第5話

第??話


その一言で、彼女は全ての動きを止めた。


その様子は今の言葉を言語的に処理できないかのように見える。


しかし、強張った肩がゆっくりと緊張を解いていった。


やがて彼女が結んだのは、柔らかな笑み。


「……先輩は、多分大きな勘違いをしてるのだよ」


それは落ち着いているようにも、逆に動揺しているようにも見えた。


「藤先生が、私たちを騙してるわけがない。

先輩は何か見間違えたのだよ。

……、どこかで」


彼女はそっと後ずさる。


「先輩はしか知らないのだよ。

その前と、その前の前と、その前の前のずうっと前を知らない。

だからそんなふざけたことが言えるのだよ」


俺は彼女から目を離せない。


……それほど目の前の彼女は大人びていた。

いや、一高ワン子一高ワン子だ。

口調も姿も何一つ変わらない。


それでもなお……彼女は大人びていた。


中1とは思えないほど、何かを達観していた。


「……前回の、?」


俺の問いかけに、彼女は頷く。


「ねぇ先輩。

ボク寂しかったのだよ。

……だって、ボクしか覚えてないんだもん。

この世界が繰り返した回数を」


自分の胸がザワザワするのを感じた。


それは何となくこの後の言葉を理解していたからだろう。


彼女は首を傾げた。


「先輩。

今はね、500回と1回目なのだよ」


___今、何回目?


姉の文字が俺の脳に反芻される。


今俺の手の中にあるその文字が、ぐにゃりと歪んだ気がした。


500回と1回。


……信じられはしない。


だって俺はそれを覚えている訳じゃないから。


だけど、俺の中の誰かは頷いていた。


500回繰り返したんだ、と。


500回砂時計は逆さになったのだ、と。


そして目の前の彼女こそが、俺の中の誰かの証人だった。

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