第10話「最高の女子寮生活! 前編」



「こーいう感じかぁ」


 時刻は夕方6時前。

 あたしはベッドに寝転がって、七瀬から借りた漫画を読んでいた。


 それは百合漫画というジャンルのものらしい。

 女の子達の恋愛や触れ合いを描いた作品だそうだ。


 あたしが今読んでいたのは全10巻「ゆる〜い百合のお話」という漫画。


 それを今読み終えたところである。


「おーい七瀬、読み終わったぞ」


 机に向かって勉強をしていた七瀬の背中に呼びかけると、七瀬はすごい勢いでこちらを向いた。


「どうだった!!?」

「ん〜〜まぁ悪くはねぇけど……あたしの趣味じゃねぇな」


 あたしが率直な感想を言うと、七瀬は「そっかぁ……」と少し項垂れた様子を見せた。


「あたしはバトル漫画とかが好きだからな。激しい系のがそもそも好きなんだよ。それに……恋とかよくわかんねーしよ」


 こういう緩い系の話は今までにあんまり見たことがない。

 読む作品は喧嘩かバトルか、そういう要素のある作品ばっかだった。


 まぁ、でも七瀬はこういうのが好きなんだよな。

 百合……女同士の恋愛か……カナが好きそうだな。


「ミズキちゃんは……その、今まで恋人さんとかできたことあるの……?」

「ねーな。そもそも誰かに縛られんの嫌いだし、そこまで好きになる奴にも出会ったことねぇしな。あんま恋に興味ねぇ」

「ち、ちなみに! ミズキちゃんは女の子でもいけるの!? 恋愛対象はどっち!?」


 七瀬が前のめりになって近づいてくる。

 こ、こいつ……本当この話の時だけはありえないくらい積極的だな……。


 さっきまではひっそり静かに、わたしは空気ですよ〜〜的な雰囲気出して勉強してやがったのに。


 でも恋愛対象か……女の子が相手でも……。


 少し考えてあたしは。



「腹減った」


「へ……?」


 お腹が空いていることに気がついた。

 まずは飯だ。話は全部それから。


「飯ってもう食えんのか?」

「あ、うん。6時〜8時の間なら自由に食べて大丈夫だよ。そろそろご飯食べにいく?」

「行く」


 あたしはベッドから飛び降り、七瀬もノートを閉じて机から立ち上がる。


 出口の所には靴箱が置いてある。そこからあたし達は寮内用のスリッパ(ふわふわのウールが付いていて、はき心地抜群、多分めっちゃ高いやつ)を取り出して足に通した。

 そして二人で部屋の外へと出て行ったのだった。


 豪華な廊下には夕食に向かうであろう複数人のお嬢様達がいた。

 お嬢様達は皆同じ方向に歩いていく。


「食堂ってあっちなのか?」

「う、うん……」


 七瀬が頷いてくれたので、あたしもお嬢様達が歩いていく方に歩き出す。

 七瀬も……って。


 いや……七瀬こいつ……何してんだ?


 気がつけば七瀬は、ビクビクと小動物のように、あたしの背中に隠れて縮こまっていた。


「何してんだよお前」

「だ、だって……! 凄そうな人たちばかりだし……し、知らない人だし……」


 そういやこいつ人見知りなんだったな。

 あたしみたいに慣れた人だったり、好きなものを話す時はそんな事ないんだろうが。


 気心が知れてるならめっちゃ話すけど、それ以外はとことん話せない。

 そういうタイプだこいつは。


 多分、根本は人付き合いとか苦手なんだろうな。

 ったく、仕方ねーな。少し励ましの言葉でもかけてやるか。


 あたしは息を一つ吐き出して、七瀬に視線を向けた。


すると七瀬はとあるお嬢様達に視線を向けていた。



「もう、お姉様! いじわるしないでください!」

「ごめんなさい。あなたが可愛いものだから、ついね」

「ん……! もうっ! お姉様!!!」



 そんな微笑ましいお嬢様達のやりとりを見て七瀬は。


「はぁ〜〜〜〜〜〜!!! リアル姉妹百合だ〜〜〜!! 無理、し、心臓がもたない……うぅ、尊すぎるよぉ〜〜〜〜!!!」


 にんまり笑顔で今にも昇天しかけていた。


「…………」


 あたしはその場に七瀬を残して歩き出す。


「え、あ、待ってミズキちゃん!! なんで置いてくの!?」

「うるせー!! あたしの思いやりを返せバカこの野郎!!」

「えーー!! ま、待ってよぉ!」


 そそくさと歩いていくあたしの背中に、七瀬は縋るように着いて来たのだった。



 ※  ※ ※



 食堂に着いたあたしはその光景に言葉を失っていた


「ここが食堂だよ」

「おぅふ……」


 食堂はまるで高級レストランみたいな内装だった。


 巨大な空間にはいくつもの机が並べられている。机はどれも白塗りで、シャンデリアの輝きを受けて光り輝いていた。さらにクラシック音楽まで流れている。


 そこで各国の重役たちが会食をしていてもおかしくない程に、立派過ぎる食堂だった。


 いや、だからアホかって。

 高校生が使う食堂のレベルの百上なんだよ。

 誰が食堂にシャンデリア付けるんだ。


 それぞれの机では、私服姿のお嬢様達が優雅に食事を取っていた。


「……えぐいわ」

「じゃあ、夕食取りにいこっか」

「あ、ああ」


 当たり前のように歩き進める七瀬に小さく驚嘆する。


 そうだよな、こいつも一応お嬢様なんだよな。言動はアレでもこういう華やかさには慣れっこなんだろうな。


 歩いていると、いやに視線を感じる事に気付いた。


 周りのお嬢様達があたしらの事を物珍しそうに見ているのだ。

 あたしらと言うよりは、あたしをだ。


 七瀬も気付いているらしく、少し縮こまっていた。


「すごく見られてるね……」

「ああ。でも全部あたしを見てんだよ。七瀬は気にすんな」

「う、うん」


 七瀬は視線とか気にするだろうけど、別にあたしは特段気にならない。

 ああいう視線は慣れている。別に絡んでこない限りは、こっちだって何もするつもりはない。


 そんな事より――


「うおぉ! 美味そう!」


 あたしの目の前にあったのは、長机の上に並べられたプレート。その上には思わず涎が出てしまうようなご馳走が乗せられていた。


 脂の乗ったステーキ肉、美味そうなスープ。焼け目のついたパンに、瑞々しいサラダとフルーツ。


 こ、こんなのが毎日食べれるのかよ……。


 お嬢様サイコーなんだけど。

あたし本格的にお嬢様になろうかな。


「わぁ、今日はステーキだぁ」


 七瀬も嬉しそうな声を漏らしていた。


「早く食おうぜっ、七瀬! 涎が止まらん!」

「うん。じゃあ、あっちの席に行こっか」


 あたしたちはそのプレートを手に取って、四人掛けの席に2人で座った。






「いやぁ~うまかった!」

「美味しかったねぇ」

「こんな美味いもん食ったの初めてだわ」


 時刻は七時半。

 夕食を完食したあたしたちは一息ついていた。


 料理は想像通り全部美味しくて、サラダすらもおかわりしたいと思ったほどである。


 こんなご馳走をこれから毎日食えると考えただけで、本当に最高にエクセレントな気分だ。


 お嬢様たまんね〜〜!


「じゃあ、そろそろ部屋に戻るか」

「うん。あ、ねぇねぇ、部屋に戻ったらお風呂に行こうよ。すっごく気持ちいいんだよ」

「お風呂か……いいな。よし行こう!」


 お風呂は人並みには好きだ。だからちょっとだけ楽しみでもある。


 というかどれだけ楽しみにして期待しても、あたしの想像は超えた風呂だろうからな。あんまり深く考えないようにする。


 あたし達は空になった食器の乗ったプレートを、返し台へと運び、風呂の準備をするために部屋へと戻っていったのだった。

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