遙と彼方―推しを拾いました―

秋月大河

第1話 行き倒れの推し

 月明かりが輝くの夏の夜、私は推しを拾った。

 その日も本屋のアルバイトを終えて、自宅アパートに帰る途中だった。


 私の名前は宮沢遙みやざわはるか。今年大学に入ってひとり暮らしを始めたばかりの十八歳。

 特に何かに秀でていることもない平凡な女の子だ。内気な性格のせいで、友達も少ない。 

 そんな私の唯一の趣味は演劇鑑賞。胸にはお気に入りの演劇雑誌を抱えている。バイト先の本屋で取り寄せたもので、今回の特集にはなんと私の〝推し〟の女優が出ていた。


「ああ、彼方さん」


 推しの写真を見て、顔がにやけてしまう。

 高校生の頃に、たまたま友達に誘われて、高校の同級生が出演するという舞台を観に行った。地元の小さな劇場では、華やかなスポットライトが照らされ、若い役者さんたちが歌って踊っていた。


 その中に〝早瀬彼方はやせかなた〟の姿があった。


 舞台の早瀬さんを見た瞬間、私は恋に落ちた。

 早瀬さんは私が通っていた女子校でもとびきり美人で、中性的な顔立ちから女子から絶大な人気があった。早瀬さんが告白された女の子は数知れず。それだけでも十分に魅力的なのに、プロの舞台に立っている彼女はまるで別人だった。


 スポットライトを浴びた彼女の演技も歌もプロの役者と負けていなくて、見ているだけで感動で涙があふれていた。自分の学校の同級生がプロの舞台で演技をしているだけで心を奪われてしまった。

 私はいつもクラスの端っこにいるような地味な子。決して早瀬さんのように光を浴びるような存在ではなかった。

 だから、高校では話しかける勇気なんてあるわけもなくて、卒業までただ遠くから見ていることしかできなかった。

 でも、早瀬さんは私の〝推し〟となり、二年間密かに彼女を追い続けている。


 出演する舞台やイベントには毎回出かけているし、ブロマイドやグッズも買っていた。せっかく舞台後のお見送りで、彼女が出口に来てくれた時に笑顔を向けてくれた時のことは、今でも忘れることができない。


『今日は来てくれてありがとう』


 白く細い手で握手をしてくれた時は、感動のあまり泣きそうになってしまった。

 来月にはとうとう早瀬さんの初主演の舞台『異世界聖女の建国期』の幕が上がる。大人気アニメの舞台化ということもあり、劇場もかなり大きな箱だった。


「ああ、どんな舞台なんだろう? 楽しみ」


 まだ見ぬ舞台と推しの姿に思いを馳せながら、軽い足取りで歩いていると……。


(えっ? あれは……なに?)


 いつもの帰り道に何かが倒れていることに気づいた。

 おそるおそる近づけば、正体がわかってきた。


「ひ、人!?」


 ぼさぼさの髪を後ろに縛り、ベージュのパーカーとジーンズというラフな格好。うつ伏せに倒れているために顔と年齢はよくわからないけれど、間違いなく女の人だった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄って声をかけたけど、女の人は身動きひとつ取らない。

 スマホを取り出し、一一九番を押そうとした瞬間、がしっと手を掴まれた。


「ひぃっ!」


 悲鳴を上げた矢先、女の人がこちらに顔を向けた。


「ま、待って……逃げないで……」


 その顔を見た瞬間、私はさらに声を上げてしまった。


「は、早瀬さん!?」


 彼女は推しの早瀬彼方だった。

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