第2話「お嬢様が家に来る!」
「帰ったぞー」
「おじゃまします」
あたしはお嬢様――西條琴音を連れて自分の家に帰って来た。
あたしの家は街中にある小さな一軒家だ。
中古の家であるため、かなりボロボロだが暮らすには何の支障もない。
このお嬢様を連れてきたのは、ママに事情を説明するため。
あたしがいきなり「日本一のお嬢様学校に入る事になった」と言って、ママが信じる訳ない。
だからこのお嬢様を連れて来て説明してもらう事にしたのだ。
「おかえり――って、」
出迎えてくれたママは、突然息を詰まらせたように黙り込んでしまった。
まぁ、なんとなく理由は分かる。多分このお嬢様を見て驚いているんだ。
「あ、あ、あんた! どこからこんな可愛らしい子を拉致してきたの!?」
「拉致なんてしてねぇよ! ったく……自分の娘を何だと思ってんだよ……」
「え、クソ不良娘」
……その通りだわ。
何も言い返せなくて黙っていると、お嬢様が口を開いてくれた。
「いえお母様。わたくしはミズキさんに助けて頂いたんです」
「わ、わ、わわわわわわ、わたくしぃ!? い、今わたくしって言ったわよ! ねぇミズキ!! 聞いたわよね!!?」
「……」
それあたしもさっき思ったんだよな……。
なんか嫌だな……こんな庶民的なとこで親子の血筋感じるの。
つーかいつにも増してママがうるせぇ。
「もういいから!! それでママ、話があるんだ」
「話って?」
「あたし日本一のお嬢様学校に入る事になったんだ」
「……あんた。ついに違法薬物キメたわね」
うん、こういう反応をされると分かっていたから、お嬢様を連れて来たんだ。
「もう……あぁ!! お嬢様、後は説明してくれ!」
「はい、かしこまりました。お母様、実はですね――」
お嬢様の説明は数分に渡って続いた。
「なるほど……理事長さんの娘ねぇ。いやぁミズキ、あんたすごい子と知り合ったものね。今の内に媚び売っときなさい。将来助けてくれるわよ」
この親まじで最低すぎるんだけど。
普通相手がいる前でそんな事言うか?
幸いお嬢様は気にしていないようだけど。
「でも聖アルって、ここから結構遠いでしょう? それに学費は……」
「その点は大丈夫です。聖アルカディアには寮があるので、そちらで暮らして頂ければ。それに学費もこちら側で負担します」
「えっ! それ本当⁉」
「はい。なにせこちら側が招待させていただいたので、それぐらいはこちらで持たせてください」
「うっはぁ! 良かったじゃないミズキ! あんたも今日からお嬢様よぉ!!」
なんでうちのママってこんなにテンション高いんだろう。
いっつも謎だ。
「今日はお赤飯ね! ちょっと買いに出て来るわ!」
ママは勢いよく立ち上がると、そのまま家を飛び出して行った。
「はぁ、悪いな。母親があんなんで」
「いえいえ。すごく楽しそうな方で、こちらまで元気になっちゃいます」
「お前育ち良すぎだろ……まぁでもありがとう。学校に入れてくれるのは本当に助かる」
「いえ、わたくしこそ助けて頂いたので」
お嬢様は部屋の中にあった時計を見ると、思い出した様に言った。
「あっ、もうこんな時間ですか。ではわたくしは失礼します」
「もう帰るのか? まだ4時過ぎだけど」
「はい、門限が5時ですので」
いや、5時が門限って
門限の早さが小学生並だな。さすがお嬢様。
だがそういう事情なら仕方ない。
あたしはお嬢様を玄関まで見送ってあげた。
「では、失礼しますね」
「あ、ちょっと待ってくれ。LINE交換しとこうぜ。連絡取れないと困るだろ?」
「LINE……! よ、よろしいんですか……?」
なぜかお嬢様は不安気に尋ねて来る。
「いいに決まってんだろ。つーか交換しないと連絡取れないって言ったじゃねぇか」
「あ、そ、そうですね! では交換しましょう!」
今度はなぜか嬉しそうに言う。
何がそんなに嬉しいんだ。ただLINEを交換するだけなのに。
あたしはスマホの画面にLINEのQRコードを出現させると、それをお嬢様にスキャンさせた。
するとお嬢様のスマホにあたしのアカウントが映し出される。
「これがミズキさんのアカウント……! 大事にしますね!!!」
「あ、ああ」
異様にテンションの高いお嬢様に思わず面食らう。
何だこいつ。
アカウントに大事にするもクソもないだろ。
「ミズキさんのアカウントですか……」
お嬢様はあたしのアカウント画面をまじまじと見ている。
アカウント画面に映し出されるのは、自分のアイコンと一言メッセージだ。
そこであたしは自分のアカウント情報を思い出した。アイコンは確か制服を着た自分の立ち姿だ。
でも一言は何にしてたっけ?
自分のスマホで確認すると、『目指せ日本一』と書かれていた。
ああ、これはあれか。中二の頃に本気で日本一の喧嘩師を目指してた時のやつだ。
でも上手い事書いてるな。何の日本一かは分からないけど、志が高い人間であるのはアピールできる。
小さく自分に感心した。
「ではミズキさん、わたくしはそろそろ行きますね」
「ああ、分かった。じゃあまた連絡くれ」
「は、はいっ! もちろんです! 今夜します!」
「いや、そんなにすぐじゃなくていいけど」
「では、さようなら」
お嬢様は頭を下げると、そのまま優雅に歩き去って行った。
あたしはスマホでお嬢様のアカウントを追加する。
名前の欄には『ことね』と書かれており、アイコンは猫だった。
それも気品漂うペルシャネコみたいなやつ。
そして一言には『キル・ザ・エンジェル!』という謎の言葉が。
この英語はあたしでも分かるぞ。
キルが【殺す】で、エンジェルが【天使】って意味だ。
じゃあ意味は【天使を殺す】ってことか?
え、こわっ。
何あのお嬢様。
サイコパスお嬢様じゃん。
急にお嬢様の二面性を発見した気分になり、人間って怖いなと改めて思った。
ちなみに今日の夜8時頃、お嬢様からLINEが来た。
その内容は『好きな食べ物は何ですか?』という物だった。
一発目の会話がそれかよ。
そう思いつつも適当に『オムライス』って返しといた。
※ ※ ※
夜9時前、西條琴音は自室のベッドに寝転がりながらスマホの画面を見ていた。
スマホに映し出されているのは、今日出会った神田ミズキという女の子のLINEアカウント。
その画面を見るたびに、琴音の口元から微笑みが零れ落ちる。
今までLINEには、親と使用人の名前しか入っていなかった。
小学校の頃はとある事情があって行けてなかったし、中学も休みがちで純粋に友達ができなかったため、同年代の女の子のLINEを一つも持っていなかったのだ。
だからミズキとLINEの交換ができた事が純粋に心から嬉しかった。
初めて手に入れた同年代の女の子のLINE。
琴音は心からそれを大事にしようと思った。
「ミズキさんの一言の『目指せ日本一』って何のことでしょう? でもすごく高い志をお持ちの方なんですね」
ミズキの一言を見て感心した後、琴音はトーク画面へと移行した。
同年代の女の子に送る初めてのメッセージ。
一体何が良いのだろうか。何を話せばいいのかが全く分からない。
三十分近く考えて出した結論は――『好きな食べ物は何ですか?』と聞く事だった。
これなら向こうも返してくれるし、考えやすい質問だ。
琴音にとっては最高の考えが思いついた気分だった。
すぐさまメッセージを送り、返信が来るのを待つ。
だが徐々に眠気の波が襲いかかって来て、琴音はたまらず布団に枕に顔を埋めた。
九時に寝る事が習慣づいている。
メッセージを考えるのに時間をかけすぎたなと、少し後悔しながら琴音は静かに眠りの底へと落ちていった。
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