仮面の蘇生師

御前黄色

導入:荒くれ、命を救う

 とある孤島に国があった。その国では科学と共に魔術が発達し、我々読者の世界と似て非なる世界になっていた。そんな国だが、そこは治安が終わっていた。



 爆発音が聞こえた。銀行の方角だ。

「お」

 その音を聞きつけた背の高い男は、通りすがりのバイク乗りを殴り飛ばし、そのバイクに乗って騒ぎの方角に向かった。



 救急車が飛び交い、負傷者が運ばれていく。騒ぎは既に終わったようだ。

「またこのパターンか……」

 先ほどのバイクに乗った男はぼやく。やることもないのでしばらく怪我人でも眺めることにした。怪我人の中に、明らかに息をしていない奴らも見えた。だいたいその傍らには誰かが付き添っているのだが、皆一様にひどい表情だった。

「これ病むやつだ」

 男は自己分析の出来る人間であった。見ないふりをして帰ることにした。



 三日後、そんな男の下にある提案が届いた。彼の友人にして現在の警察に代わる治安維持組織のトップ、またの名を王国直属騎士団「グランドロック」団長、ティーカからである。

「人手の足りない働き口がありまして」

 そう言ってティーカはある魔術師組織の隊員募集の紙を見せた。どうやら蘇生がメインらしい。

「……ズルいっすね、ティーカさんも」

 男は言う。先日の惨状を自ら食い止められるというのは、男の精神衛生にとっては非常に美味しい話でしかなかった。

「?」

 無論、ティーカの知るところではない。

「いっちょ、やりますか」

 そうしてこの男、名前をヴァイオルトというが、彼は回復魔術師特殊部隊「フェニクシオン」の隊員となった。



「初めましてー」

 ヴァイオルトはフェニクシオンの本部に来ていた。本部と言ってもぼろ小屋で、特に何かが置いてあるわけでもない。

「あれっ!?やばい奴来た!?」

 小屋にいた少女、タルトラはヴァイオルトの姿を見るなり身構えた。全身真っ白な服装で、ザ・魔術師といった印象を受ける見た目だ。

「いやあの略奪とかじゃなくて、今日からここの隊員なんで」

「え、あの最強の荒くれが?」

 そう。ヴァイオルトは国一番喧嘩が強い荒くれである。しかも大体の犯罪の動機は「暇だったから」。タルトラが身構えるのはごく自然だし、驚くのも道理である。

「まぁここは人が少ないですし?じゃあ研修でもします?」

 そう言ってタルトラは大きな指輪をヴァイオルトに手渡した。

「これは生命エネルギー増幅デバイス、名前は…何だっけ」

「それじゃあ、研修のほどよr」

 ヴァイオルトの声を遮るように小屋の黒電話が鳴る。タルトラは類を見ない速さでその受話器を取る。

「はい、地点を…すぐ向かいます」

「あの、研修は」

「ごめんけどホンモノで許して…」



 タルトラとヴァイオルトが向かった先、微妙にデカい銀行では未だ戦闘が繰り広げられていた。いつ付けたのか、ヴァイオルトは身バレを防ぐための仮面をかぶっていた。

「こっちです!」

 おそらく騎士団員であろう女性が二人に声をかける。指さした先には数体の死体と、それを護る複数人の騎士団員がいた。

「はーい、もう大丈夫ですよ」

 タルトラは手慣れたふうに死体の胸元に手をかざす。その手には先ほどの大きな指輪が嵌められていた。その指輪は眩い光を放ち、それが収まると死体が息を吹き返した。

「じゃあ後で請求しておくから」

「倍にさせてくれよ~少ねぇだろこれ~~」

 先ほどまで死体だった騎士団員が言う。


「じゃあ研修スタート」

 タルトラはヴァイオルトの、指輪の嵌めてあるほうの手首をつかむ。

「これをこうして、こう」

 二体目の死体に、タルトラにされるがままヴァイオルトは手をかざす。

「えーっと、"逆行"って唱えてください」

「えさっき無言だったじゃn」

「あれは無言詠唱」

「…逆行」

 ヴァイオルトがそう唱えると、指輪が先ほどのように輝きだした。しばらくして、その死体も同じように息を吹き返した。

「あ"~、死ぬかと思った」

「死んでんだよなぁ」

 ヴァイオルトと元死体がそんな会話をしているうちに、最後の死体もタルトラによって蘇生されたようだった。

「振込用紙くれ~~」

 先ほどの騎士団員が言う。

「やっば、忘れるところだった」

 そんなことを言いながら、タルトラは元死体の三人に領収書を手渡した。



「どうだった?」

 帰り道、タルトラはヴァイオルトに訊いた。

「…給料さえ上がれば完璧、ってとこかな」

 ヴァイオルトはそうぼやいた。その口調には満足そうな声が混じっていた。

「ふふっ、じゃあ明日も頑張ろうね」



 二人が小屋に戻ると、中からやかましく騒ぎ声がした。

「あんたねぇ、遊んでましたじゃあないんだよ!!」

「いや~、その節はどうも……」

「殴り合いか?殴り合いか??」

 二人は思わず立ち止まる。

「…これ日常?」

「……うん」


 小屋の中には、男が二人、女が一人いた。ちょうど乱闘が開幕しようというときに、タルトラが大きな声であいさつした。

「ただいま戻りました~!」

「おかえりタルトラちゃ~ん!そっちは誰」

 軽薄そうな男が言う。

「これは新人だよ」

「お前がヴァイオルトか、よろしく」

 そう言ったのはもう一人の男だった。この中では年長者だろう。

「俺はここの隊長、ストレンガーだ。こっちがブレロイド、あっちはフィルナだ」

 ストレンガーは自分自身と、続いて軽薄そうな男、不機嫌な女の順に指をさした。

「待って、俺色々聞きたいことあるんだけど」

 ブレロイドは羽よりも軽い口調で言う。

「それは誰に対してだ」

 ストレンガーが口をはさむ。

「そのヴァイオルトって人、やべぇ奴じゃなかったっけ」

「お前よりはマシだよ、このサボり魔が!」

 突然フィルナがブチ切れる。

「確かに、こいつは何故か俺たちの上司にあたるところの某騎士団長と仲がいい。それに、ちゃんと仕事もしてきたみたいだしな」

「まあ?それほどでも?…あるか!」

 ヴァイオルトは調子に乗った。この男は調子に乗りやすいのである。

「じゃ、疲れたから」

 唐突にフィルナは小屋を出る。

「じゃあ俺の分までよろしくね~」

 続いてブレロイドの野郎が退勤した。

「…これ日常?この会話のカオス度というか」

「……うん」



 こうして、蘇生師ヴァイオルトの非暴力な(非)日常が始まったのだ。

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