第20話「寮の朝!」



「おはようございます、寮母さん」

「寮母さん、ごきげんよう」


「うん、おはよ。気をつけてね」


 お嬢様達が寮母こと子供マザーに挨拶をして寮から出ていく。

 これが毎朝の光景だ。


 ちなみに昼飯の弁当を希望する者は食堂に行けば弁当を受け取ることができる。


 基本的に料理は子供マザーが作っているようだが、もちろん寮に住むお嬢様達の数も多いので、数人のシェフを雇っているらしい。


 もうすでに弁当を受け取ったあたしと七瀬も寮の豪華なエントランスを通って、玄関口へと向かっていく。


 子供マザーが毎朝そこで見送りをしてくれているのだ。


 にしても……小学生くらいの身長にピンク髪を編み込みにした女の子……まじで子供みたいだ。初見でこいつが大人って分かる奴いねーだろ。


 子供マザーがあたしと七瀬に気づいた。


「七瀬ちゃん、ミズキちゃんおはよ」


「寧々さん、おはようございます」

「うぃ〜っす。子供マザーも朝から見送りご苦労だな」

「はいちょっと待って。ミズキちゃ〜ん。毎朝毎朝、言ってるけどね、目上の者に対する礼儀はどこに捨ててきたんだい?」

「今朝トイレの便器に捨てた」

「君ほんと一回すごいおしおきしてあげようか?」


 子供マザーが呆れたような目であたしを見てくる。


「つーかよ。タメ口に関しては頭下げたろ。そんで許可してくれたじゃねぇか」


 そう、あたしは敬語を使うのが無理すぎて、子供マザーに頭を下げてタメ口許可をもらっているのだ。最初は渋っていたのだが、なんとかお許しをもらえた。


 そんな子供マザーが少し悲しげな表情になる。


「確かに百歩譲ってタメ口は許してあげてるよ……でも……でも! 子供マザーってあだ名はやめてくれないかなぁ!!? 君がそう呼ぶから、たまに他のお嬢様達も私をそう呼び間違えることあるんだよ!!」


 それを聞いて七瀬も思い当たることがあったように苦笑した。


「あはは……確かに他の人が言ってるの聞いた事あるかも……」

「まじか。でもそんだけピッタリのあだ名だから他のお嬢様達もそう呼ぶんだろ」

「だから悔しいんだよ!! くぅ……この子供みたいな見た目が唯一のコンプレックスなんだよぉ……!」


「コンプレックスか? それは子供マザーの個性だろ」


「――――っ。ミズキちゃん……君は……」


 子供マザーは少し意外そうな顔であたしを見つめていたが、やがて小さくため息を吐いて微笑んだ。


 それからゆっくりあたしの元にやってきて。


「とりゃ!!」

「うぐはぁあっ!!」


 あたしの腹を正拳突きやがった。


 いってぇぇぇえ!!!

 こいつ的確に痛いとこを突きやがった!!


 あたしは腹を押さえながら涙目で子供マザーに抗議する。


「てめぇ、急になにすんだよ!!」

「なんかムカついたから〜〜ぴゅーぴゅー♪」

「寮母として絶対にしちゃダメなことしてるぞお前ぇ!!」


 ムカついたからって人を殴るか普通??


 いや……あたしはそれを絶対に言っていい立場じゃねぇわ……。

 今まで散々ムカつくって理由だけで喧嘩してきたし…………。


 くっそぉ……言い返せねぇ……!


 あたしが苦悩していると、子供マザーが笑顔を浮かべた。


「ふふっ、ごめんねミズキちゃん。タメ口許してあげてる分だと思ってよ。まぁ……なんにせよ。今日も1日頑張っておいで。行ってらっしゃい」


 優しい声で子供マザーが見送りの言葉を告げる。

 その柔らかで幼くて温かい笑顔には、とてつもない母性が込められている気がした。


 こいつがこのお嬢様学校で寮母を任されている理由。

 それはこの笑顔を見ればなんとなく分かる気がする。


 こいつのとこに帰るのは悪くないなって、そう思わせてくれるんだ。


 あと飯が半端なく美味ぇ。


「じゃあ行ってくる」

「行ってきますっ」


 あたしと七瀬は同時に言葉を出して、寮の玄関を通り抜けて行ったのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る