襲撃
ライモンドは夜気を切り裂く砲撃の音に、ハンモックから転がり落ちた。
「敵襲! 敵襲だ! 全員戦闘配置につけ!」
海賊まがいの密貿易船だから、この船はある程度の戦闘能力を持っている。
敵を確認するために甲板に上がり相手の掲げる旗を見たライモンドは船倉に取って返して、檻の鍵を壊して開けた。
「神聖皇国の船に襲撃されてる。少し危険だが、ここからならボートで船の沿岸までつける距離だ。逃げるぞ! 服は自分で着れるな?!」
神聖皇国——レグルス神聖皇国はディフォリア大陸全域で信仰されているフォルトル教の宗教国家で、メルシア連合王国に並ぶ大国だ。
フォルトル教の布教を兼ね、現在はリベルタ大陸にも開拓地を持っている。彼らはその開拓地の警備を担う騎士団だろう。武装した密貿易船の船員ならば早晩殺し尽くされてしまう。
だからこそ逃げるチャンスと見ていいとも言える。
ボロ切れのような服を怯えた顔の二人に投げつけ、ライモンドはカンテラを手に人の少ないルートを選んで甲板に置かれたボートに近づき、小声で二人に指示を出す。
「降ろすぞ!」
「おい、何やってる! 自分一人逃げる気か?! ライリー!」
誰何の声を受けたライモンドは、瞬間、目の前の男の喉笛を切り裂いた。生命の灯火を消した男の体が崩れ落ちた所で相手の懐に手を突っ込んで財布も失敬する。
「知り合いだったのでは?」
彼とは酒を酌み交わした。休憩が被った時は賭けカードに興じた。気のいい男だったが、敵の一味にいる以上、対峙したら斬り捨てると決めていた。
震える声で尋ねるソフィアに、ライモンドは冷徹に応える。
「それが? あんたらを売り飛ばそうとする輩の一味は敵でしょう。お嬢さんの所は常在戦場が家訓だろ。ついでに財布を頂いた事も口出しするな。あんたら坊ちゃん嬢ちゃんを連れてだと先立つものがなきゃあ立ち行かない。無駄口叩いてないでボートを降ろせ」
滑車に通した縄を持ちボートをゆっくりと降ろしていく。船に乗せて降ろしたいところだが、人数的にそうも言っていられない。
なんとか降ろしたところで数人の男達がこちらに向かって走ってきた。
白い制服に獅子十字と呼ばれるシンボルの胸章を染め抜いた赤いマントを翻す、レグルス神聖皇国の神殿騎士達だ。
「密貿易船の乗組員ならともかく、神殿騎士……はどうにもならないな。二人とも、足を下に海に飛び込んで、ボートに乗って西に向かって全力で漕ぎなさい。星で方向ぐらいは読めますね? 俺は奴等を足止めします」
ライモンドは覚悟を決めた。
レグルス神聖皇国の神殿騎士は、フォルトル教の修道士でもあり護国の騎士でもある、厳しい修練を積んだ彼等は精強で、宗教に殉じているため命を惜しまず、同胞の命が奪われれば身命を賭して仇を取ると有名だった。
自分達の姿は彼らと今まで対峙していた密貿易船の船員に見えているだろうから、彼らは自分達の事を許さないだろう。
「何を言ってるんだ。そんな事出来るわけない! ライを置いていけない!」
「じゃあどうしろっていうんだ!」
「武器を捨てて、敵意がない事を示して! 後は僕が話してみるから!」
普段ならリアムのそんな言に惑わされたりしない。だが、彼が普段見せぬ気迫に気圧されて、ライモンドは手に持った剣を投げ捨てて武器を持っていない事を示す。
そのライモンドの前に一歩踏み出した少年は膝をささくれだった甲板につき、手指を胸の前で組んで声を張り上げた。
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