第二章

第8話


第8話


「金花沙夜子を取り戻す」


そうは言ったものの、手がかりが何もない状況には変わりがないわけで。


俺は山の様な本を、部室の机に置いた。


ガラガラと実験器具が転がる音が聞こえたが、無視だ無視。


片付けてねぇ奴が悪い。


とりあえず5冊。


これら全て、図書館から借りてきた夢術関連の本だ。


「うわぁ……本当に全部、仁科教授の本でしたねぇ」


ボソリ、と藤先生が呟く。


そこにすかさず、一高ワン子が手を伸ばした。


俺が借りてきた本の背をなぞって、ニヤリと笑う。


「これはボクの勝ちなのだね〜」


「はぁ?勝ちってなんだよ勝ちって。

……ってか別に良いだろ、ある程度知ってる著者の本の方が読みやすい。

そもそもなぁ、仁科先生はこの分野の第一人者で___」


眉を顰めて語り出した俺の背を、藤先生がぽんぽんと叩く。


「はいはい、分かってます分かってますって。

“持ってくる本が全部 仁科海にしな かい教授の本かどうか”を賭けてただけですよ。

……まぁ…情報リテラシー的に言えば、同一著者の本しか読まないのは良くないんですけどね」


言葉尻に、皮肉が混ざっている。


俺はどかりと椅子に腰を落とす。


「別に良いじゃねえかよ。

……夢術の解釈の差異とかなんとかを論じたいわけでもねぇんだし」


早速、俺は一番上の本を手に取った。

パラパラとページを捲る。


___実を言えば、この本は5回ほど読んでしまっている。


この本だけじゃない。

図書館にある、夢術や他の民俗学の本は全部。


“神隠し”と題された、とうに触り慣れたページを開いた。


文を一つ一つなぞっていく。


……信じたわけじゃない。


俺達と、他の奴ら。


どちらが狂っているかは、まだ分からない。


それでも、もう一度ちゃんと読み返せば何かヒントがあるかもしれないから___


「うわ……何なのだ、この絵……」


他の本を手に取っていた一高ワン子が顔を顰める。


……確かそれは、民俗学入門者向けの本だったはずだ。


仁科教授本人が描いたスケッチや図解がなされている、まさに入門者への本。


夢術に関する知識の薄い一高ワン子にとって最適な本である。


ただ、一つ問題があるとすれば……


「下っ手くそ……」


「うっせぇ、味があるって言え!」


仁科教授は、とんでもなく絵が苦手という点だろう。


いや、味があるんだよ味が。


「じゃあ先輩はこれが何だか分かるのだ!?」


バンッと見せつけてきたページには、モニョモニョと4本の線が出た団子のようなものがあった。


「こっれは……アレだよアレ!

離島の魔物ってやつのイメージ図だ!」


海馬をフル動員させて、何のページにあったかを思い出す。


確か桜庭町っつう町に伝わる伝承だったはず。


「今思い出したのバレバレなのだよ!?」


ギャーギャー騒ぐ一高ワン子


「……今日も元気ですねぇ」


どこぞの縁側のお爺ちゃんか、目を細めて遠くを見つめる藤先生。



……良くも悪くも“いつも通り”が、そこには流れていた。

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