ふわふわ

@tetotettetto

ふわふわ

 妊婦殺害に死体遺棄の容疑が掛かっている、ですか。

 お願いします。どうか私を死刑にしてください。助けてください殺してください。

 犯行動機なんて聞いても意味が無いでしょう。だって私は彼女達を殺していない。

 けれども何も出来なかったのだから、あいつを止めようともしなかったのだから、見殺しにしたも同然だ。


 ……解りました、あの日のことを話せば良いんですね。話したら……どうかもう楽にさせてください。


 あの日、あの夜は、ここ最近ずっと暑い中でとても涼しかったのを覚えています。住宅街ですから、歩道と呼べるような歩道は側溝の部分くらいで、車が滅多に通らないのを良いことに車道の真ん中を二人並んで歩いていたんです。

 子供の名前は何にしようか。やっぱりもうちょっと洋服買っておこうよ。ってそんな話ばかりしてました。

 幸せでした。大好きな妻がいて、もうすぐ子供も生まれる。幸せだったんです。


 すみません。どうでも良かったですよね何処まで話しましたっけ。

 はい大丈夫ですいいえ大丈夫じゃないです黙ってくれ違います、すみません。話の続きですよね話しますから静かにしてくれああごめんなさい違う、違うんです。


 あの場所、他と比べて一つ少し暗い街灯がありまして、それが見えるともうすぐ家だっていう目印にしていました。

 なのにその日はやけに明るくて、電球を変えたのかなと思い妻に話を振ったんです。

 けれど隣を向いたのに姿が見えず、自分の歩くスピードが少し早かったのかと思い、名前を呼びながら振り向いたんです。

 振り向いたんです。私はその時にやっと振り向くことを選んだんです。もっと早く振り向くべきだったのに、彼女の傍にいるべきだったのに隣を歩くべきだったのに、私が後ろに居れば良かったのにどうして私はうるさい誰がお前に振り向くか私は彼女をお腹の子を守るべきだったのに。


 そこに何かがいました。真っ黒の何かが、何かが妻の頭を噛み砕いていました。地面に流れていく血と、妻の首から下だけが見えました。

 何かは妻をゆっくりと味わうように少しずつ食べていくんです。食べ進める度にゆらゆらと、少しずつ減っていく妻の身体が揺れるんです。

 彼女のお腹に差し掛かった時、ふわふわだ。と男の子にも女の子にも聞こえる幼児特有の甲高い声が聞こえました。

 声につられて、妻の下半身が地面に転がるのを眺めていた私が顔を上げると、何かの口から胎児の足がはみ出ていました。

 不思議だなと、こんなに小さな足なのに、少しずつ成長して大きくなって、やがて自分で歩けるようになるのかと感動していたんです。

 おかしいですよね。そんな未来が来るはず無いのにあいつが咀嚼している間、私は妻と子供と過ごす明るい将来を妄想していたんですよ。その時は逃げなければという衝動も恐怖も何もなく、頭の中は現実逃避で一杯でした。

 多分望んでいたんです。妻と子供が食べられたんだ。次は自分の番だなそれでいい早く食べてくれと。


 なのにあいつは、ふわふわ食べる? と、私に胎児の足を差し出してきました。

 もう涙がぼろぼろ流れてきて、笑うしかないんです。さっさと私も食べてくれとそればかり言っていた気がします。


 ……それからはご存知の通りですよ。

 道路の真ん中に蹲る私と、全部食べられて血しか残らなかった妻と子供を、刑事さん達が見つけた通りです。



 お願いします刑事さん。私を殺してください。私を助けると思って殺してください。あいつが食べたとはいえ、私は妻と子供を助けられませんでした。私を死刑にしてください。今すぐに、お願いします。お願いします。




 ずっと後ろで声がするんです。


 もっとふわふわが食べたいと、あいつが妻の声でわらうんです。

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