えて発言するんだな。お前を嵌める必要性がどこにある。彼はいつでも戻って来れたし、陛下は彼が望むのならば喜んで王冠を差し出すさ」


呆れた口調でそう言うケインにテオドールは食ってかかる。


「じゃあ、どうして! なぜ身分を偽った!」


「お前を見極めるためだ。ただ私はエリアスだと名乗ったとしても、お前に同じ提案をしただろう。逆に聞くが、私が王兄だと分かっていたら何か違ったのか? 私は宴の支度としてお前から相談を受け、出来る最善の提案をした。それを飲まなかったのはそちらだろう。机に足を乗せるような下品な男爵ではなく、王の兄であるリベルタ大公の発案であれば受けいれたのか? それはどうしてだ?」


 いつの間にか話を切り上げてこちらに嘴を挟んできたエリアスに痛いところを突かれてテオドールは言葉を詰まらせた。

 おそらく自分は王兄から同じ提案を受けていたら、学生服や、揃いのお仕着せめいた服であっても良しとした。

 そもそも衣装について特に宮廷から指定されたわけではなく、しっかりと打ち合わせもせずに慣例からそうだと思い込んでいただけだ。


「私は助言もしたはずだよ。テオドール。あの時に地位や自分の思い込みにとらわれず私の言葉に耳を傾けたならば、少なくともラスタン商会との問題は起きなかったはずだ。君に響かなかったようで残念だ」


 そう言われ軽く肩を叩かれて、テオドールは彼と娼館の事務所で対面した時のことを思い返して後悔して俯いた。

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