神殿騎士団の街

 ジョアンによって保護された三人は神殿騎士団の船に乗せられて新大陸にある港に降り立った。

 そこはフォルトル教の神殿騎士達と開拓民達で作った木造の神殿を中心とした素朴な街だった。

 煙突の部分だけを石造りにした木造の平屋や茅葺に木造の小屋が建ち並んでいて、石造りの建物ばかりのノイメルシュ首都しか知らないリアムから見ると、物珍しい造りの街だった。

 だが、リアムは助かった事を喜び、新たな世界に浮かれる気持ちには、到底なれなかった。

 それはバティスタの拒絶のせいとも、それを嗜めたジョアンの言動からうっすらと透ける侮蔑のせいでもあった。


「リアム、交渉をした後からジメジメしていますわ。あなたの功績でせっかく助かったのだから、胸を張ったらどう? それとも騎士達に何か言われましたの?」


「いや、なんでもないよ。なんか気が抜けちゃって……」


 正直に重石を吐き出すことが出来ずに、首を振る。

 上手くごまかせたか分からないが、ソフィアは首を傾げて話を流してくれた。


「ならいいのですけど……」


「まあ、交渉が成功してくれて助かりましたよ。あの状況で戦闘に突入していたら少なくとも俺の命はなかった。ありがとうございます。主人に守らせるような真似をさせたら護衛失格だ」


「元はと言えば僕達が売られたせいだし、ライはちゃんと助けに来てくれた。こちらこそありがとう」


「仕事ですからね。まあ帰国したら失職でしょうけど。陛下と妃殿下に、命を取らないのとなるべく退職金を出してもらう方向でおねだりしてもらって良いですか? 特にベア姐さんは身内だからこそ容赦ないでしょうし」


「ベア姐さん? 妃殿下の事?」


 口を挟んだソフィアにリアムは答える。


「うん。ベアトリクスだからベア。赤狼団出身なのは有名だよね。団員に姐さんって呼ばれてる」


「うちの父親とベア姐さんがいとこ同士で、リアムと年が近いっていうんで雇われましてね。護衛しやすくて楽な仕事だと思ってたらこんなことになっちまって……ほんっとに命だけは助けてくださいよ」


「そもそも僕がいなくなった程度で誰かに処分を下すことなんてありえないって。まあでもそうなったら、父上とはあまり交流もないし、僕の言うことなんて聞いてくれるか分からないけど善処する」


 せっかく二人が心配して、盛り上げてくれたのにまた気持ちが下がってしまった。

 母は厳しく甘やかしてはくれなかったが、愛情を持って接してくれていると思っている。

 だが、父との関係はひどく希薄だ。虐げられている訳ではないが、ほとんど関わりがない。

 常に仕事をしていて、突然、執務室か謁見の間に呼び出されるか、予約を侍従経由で入れた上で短時間の面会で用件を済ませるといった状態でおおよそ親子らしく過ごしたことはない。

 晩餐を取ることがあっても、はい、いいえ程度しか答えられないような間柄だ。

 宰相は三ヶ月に一度程度は様子を見に来てくれていたが、彼が実の父親かもしれないと察した時に用事がない時の来訪を断ってしまった。

 両親の事を考えながら歩いていたら、自分達の会話が聞こえない程度の距離を先行していたジョアンが足を止めて一軒の家の扉を開けた。


「ここを使ってくれ。水は裏手に井戸があるから好きに使って良いが、それ以外はなるべく外に出ないように。食料と日用品はここに」


 最も年嵩のライモンドに話す体で素っ気なく言ったジョアンに三人は頭を下げ、ライモンドが礼を言った。


「感謝する」


 そこはまだ新しい木の匂いのする家で、寝室も台所も食堂も居間も一繋がりで寮の部屋よりも狭かった。

 だが三人が寝泊まりするには充分な広さで、煮炊きも出来るし、硬いが人の眠れる寝台も二つ置いてあった。船底の檻の中に比べれば随分まともな環境だ。

 食料も日用品も過不足なく揃えられていて、新品でこそないものの今着ているものよりも清潔な衣服まで入っていた。


「水を汲んで持ってきてやるから、ベルグラードはここで待っていろ。殿下……いや、リアムは手伝ってください」


 この状況で殿下呼びは良くないと考えたらしいライモンドにそう言われて重い足を動かして、二人でソフィアに体を流す水を持って行き、もう一度井戸端に戻って髪を洗い、薄い布で体を擦って汚れを落とすと、ライモンドが水をかけてくれた。


「石鹸がないから、ろくに落ちませんけど、ちっとはマシになったんじゃないですか?」


「……うん。ありがとう」


「あの狂信者共に心ない事を言われましたか? 薄汚い私生児とか。なんでしたっけ……腐朽の果実とか」


「……っ! そんな事は」


「隠さんでもいいですよ。言葉は分かりませんけど、ジジイの方が噛みついてから、ジョアンとかいう男の態度も変わった。神聖皇国語で話すのを止めたのは俺達の為じゃなくて、話す相手を俺に変えたからだ。あいつらは単純ですからね」


 くくっと喉の奥で笑ったライモンドは剣呑な光をその目に浮かべて続けた。


「俺が赤狼団の団長の孫って知ったら、あいつらどういう顔をするか、楽しみだなぁ」


「隠したんだよ。僕の胃を破壊するのは止めてくれ。どうあれ保護してくれた。この食料や服だって心尽くしだと思う。だから、大人しくして帰れるのを待とう」


 赤狼団と神殿騎士団は仲が悪い。十五年ほど前に遭遇戦となり、赤狼団が神殿騎士の小隊を全滅させた事があったそうだ。その件は上層部で話し合いが行われて決着がついているが、リアムの件と同じで下の者達は納得していない。

 同じように身体を洗ったライモンドは自分で井戸から水を汲んで身体にかけていた。

 乾いた布で拭いて、こざっぱりした衣服を身につければ随分マシな気持ちになる。


 帰りがけに煮炊き用の水を汲み、小屋に戻るとソフィアがよろよろとたらいを運んで外に出て水を捨てていた。


「置いておいてくれれば良かったのに」


 リアムとライモンド二人で運んだものだ。ライモンドがリアムが運んだ水のの四倍ほどを汲んで持ってきているので相当な重さだろう。


「戦場では自分のことは自分でしなさいと言われています。少々重かったですが、持てましたから自分でやります。多少はスッキリしましたけどこうなってくるとお風呂が恋しいですわね。冬なのに蒸し暑くて、空気が体に巻き付いているみたいですわ」


「リベルタでも、海賊諸島に近い位置だからじゃないかな。もっと北に行けば寒くなると思うけど、海賊諸島の辺りは常夏だから。植物だって見慣れないものがたくさん生えてる」


「まあ、無いものねだりをしても仕方ありませんからね。さて、無いものといえば、食材はあるんですけど料理はないんです。この中で料理の経験のあるやつは?」


「はい!」


 シャキッとソフィアが手を挙げた。


「すごい!」


 貴族が厨房に立つのは稀だ。リアムも料理の知識はあるが経験はない。


「へぇ。何が作れるんだ? ベルグラード」


「父から教わった、肉のローストが作れますわ」


「父……ベルニカ公……って事は戦場料理か……。参考までに作り方を聞いてもいいかな?」


「作り方? 肉を焼きます。以上ですけど?」


 ライモンドが額を抑えてソフィアに質問した。その料理になにか覚えがあるらしい。


「ローストだから焼くよなぁ。どうやって焼くんだ?」


「直火に突っ込めば短時間で焼けていいぞ、と父が」


「雑! ベルニカの戦場料理、雑!! つまり、料理が出来るのは俺だけって事だな! それは料理の作り方じゃない。戦場で生で食べるとやばそうな肉を食べるための方法だ。ちなみにその料理の名前は肉っぽい炭だ。いい機会だ。二人にちゃんとした料理を教えてやろう」


 料理人の顔で、ライモンドは調理用ナイフとじゃがいもを手に取った。

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