第3章
第12話
「野智真人さん。
貴方は、犯人に、重刑を望まれますか。」
ホントに聞かれるんだな、こんなこと。
少年法の範疇じゃないのかよ。
「こちらからは、望みません。」
……俺も甘くなったもんだ。
ガキの頃なら、犯罪者は皆機械的に極刑にすべきと思ったろうに。
「わかりました。
どうも、大変長い間、ありがとうございます。」
「とんでもないことでございます。」
こちらの警察さんは丁寧な人を寄こしてきてくれて良かった。
そうでなければ、反抗心が沸きあがりそうだったから。
見てくれはめっちゃ怪しいんだけどな。でっぷり太ったオッサンだし。
「ときに。
ああ、これは、今回の件とは関係ないのですがね。」
「はい。」
「先日、中央通りのブティックで物損事故がありましてね。
事故を起こしたお医者さんなんですが、
心筋梗塞で亡くなられましたよ。」
……は。
っ!?!?
「じ、事件性は。」
「はっはっは。
なにもありませんよ?
なにも、ね。
ああ、もちろん、
野智さんを疑っているわけではまったくありませんよ。
貴方は英雄だ。
身を挺して沢名葉菜さんをお助けになったそうじゃありませんか。
県警本部長表彰ものですよ。」
「……。」
「ただ、沢名さんの御自宅まわりは、
どうーも、きな臭いところがありましてね?」
きな臭いところ?
沢名の家に?
「おっと、民間の方にお話しすることではありませんでしたなぁ。
いやぁ、また課長にどやされますよ。
どうか、この件は御内密に願います。」
「は、はぁ。」
「はっはっは。
長い時間のご協力、感謝致します。」
「とんでもないことです。」
*
擬態、だな。
こっちを探ってきてやがった。
刑事ってのは、本能的に人を疑うもんだからな。
下手をすると、犯罪を勝手に作ってでっちあげるくらいやりかねない奴らだ。
……ただ、そういう感じ、ではなかった。
もしそうなら、俺の人非人センサーが反応してしまっただろう。
むしろ、優秀な猟犬が、お目当ての何かを嗅ぎ充てようとする動き、だ。
あ。
そうか。
障子屋が犯行を決意した直接的な契機は、真矢野に振られたことだ。
障子屋の性格からして、沢名葉菜のような高嶺の華に想いを伝える、
なんてことはするわけがない。
時系列も、相当離れている。
直接的なものでさえ、少なくとも、一か月半以上の差がある。
つまり、真矢野をめぐる一連の事件と、
沢名の事件は、別ものと考えるのが自然だ。
そうであるならば、今回の件が片付いても、
沢名が襲われる可能性が、無くなったわけではない。
(沢名さんの御自宅まわりは、
どうーも、きな臭いところがありましてね?)
……って、
これが、俺に、
いや。
(好きだよ、まーくん。
一年の時から、ずっと、ずっと。)
……関係ない、なんて、とても言えない。
沢名葉菜と俺では、あらゆる意味で釣り合いようがない。
だからといって、沢名がむざむざと殺されるのを、座して無視などできない。
雨守、調べてくれるかなぁ……。
いい加減、固めたいところなんだが。
……ん?
ひょっと、して。
*
「いやー、
真人、長かったねー。」
いたのか、真矢野。
「あはは。
今回はあたしたちもしっかり聴取されちゃったからねー。」
お前んときは、学校が大事にしないようにしようとしてたからな。
過去の経緯までほじくり返されたってわけか。
「んー、まぁ、当然のことだと思うよ?
深山さん、向こうでは優等生の皮を被ってたみたいだし、
なんつっても、大手スポンサーがついてたわけだしね。」
そんなのが、真下に態々擬態してまで。
「あはははは。
オンナの恨みってな怖いんだねー。」
お前の話なんだがな。
コイツ、ほんとに恐怖心、麻痺してんな。
ゴリゴリの陽キャの癖に、肝の据わり方が半端ない。
陽キャだからこそ、なのか。
あ。
……そういうこと、か。
「そのために、
沢名を、引っ越させたのか。」
顔つきが、替わった。
鋭く光った目が、くるくると回転したかと思うと。
「……あははは。
やっぱり、真人は鋭いね。」
認めた、か。
「でもね。
それだけなら、もっと安全性を確保できる場所を選択したよ。
……葉菜が、真人を想う気持ちは本物だよ。
紛い物ばかりの人生だったからね。
あたしとしては、大事にしてあげたいって想うよ。」
「お前のスポンサーはそうは思わないわけか。」
ただの幼馴染に、ぽんと家賃全額を出すわけはないからな。
「……なんで言っちゃうかなー。
気づきすぎ。」
「お前だからだ。
一応、伝える人選は考えてるつもりだが。」
こいつはこいつで、凄まじく優秀な奴だ。
成績を並みにしてるのすら、ある種の擬態を感じるくらいには。
「……。」
「ん?」
「いや、なんっでもないよー。
そっかー。気づいちゃったかー。
ま、じゃあ、情報交換はしっかりしていかないとだね。
でもさ、後ろ、見て?」
うしろ?
って、あぁ。
「……
ただいま、真人君。」
雨守……。
事情聴取、そこそこかかったんだな…。
ストーカーの件、追及されてたりしてないよな?
「あははは。
修羅場はまだ、はじまってもいないんだからねー?」
あぁ……。
忘れようとしていたことをっ……。
*
……あの、なぁ……。
「狭いだろ、お前ら。」
「そうかなー?」
「そうだろがっ。
だいたい沢名、お前、3LDK借りたんだろうが。」
このマンションで一番広い部屋。
確か、8階だっけな。
「んー?
いまから来るー?」
「独身女性の部屋にそうそう行けるか。」
「真人、そういうとこ堅ったいよねー。
部屋に来させるのは気にならないくせにー。」
「お前らが勝手に来るからだろうがっ。
だいたい、俺ん家の鍵、どっから」
「んー、これ?
久我さん、くれたよ?」
ぶっ!?
ゆ、猶次郎の奴、何考えてんだよっ!
「あははは、まぁ、そういうことー。
それ言ったら、郁ちゃんのほうがヤバいよー。
コッソリ合鍵、持ってるんでしょー?」
「ふひゃぁぁぁっ!!」
ぶぶぶっ!?
「郁ちゃん、結構やっばいストーカーだからねー。
ま、それで真人は助かったんだけどさー。」
?
「真人、わざとだと思うけど、
あ、あぁ。
「郁ちゃんのGPS、プロ用のやつ、使ってたから。」
ぷ、ぷろ、よう……??
あ、雨守、お、おまえな、顔、そらしてんじゃねぇよ。
「あははは、結果オーライって感じだね。
郁ちゃん、くれぐれも法律は守ってねー。
奨学金、止められるだけじゃ、すまないかもよー?」
「……ぐゃんっ。」
あ、倒れた。
ダメージオーバー1000ってトコか。
「……真矢野、お前、雨守で遊ぶのも大概にしとけよ。
引きこもりだったんだからな。」
「いやははは。ごめんごめんごめん。
リアクションいいもんだから、つい。」
……ったく。
*
「お、おはよう、野智君。」
あぁ……、
小林、か……。
「な、なんだか大変なことになってるね?」
……そう、だな。
「わ、私、なにもできないけど、
無事だけ祈っておくから。」
そうして……。
じゃなくて、どうにかしてくれっ!
「だ、だって、絶対離れようとしないでしょ。
葉菜ちゃんも、郁美ちゃんも。」
……そうなんだよっ。
真矢野までいやがるから、男女双方から凄まじい目で見られてんだよぉっ。
「あはは、あのさー真人、
これでも、こないだのあたしよかは、ずーっとマシだよ?」
……どこがだよ。
「言ったよね、3つ4つ、告られて当たり前だって。
葉菜と郁ちゃんが左右ブロックしてるから、
そのコたちも、うかつに手が出せないんだよ。」
「……そうかよ。」
「ほらほら、見て?」
ん? 一年の時に同じクラスだった女子が……
なんか、さっと目を逸らされたけど。
……ぇ。
「あはははは、ちょっとは状況が分かった?」
マジ、かよっ……。
「だから言ったじゃん。
ルトがいなくなったんだから、一極集中になっちゃうんだよ。
どうしたって。」
いなくなった、って、お前……
あぁ、マジでいねぇ。
「ちょーっと重症でさー。ガタがきちゃったんだよねー。
まぁ、身体は鍛えてっから、そっちは大丈夫だと思うんだけど、
正直言うとさ、転校して貰ったほうが話が早いんだよね。」
「……お前、ほんっと先回りする奴だな。」
「あ、そう、気づく? そっかー。
あはははは、なんかラクでいいなー。」
「……留美ちゃん?」
げ。
沢名、ハイライト消えてる。
「あははは、葉菜ってば、そんな顔しないしない。
かっわいい顔がだいなしー。
ほらー、郁ちゃんもだよー?」
……雨守、ほんと、ぷくーっとした顔してるじゃん。
感情表現、子どもかよ。
「………。」
ん?
「どうした、小林。」
「……ううん、なんでもない。
野智君、死なないでね?」
ふ、不吉な言葉を……っ。
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