爛れた壁の花は策謀する(エミーリエ視点)

 リアムと婚約してほどなくして、テオドールに婚約者ができた。

 少し腹立たしかったが、貴族というのはそういう性質の物だ。

 自分の両親の結婚も、テオドールの両親の結婚もそうだ。メルシアの国王であるヴィルヘルムもノーザンバラ帝国出身の妃と政略結婚した一方で妾を抱え込み、その妻が護衛騎士と駆け落ちするのを許した。

 愛されない伴侶などいないも同然で、最悪、邪魔になるなら排除すればいいと両親の例から知っていた。

 だが学園に上がり、テオドールの婚約者のソフィアを見てエミーリエは焦燥に駆られた。

 物静かに佇む彼女は美しかったから。

 テオドールは彼女は好みじゃないと言っていたが、遠ざけておくにこしたことはなかった。

 テオドールを焚き付けて上手く立ち回って、望まれるままに身体を抱かせてさらに深く彼の心に入り込んで煽って、ソフィアを学園の人間付き合いの輪から排除した。

 そのまま学園を卒業して結婚後もそんな関係を続けられれば最高だったのに、あまりにも上手く立ち回ったせいか、ソフィアに対する敵意を煽られたテオドールは婚約状態に耐えきれなくなったらしい。

 まさか衆人環視の中で婚約破棄を告げて彼女を排除しようとするとは思わなかった。

 予想外ではあったけれども、その気持ちは嬉しくて盛り上がって、謹慎を命じられていてもテオドールの誘いに乗って教師の目をすり抜けて、愛の巣での密会を楽しんだ。

 だがそこにソフィアにリアム連れで乗り込まれた。

 ソフィアの口が悪い事は学園生活での小競り合いで認識していたが、あそこまで常識はずれの行動力を見せるとは知らなかったのだ。

 抱き合っている現場に踏み込まれて、揉めてしまった成り行きでテオドールは彼女ら二人を新大陸に売り飛ばしてしまった。

 自分はそんな事を望んでいなかったし、リアムがいなくなって仕事の増えたテオドールに一時期邪険にされて辛かった。

 だが、二年生になってからはテオドールが正式に会長になり、心に余裕ができたのか、今回の夜会の手伝いまでは二人で楽しい日々を過ごすことができた。

 だから、リアム達を排除できたのは神の采配、真実の愛で繋がった自分達への褒美だと思っていた。

 裏でこんな酷い、自分達を排除するための謀略が進んでいたなんて思っていなかった。

 だが、こうなった以上、そんな事を考えてもしかたがない。

 不本意だが、リアムが帰って来たのならばなんとしても取り入って、せめて元の位置に戻らないといけない。そうしないと自分の居場所がなくなってしまう。

 おそらくテオドールとは難しい。息子を溺愛する鬱陶しい母親が自分との結婚を良しとしない。

 そして誰とも婚約できないまま卒業したら、名目上の爵位や生活する最低限の施しが王家からあるにしても、母とヴォラシア公爵家が嬉々として自分を排除するだろう。

 リアムを愛した事などないけれども、彼はずっと自分のことを好きでいてくれた。

 離れてから誰よりも愛していたと気が付いたと、弱く泣いて縋ればまたきっと自分の事を愛してくれる。

 あり得ない事だが、それでも復縁を拒否されたのならば、なんとしても身体の関係を結んでしまえばいいのだ。パーティーの後のお楽しみのために、ラスタン商会で勧められてテオドールと楽しむための特別な媚薬を用意したからそれを流用すればいい。

 子供ができたかもしれない状況になれば、できていないと判明するまでは自分を拒まないだろう。彼はそういう人間だ。

 その間に彼を絆して元の鞘に収まればいい。

 幼い頃からリアムの事を観察して来たのだ。

 効果的な傷つけ方を知っているのだから、愛され方だって知っている。

 彼は自分よりも惨めで弱い女を守るのが大好きだから、そう言う風に振る舞えばいいのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る