個人Vをしていた幼馴染が歌い手(笑)に寝取られたけど、2人が人生の坂を転がり堕ちていくのを眺めていることにした。

サドガワイツキ

第1話 幼馴染はなぜ寝取られるのか

 バイト代や雑多な臨時収入で買った新型のドローンの設定が終わり、自動追尾機能を試しながらのライブ配信のテストをしてみたが正常に動作できているようだった。

 主にリアルでの友人知人向けの零細配信だけど、テストに付き合ってくれている友達からコメントが来ているのをみながら、胸を撫で下ろす。

 ドローンは俺の少し後ろを追尾してくるので、サードパーソンシューティングゲームみたいなライブ配信が出来ている。うーん、かがくのちからってすげー!


 そういえば姫子―――俺、高遠巧(たかとおたくみ)の幼馴染で恋人でもある近所に住む浦桐姫子(うらきりひめこ)の所にいく用事があったのを思い出し、散歩をかねてテストしてみることにした。

 姫子は個人でVtuberをしているんだけれど、うちのイラスト系の仕事をしているうちの母親に拝み倒してデザインしてもらった“ガワ”を、俺がLIVE2Dで動かし、動画編集をして投稿している。

 姫子はどこにでもいるようなごく普通の女子で、例えばアニメや漫画やラノベにでてくるような美少女ではないが、元々アニメ声というか可愛らしい声をしていた。そんな姫子がVをやりたいというので、動画編集やLIVE2Dの勉強をしてなんとか投稿できるようにしたのだ。ちなみに母さんはフリーのイラストレーターで、TVアニメ化したラノベのイラストも描いているのだ。凄いでしょ。

 姫子も今では、大人気とは言わなくても知る人ぞ知る、それなりにファンのいる中堅個人Vといっていい位にはリスナーがつくようになっている。


 そんな事を考えながら姫子の家に向かって歩いていると、人通りのない裏通りで、路肩にとめた車の傍らで長身の男と、俺と同じ年頃の女子がねっとりとしたキスをしているのが見えた。人の往来の在る道で……と思ったけれど、栗色のボブカットでおとなしそうな顔をしているその女子には見覚えがあった。


「お前、姫子?!何やってんだよ」


 そう声をかけると、俺がいることに気づいたのか姫子がビクッとおびえたように俺を視た。


「たっくん?!あ、あの、えっとこれは……」


 しどろもどろになって慌てふためく姫子を背後に庇うようにしながら、長身の男が鼻を鳴らし、俺を小馬鹿にするように見下してきた。


「あぁ、お前がアシェルの言ってた彼氏君?マジでショッボいなぁ」


 俺を上から下までジロジロみて、馬鹿にするような目でみてくる。初対面の相手にする態度じゃないし、失礼な奴だなと睨み返すが、男は意に介する様子もない。

 アシェル、というのは姫子のVとしての名前で、蝶野アシェルというエメラルドグリーンを基調にした美少女(というキャラクター)だ。


「失礼ですね。そういう貴方は一体誰なんですか」


 俺がムッとしながらそういうと、男はげらげらと下品に爆笑した。


「なんだよお前、俺を知らないのかよ。俺は歌い手の鉢山紫苑(はちやましおん)。お前みたいな冴えない弱者男性クンでも知ってるだろ?」


 なんだっけ……聞いたことがある。確か、歌い手グループか何かに所属していて、姫子もファンだとかいっていたような。そうだ、姫子との会話で名前が出るから覚えていたんだ。


「……名前は聞いたことがありますが、その鉢山さんが何でこんな所に。っていうか姫子、さっきその人とキスしてたよな?」


 鉢山の質問に答えつつ、鉢山の後ろに身を隠している姫子に話しかけると、また鉢山が声をあげて笑った。


「ハハハハハハ!キスなんかで何必死になってるとかダッセぇなお前、マジウケる。キスどころか俺達もうとっくにヤってるっての。お前がいつまでたっても手を出さないから、もうアシェルは俺の女だぞ」


 ―――“ヤってる”という言葉を理解できず、思考が一瞬停止する。バツが悪そうに俺から目を逸らす姫子。そうかそうか姫子、お前はそういう奴なんだな。


「どういう事だよ。結婚するまで“そう言う事”はしないでおこうっていったのは姫子だろ?今の話は――――」


 姫子を問いただそうとしたが、鉢山と名乗った男が俺の方に走り寄ってきて胸倉を掴み、首を締め上げてきた。


「頭の悪ィ奴だなぁ。アシェルはもう俺とヤリまくってて完全に俺の女なんだよ、10年一緒にいて手を出してこない幼馴染より、俺みたいなイケてる歌い手様の方がイイってことだよ。わかったら失せろ、負け犬ゴミカス敗北者」


 そういって俺を突き飛ばす鉢山。俺は尻もちをつき咄嗟に手をついたが、ひねったのか手首が痛い。


「ぐっ?!」


 ひねった手首を抑えていると、鉢山に足を何度も蹴られた。


「ハハハ、惨めだなぁ……まぁ、目撃者もいないし、誰も俺が暴力振るったなんて証言するやつもいないけどな。なぁ、姫子」


 そう言って姫子を見る鉢山。


「うん。たっくんが勝手に転んで、足をうっただけだよ!たっくんそそっかしいんだから」


 ふざけんな、どうみても暴力振るわれてるだろうが!裏切ったな、姫子!!!


「じゃあな、敗北者ァ。二度とアシェルに色目使うんじゃねぇぞ、次はブチ殺すからな」


 そう言って車に戻り、運転席に乗り込む鉢山。


「これからアシェル……じゃねぇ、お前の大事な幼馴染とホテルでヤリまくってくるから、一人寂しく俺達がヤッてるところでも想像してヌいてな!たっくんwwwwww」


 そういって俺に向かって中指を立てる鉢山と、俺から目を背けたまま助手席に乗り込む姫子。

 寝取られた。裏切られた。そう言う事か。……虚無感とともに、一気に力が抜ける。車のエンジン音が遠く去っていくのを聞きながら、俺はその場に座り込んでいた。


『とんでもない修羅場でござるなヤングメーン!?●RECはバッチリとりましたぞたっくん殿。拡散は拙者に任されよ!!!!!!!!!!』


『た、たたたた、たっくんNTRだ!!!』


『はろーはろー。ここね、祭りの場所は』


『歌い手くんさん、この短時間で何アウトしたんだ?誰かカウントはよ』


……あっ、そういえば今ドローンでLIVE配信してたんだ。友達が結構コメント書き込んきてる。ドローン配信で俺の寝取られと鉢山の暴力行為しっかり目撃されてたわ。

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