お嬢様稼業は楽じゃない -入れ替わり偽令嬢奮戦記-

嵐山之鬼子(KCA)

1.それは一幅の絵画のように

 グラジオン大陸南西部にある歴史ある王制国家アーストラ。

 国土面積はそれなりに広く、人口も相応に多い。農業生産力は大陸でも五指に入り、南端部で僅かながら海に面してもいるので海運業や水産物の恩恵も幾らか受けることができる。総合的な国力は中の上程度と言えるだろう。

 そのアーストラの王都の中央大聖堂で、本日、ひと組の男女の結婚式が執り行われていた。


 この世界アールハインにおいても、花嫁が結婚式の装いとして白を選ぶ国・地域は多い。本日の新婦もその例に漏れず、純白のシルクのウェディングドレスをまとっている。

 ベースカラーは白だが随所を金糸で縫い取られ、アクセントに虹色真珠が縫い付けられた、清楚でありながら美麗な衣裳に、式典への参列した者の目には感嘆の光が宿っていた。


 無論、衣装ばかりではなく、16歳になったばかりの花嫁本人も非常に美しくも初々しい。

 緩やかにカールする蜂蜜金髪ハニーブロンドを腰のあたりまで伸ばし、肌の色は雪白石膏アラバスターの如し。

 人形のように整った顔の造形は、ともすれば冷たく無機質に見えかねないが、やや大きめの翡翠色の瞳には優しさと知性の色が浮かんでおり、少女の淑やかな挙措とあいまって相対する者を魅了する。


 まさに“純真可憐”と評すべき美少女であり、さらに言えば、その対となる花婿の方も逞しくも凛々しい金髪紅眼の美男子である。

 そんな美男美女が並んで祭壇の前に立つ様は、さながら少女向け読み物の挿絵と見紛うようなまさに“絵になる”光景だった。


 ちなみに、新婦の身分は伯爵家のひとり娘、新郎は王家の第三王子(もっとも、この式の後、降婿して伯爵家を継ぐ予定だが)──と、これまた歌物語に出てきそうな令嬢&貴公子であり、付け加えると周囲からの人格&能力評価も決して低くない。

 色々な意味で、今一番王都で注目を集めているカップルの華燭の宴日と言えるだろう。


 祭壇の前で神──この大陸の守護神グラジオラと日月の夫婦神フォトーン&ヴェスパリアに、“永遠の愛”と夫婦の義務の履行を誓い、口づける。


 その後、大聖堂から出て参列者みうち以外の人々の前に姿を見せ、ライスシャワーならぬフラワーシャワーを浴びる。チキュウからの転生者・転移者の手でブーケトスの習慣も伝わっており、そろそろ適齢期を迎えた(あるいは逃しつつある)お嬢さん方の真剣マジな視線にたじろぎつつも、新婦は手にした花束を空高く投げた。

 一時的に人々の視線がそちらへ流れた隙に、花嫁は傍らの花婿の耳元に囁いた。


 「メッシュ様──わたくし、今までで一番幸せです」

 「フッ、何を言うか。今が“始まり”なのだ。これからもっとそなたを幸せにしてやろう」


 いささか自信過剰ともいえる台詞だが如何にも“彼”らしいし、そこに込められた愛情は疑うべくもない。

 喜びと愛しさに胸がいっぱいになりながら、新婦は新郎の胸にそっと寄り添うのだった。

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