イカの壁

 今日は家庭科の時間にイカ料理を作るってんだけど大変だったな。同じ班の村上ってやつがイカが可哀想だって泣き出してしまって。全く勘弁してくれって思ったよね。俺が包丁でイカを切ろうとしたらさ、待って、イカが可哀想だからとかいうのよ。でももうイカ死んでるし可哀想とかないだろと思ったけど。ほんと面倒だと思ったな。これじゃあ家庭科の内申点下がってしまうよ。ぽりぽりぽり。と思ってたわけ。そしたら「ポンポ、イカのポンポ。」て言い出した。勝手に名前を付け出したんだ。うー、名前なんかつけられたら切りずらいようって躊躇っちゃってたの。こんなの村上のせいじゃん。「ほら村上。お前が切れよ。」って包丁を渡したんだけど。「嫌だ。嫌だ。ポンポを切るなんて僕にはできないよ。ポンポがこっちを見ているもの。うう、ポンポ。ポンポー。」とか言って泣き出しておいおいおいまじか。じゃあ俺が切るかな。うー。で切ろうと思ったらつぶらな瞳をしてやがる。ポンポの野郎つぶらな瞳をしていて俺も切れなくなってきてしまって。海の中を元気に泳いでいるポンポの姿が目に浮かんであーあ。あーどこから刃物を入れれば良いんだろうなんて考えてたわけなんだけど。

「ちょっと何あれ!!何あれ!!」

 て誰だったかが窓の外を指差しながら叫んでそっちみたらさ、白い棺桶みたいなのが五個?くらい空からこっちに向かってきて。なんだなんだあれ。見たことないなあんなの見たことない。どんどんこっちに近づいてきて、やっとわかったんだけどイカの群れだった。松の木くらいの大きさのイカの群れだった。えええ、何しにきたんですか。こんなところに、と思っていたらもう家庭科の先生がガラガラっと窓を開けて叫んでいた。

「何しにきたんですか?帰ってください。帰って、帰ってくださいよ!!海に帰ってくださいよ!!」とそれはもうヒステリックになって叫んでいたわけ。もう必死よ必死。子供たちに何かあったら先生の責任になっちゃうからね。すごいなあと思ったね。5匹の巨大イカ相手に日本語で張り合おうとするなんて。完全に話通じなそうだったものあいつら。1個の吸盤がテレビ1台分くらいの大きさだったと思うなあ。そしたら村上が「ああ、終わりだ。あああああ、あああああ。怒りだ。イカの怒りだ。ポンポを、ポンポをこんな目に合わせているから怒ったんだ。イカの神が怒ってこっちに手先を派遣したんだ。ああ、僕たちはもう終わりだあ。」とか言って頭を抱えて泣き出したんだわ。「帰れえ!!こっちに来るなあ!!帰れえ!!帰れえ!!」先生は大声をあげて窓の外に向かって叫び続けていたよ。いつもは優しい先生がこんな表情、こんな声出すんだって感じだったね。でも迫力があったね。顔を真っ赤にして叫んでいたんだもの。まあでも、あの巨大なイカたちに比べたら大したことなかったけど。すごい迫力だったからね。そりゃでかくてさ。頭をこっちに向けて新幹線みたいにやってきてたんだけど、いつの間にか縦になっていた。10本の足をゆらゆらさせながら巨大な壁みたいに宙に浮いていたの。五体の超巨大なイカだよ。なんとまあ恐ろしいったらまあ。恐ろしいったら。当然クラスのみんなもパニックでさ。「ママ、ママ助けてえ。」「神様、神様あ。」とか言いながら机の下に隠れたり走り回ったりパニックパニック。先生だけだよ。イカと闘おうとしていたのは。でもそんな中ただ一人冷静だった女の子がいて愛さん。愛さんはずっと冷静に5体のイカを見つめていたんだ。じーっと見つめていたんだ。ショートヘアーが艶やかに光っていたね。そして何を思ったかわからないけど、突然包丁を手に取り、ポンポを、あのポンポを真っ二つに切り裂いたんだ。それはもう魔王を切り裂く勇者みたいだった。「ああ、ポンポを、ポンポおおおお!!」村上は泣き崩れた。よほどポンポが好きだったのだろう。

「キャアアアアアアアアアアアア!!」

 瞬間、教室が悲鳴に包まれた。イカたちがイカ墨を一斉に空へ向かって噴射したんだ。威嚇射撃のようでもあり宣戦布告のようでもあった。でもやっぱり愛さんだけそれを冷静に見つめていた。「違うわ。あれは感謝よ。」小さな声でぼそっとつぶやいたのを俺は聴き逃さなかった。


 そのイカ墨噴射を境に巨大イカの群れは後ろを振り返りどこかへ行ってしまった。また俺たちの平和な時間が帰ってきたんだ。「はい。ちょっとトラブルがあったけど授業を再開するわ。」何事もなかったかのように授業は再開された。動揺していたのはポンポを失った村上だけ。何はともあれよかった。みんな無事で、よかったんだ.....。


 後から聞いたんだけど、どうやら愛さんは前世がイカだったらしい。前世の記憶を頼りに彼らの表情を読み取ったんだって。ポンポは通り魔だった。イカ界の伝説の通り魔で何千匹ものイカを殺していたらしいんだが、そのポンポが確実に死ぬ様子を確認したくてイカのボスたちが集まってきてたんだってさ。愛さん、ありがとう。

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