聖女ヘレンは美しくない乙女の守護聖女である。
プロ♡パラ
①
腰まで伸びた長くつややかな髪、均整のとれた体付きと細く長い手足、憂いのある表情、そして二つの宝石のような瞳──
その容貌の美しさで知られているのが、聖女ドロレスである。かつて彼女の美貌は、大陸中の男を虜にした。平時においては、彼女の姿を一目見ようと、修道院が座する本山のふもとまで巡礼者が押し寄せた。解放戦争においては、死地へと赴く兵士たちに彼女の祝福が決死の勇気を与えた。
大陸を征服しつつあった魔術師王でさえも、天敵であるはずの聖女ドロレスの美しさには心を奪われたという。そこで魔術師王はドロレスにある取引を持ち掛けた。永遠の若さの魔術による取引である。
自分のものになるのなら、魔術によってその美しさを永遠に失わないようにしてやる──と魔術師王はこういったのだ。
しかし、聖女ドロレスは聡明だった。彼女は恥ずべきことを知っていて、恥ずべきでないことを知っていた。彼女は魔術師王のものにはならなかった。
現代において、聖女ドロレスは老人の守護聖女、貞節な人妻の守護聖女、そしてなにより、美しい乙女の守護聖女として広く信仰を集めている。彼女の似姿の聖像は、他の聖女と比べても、ひときわ美麗に作られるのが慣例となっている。
そして、この世界に一つの疑問が生まれたのだ。
……じゃあ、美しくない乙女は、いったい誰が守護するんだろう? 美しい乙女は聖女ドロレスの加護を受けるとして、その残りは?
修道会は答えない。しかし民間信仰において、いつしかそれは定められていた。
聖女ヘレンは、修道会の教義において最上位に位置づけられる六人の聖女の一人である。漁村の出身として伝えられるこの聖女は、修道会の正式な教義としては、漁師の守護聖女、船乗りの守護聖女として定められている。
そして伝説は彼女の身体的特徴をほのめかしていた。すなわち、目つきが悪いだとか、背が低いだとか……。無論、公的に制作される聖女像については、これらの特徴はある程度の慎み深さをもって反映されている。
一方で民間においては、あからさまである。粗製される絵物語等において、聖女ヘレン彼女のその姿には、露骨に、あるいは誇張されて、特徴的な矮躯として描かれるのだ。
そして俗信は生まれた。聖女ヘレンは醜女であるがゆえに、美しくない乙女の守護聖女である──と。
かくしてこの大陸における乙女は、美しいのも、美しくないのも、余らず聖女の加護を受けるにいたったのだ。
……まったく、ありがたい話である。
わざわざお気遣い、どーも。
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