地雷女にやさしいギャル

べにたまご

第1話


 何てことのない平日の高校。


 片桐優香はギャルだ。

 好きなファッションをしていたら、自然とそういうジャンルになっていた。


 その日、優香は授業をサボって校舎裏の非常階段で昼寝をしていた。


 そんな彼女を目覚めさせたのは、不愉快なキンキン声だった。


「アンタ……チョーシに……!」


(うるさ……)


 優香が階段の下を覗くと、3人の女子がひとりを囲んで詰め寄っていた。


「そんなこと……」


 囲まれている方は黒髪をツーサイドアップした大人しそうな女子だ。


 優香からは後頭部しか見えないが、小顔な輪郭をしていて、手足もスラッと細長い。

 おそらく顔もいいのだろう。でなければこんな場所に呼び出しなど受けない。


「つーかアンタさー何? 男に媚び売った格好しててきめーんだけど」


 と、囲んでる女子のひとりが彼女の髪を引っ張った。


「おい」


 それを見て優香は思わず声を上げる。


 突然の声に驚いた女子たちは頭上を見上げ、彼女と目が合った。


「やりすぎじゃね? あとうっさいから消えてほしーんだけど」

「は? アンタには関係な……」


「――あ?」


 優香が低い声を出すと、その迫力に女子たちはビクッと体を強張らせた。


「ねぇ、行こうよ……」

「そ、そうね」


 そそくさと去っていく3人。


 その後ろ姿を見送りながら、優香はすっかり目が冴えてしまったのを自覚した。


(起きちゃったし授業出るかー)


 優香はあくびをしながら階段を降りる。


 と、階下にまだあの黒髪の子がいるのに気づいてビックリした。


「わっ! まだいたんだ」

「……」


 黒髪の子は優香より背が低かった。

 彼女はおずおずと上目遣いに優香を見ると「あ、あの……」と声をかけてくる。


「ありがとうございました」

「んー? いいって別に」


 優香は気にしないでと手を振る。


「……」

「……」


(え、気まず)


 まさかそこで会話が途切れるとは思っておらず、優香は軽く困り果てる。


「えーと……名前は?」

「八代アリスです」


(かわいー名前)


「1年生?」

「はい」

「だよね」


(1年生かー。それでこんなめだってちゃ、やっかみも受けるよなー)


 アリスは涙袋を強調したモノトーン系のメイクをしていた。

 制服も少し改造して甘めのデザインを取り入れている。


 化粧などに寛容な校風とはいえ、1年生でここまで気合いが入ってるのは珍しい。


 でも彼女みたいに自分の好きを通す子が、優香は嫌いじゃなかった。


「そういうメイク好きなんだ?」

「え? は、はい」

「いいね。似合ってるし」


(ん?)


 優香はアリスの制服の胸ポケットから、包帯ぐるぐる巻きのパンダのぬいぐるみが覗いているのに気がつく。


「何これ?」

「あっ……えっと、パンダ・ザ・ジャックです。私の好きなシリーズで」

「へぇー」


 優香は指先でちょいちょいとパンダの頭を撫でる。


「かわいーね」

「……!」


 優香にそう言われた瞬間、アリスは驚いた顔をした。


 それに気づかず、優香は彼女から離れる。


「じゃね。私は教室戻るから」

「は、はい……あの、お名前聞いてもいいですか?」


(そういえば私だけ言ってないや)


「片桐優香。さっきみたいのは気にしない方がいーよ。あんたがかわいーから嫉妬してるだけだしさ」


 最後に軽めのアドバイスだけして、優香は校舎裏から去る。


「―――」


 その背中にアリスが熱い視線を注いでいたことを、この時の彼女はまだ知る由もなかった。

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