第7話 急激な運動は厳しい

 異世界に転移したその日の夜は各々が寝る場所を見つけて朝まで過ごしていた。すすり泣く者もいれば眠れずに何かを考えている者もいた。夜になっても比較的気温は暑くも寒くもなく、何処でもごろ寝が出来るような気温であり助かっていた。




 仁と真那、そして慈愛の3人はあの本社棟にある大会議室にいた。これからの修行も兼ね、ここを他の者は立ち入り禁止とし寝泊まりをすることになった。慈愛は一番上座に来客用だったソファーを与えられ、夜はいつ寝ているかわからないほど、会社にあった雑誌などを興味深そうに読んでいた。仁と真那は慈愛とはちょうど正三角形になる位置にパーテーションを一応壁として置いて寝床とした。




 そして2日目。仁と真那は修行を開始していた。真那は慈愛からもらった魔法書を机と椅子を用意して暗記していた。仁は木刀で慈愛と剣の稽古をしている。


「なかなか良くなったが、剣士でないワシとこの程度ではまだまだじゃぞ」


「はぁはぁ、おっさんなんだから急激な運動は厳しいって・・・」


 仁はかなり息が切れていた。若いころは運動神経も抜群であったが、さすがにアラフォーでは体力が持たない。




 午前中の稽古が終了し食事が運ばれてきた。食事は一緒に転移してきた羽曽部食品の商品だ。与えられる量は限られ、少しの白米とデミグラスソースの掛かった肉団子であった。食事を始めると真那が慈愛に質問する。


「魔法を発動する時って、この長い分を全部を詠唱するんですか?」


「いや、一度全部頭に入ったら後は忘れずにそれら一文を一瞬で思い出せるような言葉を放つだけじゃ。はっきりいってそこはセンスの問題じゃ。そして指先や掌などに魔法力を集中させれば発動するのじゃ」


 真那は少し考えた後、立ち上がり深呼吸をした。右腕を伸ばし人差し指を立て、ちょうど自分の目の高さまで持ってきて叫ぶ。


「ファイヤー!」


 すると指先で一瞬だがプスンッと炎が出た。すぐに消えてしまったが間違いなく炎は出現した。


「出た!火!一瞬でしたけど出ましたよ!」


「おお」と慈愛と仁はハモるように声を出した。あのびっしり書いてあった文字を丸暗記したことにも驚いたが、慈愛の少しの助言で一発で成功させた。真那はなかなかのセンスの持ち主だと慈愛は感心していた。


「魔法書で現れた2ページは火と水を出現させる初歩的な魔法じゃ。しばらくオヌシは反復練習じゃ。そうすれば体内の魔法力も上がってくる。火と水の魔法は冒険には大きく役立つぞ。寒ければ火を出し温まることもできる、夜には明かりにもなる。喉が渇けば水を出して飲むこともできるのじゃ」


 真那は自身の魔法が冒険に大きく役立つことに更にやる気を出していた。




 仁は話の流れで慈愛のスキルが何だかを聞いた。教えてくれなそうだなと思っていたが慈愛はあっさりと魔法だと答えた。ただし属性は光だそうだ。スキルが高いと光属性だけでなく他の属性の魔法も全てではないが使えるという。どちらかと言えば光属性は攻撃的な呪文よりも回復や防御といったことに長けているのだそうだ。確かに今この辺一帯の会社の敷地を覆っている結界も防御の一種だなと仁と真那は納得した。




 さて、とりあえず夜は風呂に入りたいと仁は考えていた。水は慈愛の補給で何とかなる。あとは沸かす手段だが、電気はなるべく節約したい。そうなるとドラム缶風呂が一番手っ取り早い。工場には廃油用のドラム缶があるが未使用品の在庫も10缶ほどあった。しかし温度調整が難しく、入るには底が熱すぎるし縁で火傷をしてしまうかもしれない。他の従業員も風呂の事は考えていたが、人数も多い為、なかなか良い案が思い浮かばない。




 取り急ぎの対策としてドラム缶で沸かしたお湯を順番に一人ずつバケツ一杯ほどのお湯を与え体を拭くだけとなった。場所は本社棟の前にあるお偉いさん専用の車庫が使用された。シャッターも締まるため、女性にも安心して使用ができるし、お湯を沸かす場所も隣接できる。


 しかし便利な地上世界から来た従業員にとって、不満をちらほら言う者も出てきた。工場の設備課はなんとかして風呂を作れないものかと思案していた。


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