漂流企業 食品工場まるごと異世界転移

蒼木しの

第一章 漂流偏

第1話 転移の始まり

 〇月×日午前10時23分、低い地鳴りが鳴る。そして建物も軽く呼応するように揺れた。「また地震か」誰もがそう思った。


 震度3に満たない地震が頻繁に発生していた。




「工場は大丈夫だったかな、誰か確認してきて」


 一人の管理職と思われる男は、すぐに部下へと指示を出した。



 工場は広大な敷地に立つ巨大な建物であり、その中では機械音と忙がしげな作業の音が響き渡っている。この工場では主に食肉製品や総菜系の製造を手がけており、香ばしいハムやジューシーなソーセージ、または繊細な味わいの中華料理など、さまざまな食品の製造が行われている。




 しかしこの工場も、時折巨大な障害に見舞われることがある。地震や自然災害の影響で、水や電気などの不可欠なユーティリティに異常が生じ、製造ラインが一時的に停止してしまうことがあるのだ。そういう事態に見舞われた場合、工場内は騒然とし、慌ただしく復旧作業が行われる。


 一時的な停止が長引くと重大な問題が浮上する。製造ラインの停止によって、膨大な量の食品がロスとなってしまうのだ。鮮度を保つために厳重な管理が求められる食品たちは、時間の経過とともに価値を失ってしまう。その結果、会社にとって大きな損失をもたらすことになる。


 工場の関係者たちは、日々の業務において万全の体制を整え、万が一の事態に備えている。しかし、不可抗力には逆らえない現実が存在し、常に慎重に目を光らせているのである。




 先程、指示をした男が従事している部署は品質管理課というところだ。偉そうに指示を出していたのも、ここの責任者として課長をしているからであった。

 男の名は[須沖すおき じん]。アラフォーのおっさんで撃墜マークが一つ付いている。いわゆるバツイチってやつだが、部下からは結構慕われており男女問わず接しやすい性格で、色々と相談を受けたりもしている。


 今はダンディー路線を目指しているようだが、どうも心は成長していない。性格的に仕事はしっかりこなすし、まじめで時折り冗談は飛ばす。部下想いではあるが、プライベートはもっぱらゴロゴロしているのが好きだ。




 工場とは運送トラックの通路を挟んだビルの一角に仁のいる品質管理課はある。敷地内には大きく分けて[食品工場][物流センター]そして品質管理課や営業部門、その他もろもろの管理部門が集中している[本社棟]の3つがある。


 窓からは遠くに富士山が見え、国内的に大きくない会社だが地元民に愛されている企業ではある。会社名は【羽曽部はそべ食品株式会社】という。この会社の創設者の苗字が会社名の由来だ。




「須沖課長、工場は問題ありませんでした」


 部下が戻ってきて報告を受ける。使いっ走りとなったのは入社1年目の若い男の子だ。こういう使いっ走りの指示はやはり年功序列で若い人間が走る。



「ありがとう、お疲れ様~」


 仁と同時に女性達も声を掛けた。品質管理課は女性が10名、男性は仁を含めると6名だ。お礼を言ったこの女性たちは品質管理という仕事柄、法律的な面も詳しく知的な雰囲気を漂わせている。




 仁は後で行ってみるかと背伸びしながら外を見る。

 いつ、ここも大地震が起きるとは限らない。日本では大地震と呼ばれる災害が数年おきに起こっている。大きな災害が起こるとしばらくは慎重になるが、それも次第に風化していく。平和ボケではないだろうが、どうも自身に振りかからない限りは記憶が薄れていくものだ。




「誰か一緒に工場見に行く~?」


 しばらくして仁が声を掛けると、先ほど使い走った新入社員が行きますと声を上げた。「(いやいや、お前は行ってきたばかりだろう。おっさんだって若い女性と行動を共にしたい)」と、あえて冗談っぽく仁が無視をしていると、ジッとこちらを見てる女性社員がいた。


「お、真那さん行く?」


 彼女、岡宮おかみや 真那まなはニコッとして「行きたいです!」と大きく返事した。年齢的にも若く、席を空けてしまう事を周りに気にしていたようだが、心地よい返事が返って来たってことで、軽く彼女の行動に背中を押せたかなと仁は思った。

 これも仕事だし過剰に気を使いすぎるのも良くない。特に彼女はまじめすぎるので息抜きにでもPCから目を離して歩いた方が良い。


◇◇◇


 本社棟を出て工場へ向かって歩いていると、真那は工場の事について色々と質問をしてきた。事務専門の女性はあまり工場の実務経験がない。PCのデータ上とは異なることもあり、わからない事が多いのだ。その点、仁は工場経験も多く、幅広い知識を持ち合わせている。こういう時はちょっと得意げに話してしまう。




 工場建屋の3階にある事務所に入り、辺りを見回すと何事も無かったようにいつもの仕事風景が見られた。それだけで工場に何も被害が起こっていないことは明白であったが、真那は同期にあたる[豊川とよかわちはや]という女性QCに声を掛ける。

 QCとは、品質管理(Quality Control)の略語であり、製品の品質に問題がないか検証する役目を表す言葉で、工場に属している品質管理担当者の事を指す。所属は工場となるが、本社の品質管理課とは密接な関係にあたる。


「ちはやちゃん、さっきの地震、影響は何もありませんでした?」


「あ、真那ちゃん。特に問題は・・・」




 急に豊川の言葉が止まった。仁も真那もその異変に気付いた。すぐ横を大型トラックが通過するような振動を足元から少しずつ強く感じ始めたのだ。


 ズ・・

 ズズドドド・・・


 最初は微かな振動だったが、次第にこれまで聞いたことのないような地鳴りが「ドンッ」と大きな音を立て体が大きく揺れ始めた。

 それはまるで大きな手が建物を揺すっているかのように感じられた。


 揺れが強まるにつれ、部屋中の本棚からは書類が落ち、机や椅子が転がり落ちる音が響いた。仁はすぐさま真那の手を引っ張り廊下に出る。事務所の中にある棚は地震対策をして固定されていたが、ミサイルのように棚の中のファイル束が無差別に発射されていた。


 廊下には他の従業員たちも悲鳴をあげパニックになっていた。突然の地震に驚き、騒ぎが広がっていく。建物自体が大きく揺れ、天井からは砂利やコンクリートが落ちてきた。仁は周りを見回しながら比較的落下物などの障害が少なそうな柱を見つけ、そこに素早く移動して真那の頭を抱え込むようにして柱の傍にうずくまる。仁の腕からは真那が突然の出来事に大きく震えているのが強く伝わっていた。




 工場は3階が事務所で1階と2階で製造をおこなっている3階建ての建物だ。耐震強度は問題ないだろうが、今いる場所は3階。建物が崩壊しないかと仁も内心ヒヤヒヤしていた。


 窓から建物の外を見ると砂嵐が勢いよく上昇しているかのように見えた。いつもの風景は見えない。異様な砂嵐だけが上昇している光景がどの窓にも映っていた。まるで、建物自体が地中に沈んでいくような錯覚をさせる光景だった。




 しばらくすると揺れが減少していき地震は収まった。震度はどれくらいだっただろうか。震度6か7ぐらいか?どちらにせよ今まで感じたことのない大きな地震だった。




 仁は地震の恐怖から解放され、大きく息を吐いた。

 まだ揺れているかのような感覚はあるが、地震は完全になくなっている。仁は真那に大丈夫かと気遣いの言葉を掛けて落ち着きを取り戻させた。



「真那さん、工場の従業員はお年を召した方もたくさんいる。安否の確認をしていこう」


 そう言って仁は真那のもとを離れ、周辺のうずくまったままの従業員に片膝を付いて声を掛けていく。

 何人かに声を掛けていた時にふと、視界の外側に違和感を感じた。こんな地震の後だ、何かしらの不思議な感覚があって当然だと思っていたが、その正体に突然気づいて立ち上がった。


 いつもの窓から見える富士山が見えない!

 天気が悪いとか視界が悪いとかではない。青空が広がって天気も良いが、すっぽりと富士山がいつもの景色から消えていた。




 仁は早足に窓へ近づき辺りを見回した。富士山だけでない!周りの建物がなくなっている。地震で崩れたとかではなく、周辺には木々の生い茂った自然が広がっていた。急いで反対側の窓に確認に向かう。

 そこには、本社棟や物流センターはいつもの位置に確認できたが、それ以外の景色は同じように木々が広がっており、アスファルトや他の建物など近代的な物が何も見えない。羽曽部食品の敷地だけがすっぽりと大自然にある深い森の中に放り込まれたようであった。


「ここはどこなんだ・・・」


 この異変に他の従業員も気付き始め、再びパニック状態になり始める。しかし、突然の非現実的な光景を目の当たりにした仁も周りの騒ぎ始めた状況に意識が行くわけでもなく、呆然とその場で固まっていた。



『(過去にタイムスリップ?いや、それなら富士山もあるはずだ。夢でも見ているのか)』




 そんなことを仁が棒立ちして考えていると一人の若い男性従業員が叫んだ。


「おお。異世界だ!異世界に転生したんだ!」



 異世界?なるほど、そう言われると確かにこの景色も納得できるが、転生って一度死んでしまって生まれ変わることだろ。それは困る。家には年老いた母親と猫がいる。


 仁には姉がいたがすでに事故で他界しており、父親も早くに亡くなっていた為、仁一人が母親の面倒を見るのは必然となっていた。



『(どちらかと言えば異世界転生と言うよりも、会社の建物ごと異世界にした感じかな・・・)』




 そんなことを考えていたが仁は「ハッ」とし、いや、今はそうじゃないと考え、他の従業員に意識を向ける。



「皆さん、落ち着いてください。まずは被害の状況を確認しましょう!怪我をされた方はいませんか?」


 本社棟にいる品質管理課の部下の事も気になっていたが、今は目先の事を順番に片づけていくのが先決と考えていた。仁の掛け声に賛同し、一部の従業員たちはうずくまっている人を介抱しながら休憩室へと誘導していく。




 先ほど異世界と言葉をあげた若い男性従業員を含む5名は、そんなことに目もくれず、外の景色にくぎ付けになり興奮していた。何やらワイワイと騒いでいる。


 すると何も考えずにバッと扉を開けて外に出ようとしていた。それを見た仁は叫ぶ。


「おいっ!勝手に出るな!何があるかわからないぞ!」


 その声に一度は振り向いた若い従業員たちだが、また振り返り外へと足を踏み入れる。


「魔法とかあるのかな!」


「俺たちなんのスキルを授かったのかな!」


「まずは異世界を探索しないとな」


 彼らは仁の声に耳を傾けずに外に出た。扉の外はまだ空調の室外機とかが置いてある工場建屋の一角になっており、そこを通り抜けると1階まで下りる外階段がある。


「あれ?見て!異世界の鳥だ!」


 外に出た一人が指をさして叫んだ。厚い雲の中からその鳥は5匹が連なって飛んで来た。仁の目にも窓ガラス越しに確認できた。鳥はこちらに向かってきているようだが何かがおかしい。鳥が近づくにつれ "普通の鳥とは大きさが違う" ことに気付く。




 その鳥は想像以上の大きさであった。羽を広げた感じでは5メートルはあるだろうか。毛のない茶色い体に大きなクチバシを持っている。中生代白亜紀後期に生息していた翼竜の一種、プテラノドンに酷似している。いやそのままだろうか。生きている姿を見たことはないが実際に存在していたらこんな姿だろう。


 その内の1匹が群れから離れた。急旋回し外に出た5名に向かっていく。慌てふためいた彼らは、先ほどの意気揚々とした姿とは裏腹に、青ざめた顔で建物内に逃げ込んだ。




 大きな鳥、プテラノドン(仮)は逃げた5名を追いかけるようにして頭から扉に突っ込んだ。先ほどの地震ほどではないが、「バッリーン!」と大きな音が振動と共に、周りの壁や窓ガラスを破壊し、大きな翼ごと建物内部に滑り込むように侵入して来た。まるでデカいミサイルが撃ち込まれたようだった。


「はっ、早く部屋の中に入れ!」


 仁は突然の出来事に驚いたが5名にすぐ声を掛けた。

 幸い突入してきたプテラノドン(仮)は、天井があるせいで身動きが取りずらいせいか、羽をバタつかせてギャーギャーと鳴いている。既に休憩室へ誘導をおこなっていた為、廊下のフロアーにはほとんど人は残ってなかった。




 仁を含め、5名の若い男性従業員も事務所の中に逃げ込み扉を閉める。プテラノドン(仮)は辺りを見渡し、肩で歩くように這いつくばった感じでズルズルとフロアーを徘徊し始めた。事務所や休憩室に逃げ込んだ人々は、衝撃の出来事に身を震わせながら物音を立てずに息を殺していた。


 仁は事務所の扉に背を向けるようにして立ち、ガラス越しにプテラノドン(仮)を凝視していた。



 地震、見たことのない風景、異様な生物、確かにここは今まで住んでいた世界とは異なるようだ。汗は額から溢れ出し心臓はバクバクいっている。息を殺して静かに呼吸をするが、とても息苦しく感じた。




 突然プテラノドン(仮)の動きが止まる。そして一点を振り返り凝視しているようであった。


 それに気づいた仁は視線の先に何があるのか、体勢を傾けて視線の先を追う。


『(真那!?)』


 そこには真那がいた。最初に二人が避難していた場所だった。仁の今いる事務所の扉から見てプテラノドン(仮)の右後方に真那は地震の後も動けずその場にいた。てっきり一緒に救護活動をしていると仁は思い込んでいたのだ。




 ―――しまった!自分の責任だ―――




 真那はまじめで責任感も強い、しかしまだ幼さも残る女性だ。なぜ、自分と同じことが普通にできると思っていたのか。仁は一気に後悔をしたがすぐ行動に移る。走って事務所の冷蔵庫を開けて800g程のスライスされていないハムの塊を手に取った。

 工場の事務所にある冷蔵庫には開発課がテスト製造したサンプル品が保管されている場合がある。ちょこちょこ工場に顔を出していた仁はもちろん知っていた。


 取り出したハムを片手に事務所の扉を勢いよくバンと開けて大きな声で叫ぶ。


「おい!!!」


 叫ぶと同時にハムを投げつける。プテラノドン(仮)は真那から視線を外しこちらに振り返った。投げつけたハムはうまいことプテラノドン(仮)の口の中に放り込まれ、クチバシを上下に動かしてゴクンッと飲み込んだ。プテラノドン(仮)は今まで真那を見ていたが完全に意識は仁へと移った。


「よし!こっちだ!」


 仁は走り出す。走り出した先は非常階段が外の壁沿いにある窓だった。その姿を見たプテラノドン(仮)は仁を追いかけるように、そのまま這いつくばった格好で羽を大きくバタつかせて仁を勢いよく追いかけ始めた。




 思った通りであった。動くものに強く反応する。先ほどプテラノドン(仮)は真那を凝視していたが、真那がジッと動かなかった為に、標的かどうか見定めていたのだろう。またハムの塊を与えた事により、完全にこちらへ注意を向けさせた。



 仁にとっては命がけの行為であった。このまま食われるわけには行かない。だからと言って目の前で知っている人間が死ぬのは仁にとって、もっとも嫌な出来事であった。




 走りながら仁は考えた。

 勢いよく窓ガラスをブチ破り、そのまま窓の向こうにある非常階段に身を屈ませる。

 プテラノドン(仮)は追いかけてきた勢いのまま外に飛び立たせる。

 一度建物内部に突っ込んで自由に動きが取れない状況を経験しているから、また入って来ようとはしないだろう。


 そう考えていたが、非常階段はそんなに幅が広くなかった。このまま勢いよく飛び出れば、非常階段に着地が出来ずにそのまま3階から落下してしまうかもしれない。


 しかし、勢いを殺せば窓ガラスをブチ破れないかもしれない、下手したら追いつかれてしまう。


 だから勢いは殺せない・・・ このまま突っ込むしかない!


 外に出た瞬間に窓枠を掴み、勢いを殺して非常階段に着地する!距離としては15メートル程であったが仁は走りながらこれらを一瞬で頭の中で思い描いていた。




 真那は仁が命がけで助けてくれたことを、この非日常的な事態の中でも十分に理解していた。真那は膝をつきながら立ち上がろうとし、自分を守るために走る仁の後姿を見つめていた。真那だけではなかった。事務所の窓ガラス越しに他の従業員も祈るように、そして、怯えながら息を呑んで見守っていた。




 残り1.5メートル程で仁は腕をクロスして勢いよくジャンプし、両膝を曲げて窓ガラスに突っ込む。窓ガラスは「バリーンッ!」と割れて仁の体が外に出る!


 よし!このタイミングで窓枠を掴む・・・筈だった。


 しかし、既に手を伸ばしても窓枠には届かない距離であった。


 走って来た方向に振り向いた状態で伸ばした手を見つめ、宙に浮いている状態がスローモーションのように感じられた時間の中で、仁は「やっちまったな」と苦笑いした。


 そして、飛び出した窓から仁の姿はストンッと落ちて見えなくなる。


 プテラノドン(仮)は仁の思惑通り勢いよく外に飛び出して大空へ羽ばたいていく。その後に戻ってくる様子もない。





 3階のフロアーに一瞬、静けさが戻る。


 誰かが「助かった・・・」と呟いた。


 しかし誰も廊下に出ることはなかった。廊下にいた真那だけはプテラノドン(仮)が飛び出した窓にヨロヨロと、それでも少しでも早く辿り着けるように泣きながら近づいた。


「仁ーーーっ」


 真那が叫ぶ。まともに呼吸も出来ておらず顔も涙でクシャクシャになっていた。あの勢いのまま飛び出した仁。誰もが身を犠牲にして守ってくれたのだろうと思っていた。



 真那は窓に近づきながら何度も名前を呼ぶ。しかし周りの人間には、それを気にするほどの余裕はなかった。




 すると割れた窓の向こうからヒョコッと手が見えて窓枠を掴む。

 次にもう一つ手が見えて同様に窓枠を掴み、仁が身を乗り出した。



「呼んだ?真那・・・さん」



 仁の体がようやく窓枠を越えて建物の廊下に着地した。真那は仁に勢いよく抱きついて腰に手を回した。そのまま泣き続けている。


「落ちた・・・かと思った・・・」


「ああ・・・俺もダメかと思ったよ、そしたらこれ」


 仁は着ているジャンバーの一部を手に取って見せる。仁がYシャツの上に着ている黒いジャンバーには〈Hasobe Food Company〉の金文字が背中にデザインされていた。羽曽部食品の従業員用のジャンバーだ。その腰辺りが20センチほど縦に破れている。


「ここが窓枠に残ったガラスに引っかかったおかげでうまく失速して。それで運よく非常階段に落下したよ」


 他の従業員も少しずつ廊下に出てきて歓喜する。しかし本当の危機はまだ去っていない。仁は真那の頭をポンポンと2回叩いてゆっくりと両手で肩を掴んで引き離し、大きく息を吸い込んで皆の方を向く。


「まずはここと!もう一か所の侵入された窓をすぐに塞ごう!もちろん外に出ることは禁止だ!」


 先ほど外に出た5人は大きくウンウンと頷いていた。




 工場の1階と2階からも3階に従業員が集まってきた。現場はいきなりの地震で電気も止まってしまい暗闇状態であっただろう。

 現場の責任者や工場長を集めて事情を説明した。と言っても何の事情も分かってはいないが。

 まず最優先することは、破壊された箇所の修理と現在の従業員数。そして本社棟と物流センターとの連絡手段であった。


 携帯電話などの通信機器はもちろん使えなかったが、幸いにもこちらのプテラノドン(仮)侵入事件は他の建物からも目視で確認できていたようで、誰も外に出るようなことはなかった。




 仁は他の従業員と共に破壊された場所にベニヤ板を立てかけていた。次に机などを積み上げるよう指示を出した。なるべく中が見えない方が良い、暗くなってしまうがしょうがない。




 作業をしていると突然ベニヤ板が「バリッ!」と蹴破られた!こちら側ではなく外から!しかも人間の足であった。


「なんじゃ、このモロい壁は」


 外から若い女性の声が聞こえた?

 いやいや、そもそもここは3階だぞ。仁がその光景を不思議そうに見ていると、積み上げていた机がベニヤ板と共に内側に崩れるようにして倒れた。




 そこに見えたのは、十数匹のプテラノドン(仮)を率いて先頭に一人の美しい女性が、先ほど蹴りだした足を上げたまま立ち乗りしていた。


 女性はあきらかに現代的なファッションでなく、どこか原始的な古代ギリシャの女神アテナやアマゾネス族の戦士をモチーフにしているような柔らかな素材の衣服と、部分的な鉄のプロテクター、腰に巻く豪華なベルト、手や首には派手なアクセサリーを身に着けた風貌で、20代半ば頃の年齢に見えた。


 その女性は上げていた足をゆっくり降ろしてプテラノドン(仮)の背中に仁王立ちし、何やら難しそうな顔をしてこちらを見つめていた。




「はぁ・・・こんなに大勢の<落ち人>は初めてじゃな」



 女性はやれやれと言った口調で頭を抱えていた。




 仁や真那、その他の従業員たちはプテラノドン(仮)が包囲しているような光景を目の当たりにし、先ほどのプテラノドン(仮)が侵入した恐怖が鮮明に湧き上がっていたのであった。

 


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