第42話「三沢カナの学校生活!」
4時間目の授業が終わり、生徒達が昼食のために動き出していた。
廊下には食堂に向かう生徒達で溢れ、中庭なども定番の昼食スポットであるため昼には多くの生徒が集まる。
ここは『私立霞ヶ丘高校』。
66という高偏差値を誇る進学校であり、大学の進学実績も上々。校則もそこまで厳しい訳ではなく、高校受験では人気の高い学校だ。
ここが彼女の通う学校。
人混みを避けて彼女は喧騒のない方へと1人歩いていく。
制服の上着を腰に巻いたラフな格好で、黒髪のショートカットを揺らしながら。
手には校内の自動販売機で購入した桃ジュースの紙パック。
右耳には銀色のピアスが光り輝く。
彼女は静かな体育館裏へと向かって歩いていた。
歩くこと1分。
体育館裏に近づいた時、男性の声が聞こえてきた。
「おいおいおい〜田辺くんさぁ……俺が誰か分かってるよね?」
「も、もちろんだよ……」
「じゃあ出すもん出さないとねぇ〜!!! オラァ!!!!」
「あぐぅ!!!」
体育館の裏で髪の毛を茶髪に染めた男子が、弱きそうな男子生徒を殴り飛ばしていた。茶髪の男の周りには取り巻きと思われる男が2人。
男達は殴り飛ばされた男子生徒を見て笑みを浮かべている。
「田辺くん、お小遣いもらったなら俺たちに渡さなくちゃ。約束でしょ」
茶髪の男子生徒が気弱そうな男子のポケットから財布を抜き取った瞬間
「ねぇ、どいてもらっていいかな?」
「「「「――っ!!」」」」
突如落とされた綺麗な女性の声に反応して、四人の男子達が一斉にその声がした方に視線を向けた。
そしてその表情を慄きに染め上げる。
「お、お前……!! 三沢カナ!!」
「やっほほ〜。三沢カナでーす」
気だるげな感じで手を振りながら無感情に呟く彼女。
三沢カナが鬱陶しそうな顔で男子達を見る。そんなカナの事を4人の男子生徒がただ息を呑んで見つめ返した。
カナはこの学校でも随一の有名人だ。
まず超がつくほどのクール美人である上に、誰に対しても余裕のある感じで全てをいなしていく態度。それがたとえ教師だろうと変わらない。そんな自由気ままに生きながらも、成績は学年でトップ5に入る。
そして元不良であるという経歴と女を食い漁るクズという悪名に、誰とも群れることのない孤高の一匹狼。
不思議なカリスマ性で、カナはこの学園では最も一目置かれる存在となっている。ひっそりとファンクラブもある程だ。
そんな三沢カナは地面と、近くにある2人がけのベンチを指差して静かに告げた。
「ここ私の特等席。全員どっか行く。しっし」
「…………」
茶髪の男子生徒が押し黙る。
取り巻きの男子達も茶髪の彼の意向を伺っているみたいだった。
「……調子に乗んじゃねぇよ」
「え」
茶髪の男子が強気な表情でカナを睨みつける。
「俺が誰か知ってるよな……? 俺は全国展開してる大企業『和食の宮村』の御曹司だぞ!! 教師だって俺には逆らわねぇ!! 俺が大企業の後継だからだ!!!」
「あー……ごめん、ほんとに知らないわ。和食のなに? 佐藤?」
「……っ!! テメェ……女のくせに……!! 俺を馬鹿にすんじゃねぇよ!!!!」
カナの挑発に怒りを爆発させたように、茶髪の男子生徒が拳を握りしめてカナに襲いかかる。大きく拳を振りかぶって殴りつけようとするも。
次の瞬間
「はい、そこ。ガラ空き」
「へっ――――ぐぁあああああああ!!!」
バキィ!!!!!
という音を響かせながら、カナの右足が茶髪の男子の右脇腹を強烈に殴打していた。
ピキピキと骨が軋む音が聞こえる。
男子生徒は骨と内臓が軋む苦痛に喘ぎながら、その場にへたり込んでしまう。
「いっっ………てぇぇぇぇえ!!!!!!!! ちくしょぉ……! 三沢……てめ……っ!」
男は脇腹を抑えながら、涙目になってカナを睨み上げる。
そんな彼を心配したように取り巻きの大柄な男が駆け寄るも
「大丈夫か龍牙!! ちぃっ!! 死ねや三沢ァ!!!」
「ほいっ」
「ぶぎゃ!!」
取り巻きの1人がカナに殴りかかろうとするも、それより前にカナの拳が男の鼻を光速で打ち砕く。カナが拳を元に戻すと、男の鼻からは鼻血が溢れ、男はその想定外の痛みに困惑の相を示していた。
「あっ……鼻血が…………え、ま、待っ――」
「またなーい。もう一発」
「ひっ!!!」
カナが拳を構えたのを見て、取り巻きの大柄な男がギュッと目を瞑る。
だがいつまで待っても拳は当たらない。
少しして男がゆっくり目を開いた瞬間。
「嘘だよ〜ん。ほい、でこぴん」
パチン!!
「いっつ!!!!」
カナが男の額に中指でデコピンを炸裂させる。
男は額に響く鈍い痛みにおでこを指で抑えていた。
まるで子供をあしらうように。
三沢カナは不良生徒達の闘争心を圧倒的な実力差で打ち砕く。
カナが未だ動こうとしない取り巻きの1人に視線を向けた。
「やる?」
「い、いや…………」
目を逸らし気味な歯切れの悪い返答に、カナは小さくため息を吐いた。
それから彼らのリーダーである茶髪の男を見下ろす。彼はまだ痛みが抜けないのか、脇腹を抑えて痛みにもがいていた。
カナは膝を抱えてしゃがんで、彼に視線を合わせながら言葉を落とし始める。
「ねぇ、和食の佐藤くん」
「お、俺は宮村だ!!! ふざけんな!!」
「どっちでもいいじゃん。あなたの事なんて誰も興味ないから」
「…………ッッ!! テメェ、俺にこんな事してタダで済むと思うなよ……!!! 傷害罪で退学にしてやる……!!! 俺の親父に頼めばお前なんか!!」
「これ」
「へ…………。なっ……!!? てめぇ!!!!」
カナがスマホの画面を見せた瞬間、茶髪の男子が焦ったように顔色を青ざめさせて叫び始める。
その画面に映っていたのは。
この茶髪の男子と取り巻きが、1人の男子生徒をイジメている決定的瞬間だった。
カナは画面を見せながら無感情に茶髪の男子を見据える。
「大企業の後継って大変そうだね」
「……っ!!」
「もしこの情報が世間に出回ったらどうなるんだろうね」
「……………やめろ」
「試してみる? 私のインスタ、フォロワー2万人いるから拡散力あるよ」
「やめろ!!! 頼む……頼むから…………!!」
「じゃあ2度とこの場所に来ないで。ここ私の特等席だから。約束するなら拡散はしないけど」
カナが告げると彼は何度も頷き、そのままゆっくり立ち上がる。
「…………行くぞ」
そして取り巻きの男を2人連れてその場から離れて行ったのだった。
歩き去る3人の背中を見届けたカナは、左手につけた黒色の腕時計で時間をチェックする。
12時45分。
5分も無駄にしちゃった。
まぁ休み時間が終わるまであと30分ある。
ゆっくりしよう。
「あ、あの……」
声をかけてきたのは気弱そうな男子生徒だった。
先ほどまでイジメられていた彼だ。
「1年4組の三沢カナさん……ですよね……? その、助けてくれてありがとうございます……」
「……」
カナは無言で彼を見つめ返すと、足元付近に落ちていた彼の財布を手に取った。そして彼の元まで歩いていき、財布を優しく彼に手渡す。
「昔までならお助け料で全財産没収してたとこだけど……ミズキも今はまともに生きてるし私も見逃してあげる。それと、ここ私の特等席だから。もう2度と来ないでね」
「……っ。は、はい……あの、本当にありがとうございました……!」
「んー。強く生きるんだぞ〜〜」
カナはそのまま体育館裏にある2人がけのベンチに座り込んだ。
そして立ち去ろうとする少年にはもはや視線を向ける事なく、ただ気怠げに手を振った。
彼が立ち去る足音を確認してから、カナは脚を組んで紙パックのストローを口に含む。
ん〜桃のジュースはなぜこんなに美味いのか。
至福ですな。
ジュースを飲みながらカナはぼーっと空を見る。
太陽を白く大きな雲が覆い隠していて、心地の良い日陰を地表に落としていた。
思い出すのはさっきの事。
私立の偏差値が高い学校でも、ああいう面倒なのはいるもんだ。むしろ権力も知性もある悪というのは、暴力だけに頼る不良よりも時にタチが悪い。
カナは自分の右手のひらを静かに見つめた。
暴力は会話で解決できない問題を解決する。
でもその手段は劣悪だ。
久しぶりに喧嘩しちゃったな……ミズキはどう思うかな。
不意に彼女のことが脳裏に浮かんだ。
浮かんでしまった。
私を情けないって思うかな。
ミズキは真っ当に生きようとしてるのに。
ミズキは……今何してるんだろう
前話してくれたいつメンの子達とご飯食べてるのかな。
楽しく笑いながら会話したりしてさ……。
「…………なんで……私じゃないんだろうな」
呟いてみても返ってくるのは風の音だけ。
虚しさだけが心を埋め尽くしていく。
やめよう。
考えたって仕方がない事だ。
その辺の思考法はミズキから学んでいる。
考えても仕方がないことは考えない。
長年の付き合いで見えてきた、ミズキの根幹にある生き方の一つだ。
私がどれだけ願っても今から聖アルには入れないし、ミズキがこの学校に転入するなんて事も天文学的な確率だろう。
だから仕方がない事。
ミズキと一緒の学校生活を送れない事は。
それはそろそろ受け入れるべき現実なんだ。
「……ラインポップしよ」
カナがスマホを取り出してパズルゲームのアプリを開きかけた瞬間
「三沢カナ!!! やっと見つけたわよ!!!」
不意に頭上から声が落とされた。
聞き覚えのある声に、カナは顔を上げて彼女の方を見た。
するとそこには
「あ、どうも。お疲れ様です」
「なんでそんな他人行儀なのよ!?」
顔を赤くして仏頂面で立っているのは、クラスメイトの女子生徒だった。
いやもっと広い言い方もできる。
この学園でいちばんの美少女と噂されているマドンナ。
愛園ゆうか。
栗色の髪の毛を緑色のリボンでポニーテールに結っていて、美人系というよりは可愛い系の美少女。幼さが残りつつも背伸びをしたような気の強めな態度が愛らしい。あと身長が150cm前半と低いのにおっぱいが大きいのもマーベラス。
だがカナは彼女の来訪を不思議に思う。
おかしいな。
この子とはもう終わったはず。
カナは彼女から視線を逸らしてスマホのパズルゲームに視線を落とした。
「何しにきたの? もう会わないって言ったはずだけど」
無感情に、パズルゲームをしながら言葉を落とすカナ。
そんな態度を受けてマドンナ――ゆうかは顔を更に真っ赤に染め上げる。
「〜〜〜〜もうっ!! カナ!! あたしをこんな風にして責任も取らないつもりなの!!?」
「こんな風って?」
「え、そ、それは…………!」
「言わないと分からないよ。ゆうか?」
カナがようやく顔を上げて優しく言葉を返すと、その視線を受けたゆうかはもう蒸発しそうな程に顔が赤くなっていく。
それから恥ずかしそうに視線を逸らして、漏らすように呟く。
「今まで……普通に男の子が好きだったのに…………カナのせいで……あんたのせいで女の子が好きに、なっちゃって……しかも私の初めても奪ったくせに……だから」
「だから?」
「あ、だから、その……!! せ、責任とって……私と……! うぅ〜〜〜〜!!! もうっ、分かりなさいよバカ!!! 最後まで言わせる気!?」
「…………あっ。待って、それメロンパン?」
ふとカナはゆうかが手に持っている物に気付いた。
ゆうかは右手に二つの袋を持っていた。それはメロンパンとあんパンだ。メロンパンはカナの好物でもある。
ゆうかはカナに気づかれるや否や、すぐにメロンパンを差し出した。
「え、くれるの?」
「……ど、どうせあんた昼ごはん無いと思って買ってきてあげたのよ。わざわざ買ってあげたんだから感謝してよね!!」
「うん、ありがと。ゆうか大好きだよ」
「ふぇ!!?」
大好きという言葉を受けて、ゆうかは悔しそうに歯噛みしながらも、隠しきれない笑みがその口からこぼれ落ちていた。
「でもゆうかとは体だけ。何回も言ったでしょ」
カナはメロンパンの袋を開きながら無情に告げる。
するとゆうかはしばらく辛そうな顔を浮かべてから、カナの横にその腰を下ろした。
「…………カナに好きな人がいるのは知ってるわよ」
「じゃあ諦めて」
「無理よっ! カナだって分かるでしょ…………振り向いてもらえなくても、どれだけ可能性が薄くても……好きの気持ちだけは理屈じゃ抑えきれないって……」
「…………」
初めて。
カナは返す言葉を見失って黙り込んでしまった。
余裕のある言葉返しも、からかいも、今はできない。
痛いほど分かってしまうから。
彼女の今の気持ちが。
忘れようたって、受け入れようたって。
この思いだけは本当にどうにもならない。
愚かで無様で、あまりにも尊すぎる。
この「好き」の感情だけは、どんな人間にも支配できはしない。
いつだって私たちはこの感情に支配されている。
「……そう、かもね」
「カナはその人のこと…………えっと、どれくらい、好きなの……?」
「その答え聞いて、ゆうかは辛い気持ちにならないの?」
「…………ごめん。やっぱ答えないで」
複雑な感情の混じり合いが心を拗らせていく。
やっぱりこの感情は愚かで無様だ。
知りたく無い事が、知りたくなってしまう矛盾を抱えて。
私たちは今日も美しいバラの花を見上げて恋焦がれながら、その足元にある荊に心を締め付けられる。あのバラに手を伸ばすほどに、その棘は深く食い込んでくる。
ちょっと……心の湿度が高すぎるな。
考えても仕方がない事は考えないようにしないと。
今はミズキのことを思い出したって会える訳でも無いんだから。
カナはメロンパンを口に運ぶと、なんとなしに話しかけた。
「ネットフリックス入ってる?」
「え……入ってない、けど」
「そっか……残念」
「は……入る!! 今日から加入する!!!」
「ほんと? じゃあストレンジャーシングス見て。めっちゃおもろーだから」
私には私の日々がある。
あまり歓迎はしてないけど、今はゆうかが私の日常の一部だ。
別にゆうかと仲良くしたい訳じゃ無い。
でも会話相手がいるのは暇つぶしにもなるし、可愛いしおっぱいでかいし。
とりあえず今はこれで良いんじゃ無いかな。
私は私の日々を生きて行くしかない。
もう一度。
カナはメロンパンに小さく齧り付いた。
超不良の女番長が日本一のお嬢様学校に通うお話 @sirasu-satou310
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