第7話


第7話



「よく来たのだよぉ」


昼間とは打って変わった、ウザいドヤ顔。


電気もつけずに、一高ワン子は窓際に立っていた。


眠そうな眼は、やっぱり半目のまま。


「……っ」


だが……部室には


その事実は、俺に胸騒ぎを起こさせるには十分だった。


「ワン子、藤先生は______」


「ここですよ」


デスクの向こうから、手が上がる。


よく見ると、藤先生がデスクの後ろで蹲っていた。


その手には、ぬれた雑巾。


どうやら床にこぼした何かを拭き取っているようだった。


「……なんだ」


心配したじゃねぇかよ。


俺は心のうちで舌打ちする。


だが、立ち上がった藤先生は、その口角を少しだけ引き上げた。


「でも、これで気がついているだって分かりました」


細められた目は、俺を吟味するかのように鋭い。


「俺……も…」


___やっぱり。


やっぱり、こいつらも分かっているんだ。


何か___人智を超えた何かが起きていることに。


「……どこまで、分かってるんだよ」


俺は彼らを睨んだ。


警戒心は解けない。


俺の知らないだけで、こいつらがその“何か”に関わってる可能性だってある。


「……ふふっ」


藤先生が雑巾をぽい、と流しに投げる。


綺麗な弧を描いて、雑巾はべちゃりとシンクに落ちた。


「竹花くんは、どうなんですか?」


覗き込む、長身。


その顔には、どこか不敵な笑みが浮かんでいた。


「俺は……」


その視線に居た堪れなくなり、俺は一歩後ずさる。


「………分っかんねえよ」


噛み殺したはずの言葉が、唇の隙間から零れ落ちる。


「沙夜子が、いなくなって。

代わりに趣味の悪ぃ花瓶があってよ。

それで……それでも、皆何もない様に振る舞う」


背中に扉が当たる。


それに縋る様に、俺はズルズルとしゃがみ込んだ。


「まるで最初から沙夜子なんていなくて、まるで俺だけがおかしいみたいで。

……気持ち悪ぃよ、そんなの」


吐き捨てた言葉は、リノリウムの床に吸い込まれていく。


「……気持ち悪ぃ、よ」


もう一度だけ吐いた言葉をかき消す様に。


そっと、藤先生がしゃがみ込んだ。


「良かった……竹花くんも、僕たちと一緒なんですねぇ」


「……」


暗い部室で、彼は笑う。


「僕たちも、気持ちが悪いです。

僕たちが今まで頑張って過ごしてきた“普通”が、突然壊されたんですから。

全部、無かったことにされた」


そんなの、許せません。


藤先生の目に、一瞬だけどす黒い何かが灯った気がした。


じゃあ、と俺は口を開く。


「じゃあ……どうすればいいんだよ」


何を知っていて、どうすれば正解だと思っているんだ。


俺は二人を睨む。


答えを示してくれることを期待して。


「さあ」


だが、一高ワン子は首を振る。


「ボクには分からないのだよ。

藤先生も何も知らないらしいのだ」


「……っ」


俺の中の期待が、ボロボロと崩れ落ちる。


「ボクは、知り合いが殆ど消えてなかったのだよ。

……だから、藤先生が状況を教えてくれるまで何も分からなかった」


藤先生が立ち上がりながら、一高ワン子の言葉を継ぐ。


「僕がに気がついたのは、朝のタイミングです。

竹花くんも同じでしょう?」


俺はへたり込んだまま頷いた。


手詰まり。


そんな言葉が脳に回る。


神隠し。

そんなものに、抗える術はない。


民俗学の本を読んできたが、幾度も神隠しというワードは出てきた。


口減らし、山での事故、子捨て______


俺が好んで読んでいた仁科先生は、本の中で「神秘的な現象の多くは、自然現象だったり、人為的な非人道的行為の言い訳」だと語っていた。


その一つが神隠しだった。


それでも……それでも、これは違う。


これは、人の手で出来るものじゃあない。


むしろ、俺たちだけが狂ってしまったと捉えた方が自然な……こんな現象は。


諦める。

それが、俺たちに残された唯一の選択肢だった。


「だからこそ、取り戻しましょう」


藤先生が、俺に手を差し伸べる。


むりやり俺の腕を掴んで、むりやり俺を引っ張り上げた。


「なんのための“探偵倶楽部”ですか?

___取り戻しましょう、金花君を、皆を!」


引き上げられた俺は、その場でたたらを踏む。


「探偵、倶楽部……」


そうだ。


俺たちは、探偵倶楽部なんだ。



卒業前、最後の最後に残された、解かなくてはいけない謎。


「……そうだな」


絶対、取り戻してやる。


何があっても……沙夜子俺達の部員をを。


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