推しを拾いました

秋月大河

第1話 行き倒れの推し

 月明かりが輝く夏の夜、私は推しを拾った。


 私は宮沢遙みやざわはるかという平凡な名前の大学二年生の女子だった。

 取り立てて何かに秀でていることもなく、友達も少ない。趣味といえば、演劇鑑賞だけで、それ以外はただなんとなく大学に通う毎日を過ごしていた。


 その日も本屋のアルバイトを終えて、自宅アパートに帰る途中だった。

 

 胸にはお気に入りの演劇雑誌を抱えている。バイト先の本屋で取り寄せたもので、今回の特集には私の〝推し〟が出ている。


 私が高校生の頃に、たまたま友達に誘われて、高校の同級生が出演するという舞台を観に行った。


 地元の小さな劇場だったけれど、華やかなスポットライトが照らす舞台で、若い役者さんたちが歌って踊る姿を見た時、全身が震えるほどの衝撃を受けた。


 そのスポットライトの下に〝早瀬夏希はやせなつき〟がいた。


 舞台の早瀬さんを見た瞬間、私は恋に落ちた。


 早瀬夏希は本名でもあった。彼女は学校でも誰よりも綺麗で中性的な顔立ちから、男子にも女子にも人気が高かった。けれど、舞台上では別人のように大人びて輝いていた。


 同級生の早瀬さんが舞台で歌って踊り、全力で演技をしていた。


 私といえば、いつもクラスの端っこで、めがねをかけながら、本を読んでいるような地味な子だった。決して早瀬さんのように光を浴びるような存在ではなかった。


 だから、高校ではほとんど話すこともできず、遠くから見ていることしかできないまま卒業した。けれど、早瀬さんは私の〝推し〟となり、二年間密かに彼女を追い続けている。


 出演する舞台やイベントには毎回出かけているし、ブロマイドやグッズも買っていた。


 来月にはとうとう早瀬さんの初主演の舞台『異世界聖女の建国期』の幕が上がる。大人気アニメの舞台化ということもあり、劇場もかなり大きな箱だった。


「どんな舞台なんだろう?」


 まだ見ぬ舞台と推しの姿に思いを馳せながら、軽い足取りで歩いていると、ふと前方の暗がりに何かが倒れていることに気づいた。


(えっ? あれは……なに?)


 おそるおそる近づけば、だんだんと正体がわかってきた。


「ひ、人!?」


 ぼさぼさの髪を後ろに縛り、ベージュのパーカーとジーンズというラフな格好。うつ伏せに倒れているために顔と年齢はよくわからないけれど、間違いなく女の人だった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄って声をかけたけど、女の人は身動きひとつ取らない。

 とにかく救急車を呼ばなくちゃ。慌ててスマホを取り出し、番号を押そうとした瞬間、がしっと手を掴まれた。


「ひぃっ!」


 思わず悲鳴を上げて手を振りほどこうとした矢先、女の人がこちらに顔を向けた。


「ま、待って……逃げないで……」


 その顔を見た瞬間、私はさらに声を上げてしまった。


「は、早瀬さん!?」


 彼女は高校の元同級生であり、推しの早瀬夏希だった。


「どうして、あたしの名前を……」


 早瀬さんはしばらく私の顔を見ていたけど、はっとした表情になった。


「えっと、もしかして宮沢遙さん……?」


 私が思わず「は、はい」とうなずくと、彼女は力なく笑った。


「あはは、久しぶり。宮沢さん……」


 こうして私は推しを拾うこととなった。

 

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