第15話
「……。」
まぁ、屋上が似合うっていうか、
どこだって似合うわな、コイツは。
背景のほうが、コイツに合わせてしまうわ。
「待たせたな。」
「いや。
すまない。付き合わせてしまって。」
双谷流都。
ほんと、どこを切り取ってもイケメンだ。
二重瞼に凛々しく澄んだ瞳、少し潤んだ涙袋、通った鼻筋に瑞々しい唇。
パーツというパーツが、どこもかしこも整ってる。
プロのカメラマンから見ても、これ以上の被写体はそうそうないだろうな。
ガキの頃に顔がいいと、崩れちまうもんなんだけどな。
何の慣性が働いてるのか。
うわ、青空がマジで似合う。
青春もの映画の撮影かよ。
俺、野郎の顔をじっくり見る趣味なんて無いんだけど、
ここまで揃ってると、さすがに見ちまうわ。
……とかやってると終わらねぇなぁ。
「身体は、もういいのか。」
「……あぁ。
もともと、身体はそんなに悪いわけじゃないんだ。」
……精神、か。
友達だと思ってた奴が、
自分を利用した連続殺人鬼だったわけだからな。
「本当に済まない。
障子屋のこと、ずっと、君に謝りたくて。」
……こういうやつか。
いや、こういうやつだったな。
腹立つほど。
「お前に謝られてもな。」
「でも。」
「でも、じゃねぇぞ。
お前の力量で、障子屋竹人を見破るってのは無理だ。」
「?」
あぁ。
ほんと、悪気ねぇんだなぁ、コイツ。
あの二人の気苦労が知れるわ。
「言っちゃなんだが、障子屋ってオトコは、
特殊な才能があった奴だと思ってる。」
人に説明しようとすると、なんとなく頭が整理されるな。
「お前らのちょっとした会話から、真矢野の芸名を掴んじまったし、
深山真琴を、真下に化けるよう誘導しちまった。
観察眼に長けている上に、人に真意を隠すのが上手い。
必要とあらば、道化になることを躊躇しない。
冷静さと自己省察能力さえ持ち合わせてれば、
きっと、重宝される諜報員になったろうよ。」
刑期、どんぐらいになるんだろな。
それ以前に、少年法と一般法、どっちが適用されんのかね。
「それとな。
沢名葉菜や、真矢野留美も、それぞれ一角の奴らだ。
お前よりも、人間としての器が、ずっと優れてる。」
「!」
「よーく考えろ?
沢名は、この町の歴史を五百年以上担ってきた旧家の出だ。
お前が教わってない習い事なんて腐るほどやってるだろうし、
お前が一生遭遇しないような奴とも一杯逢ってきてるんだよ。」
生まれながらの苦悩も背負っちまってる。
自分を貶め、排除しようとしてるババアが近くにいる、っていうな。
「……。」
そこまで、わからねぇだろう。
そのずっと手前すら、わかってねぇんだから。
ま、いい。
「真矢野なんて、子役だぞ?
ガキの頃から狡賢いカネと欲望の亡者共の相手してたんだよ。
本人は端役しか出てねぇなんつってるけど、
出力が高すぎて、他の子役を蹴散らしすぎて扱えなくなっただけで、
あいつがもし大手事務所に所属して、後ろ盾があるような形だったら、
きっと今頃、飛ぶ鳥を落とすような人気若手女優だろうよ。」
あいつの演技力は、いまも磨かれ続けてる。
自分の本心を、誰に対しても、幾重にも隠し通せる奴だ。
「……。」
「お前の不幸ってな、そういうことなんだろうな。
周りが、人間として、ちょっと化け物すぎたんだよ。
お前はその連中を護ってる、主導してるつもりでいたんだろうが、
実態はまったく逆だったってわけだ。」
うわ。
唇、ギリって噛んでやがる。
それすら絵になる奴だなぁ。
あぁ。
沢名や、真矢野の気持ちが、分かった。
この男が、あまりにも美しいから、見せたくなくなっちまうんだ。
世の中のありとあらゆる醜いもんに、目隠しをしてしまいたくなるんだ。
それは、コイツの廻りにいた女どもも同じだろうし、
コイツにタカってきた、持ち上げてきた奴らも、ある意味では同じだったろう。
なら。
「いっそのこと、
お前、留年しろ。」
「ぇ。」
俺が、被らねぇとだろうが。
「え、じゃねぇぞ。
お前、一学期の期末、
二百五十五人中、二百三十七位じゃねぇか。」
「!?」
真矢野のオプション爆弾、ばっちり炸裂したなぁ。
当然持ってる情報だし、借りとしては軽め。
「一応な、県下第二の進学校なんだよ。
どうやって入れたのかよく知らんが、授業内容、全然理解できてないだろ。
お前の学力のまま、三年になって、同じタイミングで受験してみろ?
このままじゃ、100%ぜんぶ落ちるぞ。
ロクでもねぇとこなら入れるかも知れねぇけど、
入った後だって、卒業できるかどうかわからんねぇし、
そんなトコなら、よっぽどのことがねぇと、一生苦労する。
そういう流れに、一度、入っちまったらな、
お前の力如きじゃ、とても抜け出せねぇんだよ。
チーム一丸となって?
皆と一緒に?
冗談じゃねぇ。
お前のまわりに、いま、誰が残ってる?
名和座ぐれぇなんじゃねぇのか?」
考えて見りゃ、名和座は、
漢気がある奴なのかもしんねぇな。
この状態の双谷を見捨ててねぇんだから。
いい子、か……。
それは、たぶん
「……っ。」
あーあ。
ほんと、めちゃくちゃいい顔だよ。
悔しがる瞳に太陽光入ってキラーン。
ったくもう。
「それとな。
浪人すりゃぁ遅れを取り戻せる、とか考えてるかもしらんが、
浪人なんてな、一人で生活リズムを維持して、
一人で高ぇ目標を掲げて、そこへ向けて食らいつける奴だけが、
運がよきゃ、うまくいくだろうよ。
でも、俺やお前は違うだろう。
俺なんて、学校なんてもんがなきゃ、
いくらでも堕落してネトゲ廃人になるんだよ。
お前、夏休み、少しでも計画建てて勉強したか?」
「……。」
バスケしかしてなかったって顔だな。
ま、そう仕向けたわけだからな、あの二人が。
「だから、留年しろ。
で、その時間使って、中学からやり直せ。
いまならまだ、お前の人生、ぜんぜん間に合う。
だが、クソつまんねぇプライドでそうしなきゃ、
お前は一生、落伍者で終わる。
そんで、全国レベルのバスケ雑誌に一枚絵で載った、
ちっぽけなプライドを40になっても振り回すような
クソしょうもねぇオッサンになっちまうんだよ。」
ご自慢のお顔も衰えちまってな。
ご自慢してるかは分からねぇが。
「……っ。」
「ひとつ、約束してやる。
お前がもし、留年して、来年、学年で五十番以内に入ったら、
沢名や真矢野が、お前に、
何を、どうして隠してたか、教えてやる。」
「!」
「俺にとって、約束は絶対だからな。
お前には、できる力があると信じてる。
なんせ、全国の舞台に立った奴だからな。
お前が本当に本気になれば、それくらい余裕だろ。」
「……。」
「お前を援けられるのは、お前自身だけだ。
だがな。
お前が、お前の人生を本気で始めるなら、
俺は、必ずお前を援けてやる。
ま、せいぜい頑張れ。」
ばたんっ。
……
……くそっ。
は、は、恥ずかしいなんてもんじゃねぇなぁ……っ
ぜんぶ、ブーメランになって帰ってくる奴じゃねぇか……。
うぁぁぁぁ。
む、虫唾が走りやがるぅぅ……っ。
マジ吐きそう。
*
「……真人、君っ。」
……はは。
学年、二位かよ。
とてつもねぇ奴だな。
「すげぇな、雨守。
正直、尊敬する。」
試験期間中、一切、話しかけてこなかったもんな。
凄まじい集中力だったわ。
「え、えへへへへ。
そ、そ、そうかな?」
「そうだぞ。」
あぁ、なんつーか。
親戚の娘の成長を見守るオッサンってこんな気分なのか?
なんか、めちゃくちゃほっこりする。
「……うっわ、やっべー。
いやー、郁ちゃん、マジもんだねぇー。」
確かに。
戦慄するわな、この結果。
「一学期二位の子、なんか大崩れしたみたいだねー。
上位五十位に入ってないみたい。
まぁ今回の郁ちゃんの出来なら、本調子でも勝ったけどね。」
「お前、成績上位者なんて覚えとくのか。」
「そりゃね?
あたしにもいろいろあるんだよー。
っていうかさ。」
ん?
「真人、四十八位だっけ?
凄いね。大躍進じゃん。」
気づかれちまったか。
七十位くらいを狙ったつもりだったんだが。
「そ、そうだよっ。
なんか、わたしの知らないうちに、
葉菜ちゃんと留美ちゃんと、勉強会してたんでしょっ?」
お、言い方、近くなってんな。
雨守も打ち解けてきたんだなぁ。
毎日暮らしてりゃ当然か。
「あははは、郁ちゃんも誘ったんだけどねー。
ぜんっぜん、気づいて貰えなくて。」
「はわぅっ!?」
……完全にオモチャ扱いだけどな。
ったく。
……ん?
「あれ、小林じゃね?」
「んー?
なんか、走ってったねー。」
廊下を走るような奴じゃねぇはずだけど。
*
「んーーーーーっ!
いやー、おわったおわったって感じだよねー。
文化祭、どーすっかなー。」
文化祭、か。
「そろそろ葉菜、戻ってくると思うからさー、
ちょっと遅くなったけどさー、
明日とか、街に繰り出して打ち上げでも行くー?」
街かよ。
近くのファミレスとかじゃねぇんだな。
「あははは、うちの高校とか、近くの高校生、山のようにいるからねー。
そういうの好きなら別だけど、真人の肩身、狭いよー?
他校の子とか、この状況、慣れてないから。」
……そうかもしらんな。
なら、お前の好きなようにアレンジしてくれ。
「りょーかーい。
んじゃねー。あとで〇INEすっからー。」
ふぅ。
忙しい奴だな。もういねぇわ。
たぶん、違う用事があるんだろうな。
って。
「どした? 雨守。」
「……え?
う、ううん、
な、なんでもない。」
「そっか。
しかしお前、マジで凄いな。
大したもんだよ、ほんと。」
「そ、そう?
えへへへへ……。」
郁美、一瞬で機嫌が治るな。
誰も傷つかない、いい方法だわ。
「星羅ちゃん、めっちゃ喜んでるだろ。
出資先にも顔が立つしな。」
「そう、だね……。」
ん?
「う、ううん。
なんでもないよ。
あ、明日、楽しみだね?
街にいくの、あの日以来だから。」
あの日?
……あぁ、
「あのね、
わたし、あのお店、また行きたいな。」
「そうか?
なら、真矢野に言えば良かっただろ。」
「……真人君って、
たまに、すっごく意地悪だよね。」
ん?
*
緑深い洋館。
赤絨毯の上に、一人の少女が、横たわっていた。
「さき……ちゃん……?」
駆け寄った少女の声に耳を貸すことは、なかった。
肩を揺さぶった少女は、その身体の冷たさに愕然とし、思わず手を離す。
魂の抜け殻が奏でる無機質な音が響き渡る。
だらりと下がった手首の不自然な形状に、
この部屋で起こったことの全てを知った少女は、
天空に届くかのような慟哭を響かせる。
叫び声を聞いた周囲の大人が、次々に部屋に入ってくる。
怜悧さを誇った少女の瞳には、もはやなにも
はっ!!
はぁ……っ、はぁ……っ
ひ、
ひさびさに見たけど、
なんだよ、これ……っ。
こ、小林早紀が、
じ、自殺だとっ??
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