疑惑(アレックス視点)

 リアム達が就寝した夜11刻。シガールームにアレックスとケインとライモンドが集まっていた。

 シガールームといっても誰も煙草は吸わない。マホガニーの机にはフィリーベルグ産のブランデーとグラスが三個とつまみが数品。


「今後の話ということでしたが」


 ライモンドはそう尋ねながらブランデーをビールでも飲むようにぐびりと飲んで、チョコレートを噛み砕く。年の割には肝がすわっているが、いきなり呼び出されて少し緊張しているように思えた。


「実は君達を返す準備は終わりそうなんだ。あとは出港日を決めるのと、その日付に合わせて搬入した方がいい食料品の発注ぐらいだ。三人とも仕事がよくできるからとても捗ったよ。だが、やはりぎりぎりまで時間を貰いたい」


「なんでだ? おせっかいなどやめて、さっさと追い返せばいい」


 安堵した顔に怪訝な表情を浮かべたライモンドの答えも待たずに、そう突き放したのはケインだ。自分がある程度何をいうのか予想した上で、それを止めたいと思っているのだろう。


「俺もメルシアに戻りたいと思っている。時間がどれぐらいかかるか分からないし状況によっては戻って来られないから、事業を整理して俺やケインが関わらなくても何もかもが動くようにしていきたい」


「ここで三人で幸せに暮らすんじゃなかったのか? 十分すぎるほどの富もある。貴方を傷つける人間はもう誰もいない。リベルタの産業を牛耳る王のようなものだ。なぜメルシアに戻る必要があるんだ」


「二十年前売られて奴隷に堕とされている間に、家族は亡くなった。だからもう帰る必要はないと思っていた。そちらはそちらでお幸せに、もう俺には守る物は何もないから娼館や私掠船団の皆、それにここで新しく得た家族と、俺は俺で生きていくと」


 ブランデーのグラスを回して、アレックスはそれを口に含んで飲みこんだ。

 甘く熱く喉越しのいい酒は命を賭して自分を生かしたケインの父が好きだった酒だ。

 だが、今はそれに苦味を感じる。二十年、目を背けて来たことと対峙しなくてはならない。

 向き合う機会も必要もないままこの島で一生を終えると思っていたが、運命はそれを許さないようだ。


「だが、リアムを見ろ。あれは虐げられ萎縮した子供だ。ヴィルも自分の知っている弟と違って、違い過ぎて、いかにも不幸と不機嫌を背負った男になっているようだし、レオンだってそうだ。あの潔癖な男が、王と女の取り合いをした挙句、自分が実の父親と知りながらそれを王位につけようとする男に変わった? 信じられない。外から全ては測りかねるが、何もかもがねじれて捻くれて澱んでいる。あと、レジーナだって異母兄がここに来ただけなのに、動揺していて見ていられない。あれは親に捨てられたと本人が思っているからだろう。そのわだかまりも取り除いてやりたい」


「あなたがかかわる理由も必要もないだろ! レジーナだってリアムがいなくなれば、元の落ち着きを取り戻すはずだ。昔の傷を抉り直す事はない」


「俺にはそうとは思えない。傷はきっちり抉って、なんなら切り落として対処しないと全身に毒が回って死んでしまう。なあ、ライモンド。お前の母親の髪と目の色はなんだ? 祖父母は?」


「へ?? 急になんです? 父方は全部赤毛の琥珀眼、母は金髪にグレーの瞳、祖母は茶髪茶眼だったかな……まあありきたりな色です」


「ケイン、お前の姉と母親は? 姉は赤毛の琥珀眼で母はブルネットに青い瞳じゃなかったか?」


「そうですが、それがどうか……」


 突然の話の転換に怪訝そうだったケインの言葉が途切れた。自分が何を言わんとしたのか理解したのだろう。


「シュミットメイヤーの血を引く親戚で赤髪と琥珀眼のどちらも継いでいない人間はどれぐらいいる? リアムの瞳の色は琥珀に近いが、あれは別物だ。プレトリウスの特徴だろう」


「いないわけじゃないですけど……少ないですね。三代ぐらい赤毛じゃないのが混じると違う色味が出ることも多いから俺が他の色の子と結婚すれば子供は違う色味かもしれませんね」


 ライモンドが質問の意図は分からないまでも、なかなか核心をついた事を言った。


「男親が違う色味の時は男親の特徴がでやすいかとは思う……だからリアムに違和感はなかったんだ……いやあるにはあったが、そう思うことにしたんだ」

 

 言いたい事を理解したものの、飲み込みきれない様子で苦しげにケインは言った。どうやら彼も関わりのない事だったらしい。これで知っていたのならば彼を責めなじるところだった。


「いくら赤狼団が権勢を誇っても、宰相が力を持とうと、正妃の子を王位につけたくないからだとしても、あからさまに自分の血を継いでいなさそうな庶子を自分の子として王太子に据える必要はないんだ。王位を継がせるためと宣言して、宰相の子を養子にすればいい。メルシアは男子優先だし、プレトリウス家にも王族の血は入っているからどうとでもなる」


 そこでアレックスは普段は舐めるようにゆっくりと飲んでいる酒を一息で呷った。酒の力を借りなければこれ以上、話をすすめられない。


「可能性を潰すためにあえて聞くが、リアムが生後すぐに縊られたという俺とオディリアの子供という事はないのか?」


「……俺は産まれたての臍の緒も残った赤子が完全に事切れているのを確認した」


「そうか。ほんの少し期待したんだが。なら、やはり、メルシアに帰ってヴィルとレオンを問い詰めないといけないだろう」


「待ってください!! どういうことですか?!」


 話が見えないと困惑するライモンドにアレックスはなみなみと酒を注いだ。


「誰が誰に寝取られて、リアムの本当の両親は誰だ? ってことだよ。さすがに今日は飲まずにやっていられない。つきあってくれ。明日は休みにする。明後日から仕事が倍に増えるから覚悟してくれ」

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