第7話
はっ。
はぁ……はぁ……
い、
……いま、の、は……
ま……っ
……間違い、ない、な。
真矢野、だ。
真矢野留美が、誰かに、刺された。
フードを被った男?
いや、女かもしれない。
……しかし、なんでまた?
真矢野なんて、まともに絡んだの、二回だけだろうに。
これ、例のやつじゃなくて、ただの夢じゃ……。
いや。
感触にリアリティがありすぎるし、
夢の中のストーリーの整合性も高い。
過去の傾向から見て、実際に起こる可能性は、否定できない。
面識さえあれば、回数は、関係ない。
そもそも、雨守の父親ん時だって、一回見かけた限りだったじゃないか。
準備していて、そうじゃなきゃ、笑い話で済む。
だが、その逆は。
本人には、勿論、話せない。
話せるわけがない。
俺が逆の立場なら、それこそ一笑に付すだろう。
だと、するならば。
*
「留美ちゃん、が……?」
「ああ。」
「……学校で、腹部を、刺される?」
「……ああ。」
部位には、意味がないんだろうけどな。
「……ほんと、不思議な夢だよね。」
朝っぱらからする話じゃないのは分かってるが。
「ううん、そんなことない。
でも……。
うん。わかったよ。
いったん、棚上げにするから。
……ふふ。」
な、なんだ?
「ううん。
こうしてる間は、わたし、棄てられないなって。」
棄てないっての。
俺からすれば、お前から棄てられるほうがずっと自然な
「そんなこと、絶対ない。
けど……、ううん。わたしには、ない。
わたしは、たとえ死んでも、魂が溶けるまで一緒にいるよ。」
……。
「あ、重たいって思った?」
「ちょっとだけな。」
「ひどっ。
でも、すこしは信じてくれた?」
「……ちょっとだけな。」
「ふふ。
良かった。」
……俺が殺された時、雨守はどんな顔をするんだろう。
本当に、誰かが攫って幸せにしてやって欲しい。
*
昼休み前。
どうやったかは分からないが、
俺の近くに陣取っていた沢名を、雨守と真矢野が説得し、
障子屋とセットで、
そして。
「あはは。
ちょっと新鮮だなー。
こっちからだと、こう見えるんだねー。」
小林達の席に、真矢野を混ぜて座らせる。
いろんな意味で、俺は、双谷の近くに行きづらい。
ただ、小林達の席なら、廊下側に近い。
ギリギリだが、俺の目の届くところではある。
夢の中で、真矢野が刺されたのは校舎内だ。
過去の傾向から見て、微細な情景は違っていても、
おおまかなところは、変わらない。
校舎内。
或いは、学校内。
今日一日、
俺の目の届くところにいれば。
分かってる。
これは、誘いの隙であることを。
囮捜査の醜悪な劣化版に過ぎないことを。
だからといって、
引き起こさない、という選択肢は、ない。
徹底的に先回りしようとした末路を、俺は知っている。
過去の経歴では存在しないとはいえ、
小林達に危害が及ばないよう、細心の注意を払う。
幸い、小林達は、
雨守の注意を受け入れてくれる。
「なにかは分からないけれども、
なにかあっても、おかしくないようにして。」
こんな曖昧模糊な話を受け入れてくれる程度には、
雨守は、グループ内での信頼を構築できている。
第三派閥の地味子グループの中で、
化けた後の雨守と、学内陽キャ筆頭の真矢野は目立つが、
そこはコミュ力お化けの真矢野留美。
地味子達が嫌にならない程度に、丁寧に、会話のペースを落としながら、
それぞれが話しやすい、乗りやすい話題を振っていく。
コスメや最新の流行曲から、ボカロ、料理に手芸、深夜アニメまで。
その引出しの多彩さと深さ、座持ちの良さに、唖然とさせられる。
(留美ちゃんは、みんなを見てるから。)
子役はコミュニケーションが一番の武器だというから、
案外、そこで身に着けたものかもしれない。
話題を主導しつつ、会話が成り立っている限りでは
さっと聞き手に廻って身体で相槌を打てるあたり、器用さが半端ない。
となると。
第一派閥側には、当然、疎漏ができる。
沢名は、どちらかといえば、受け答えに特化している。
窓から差し込む日の光を亜麻色の髪に浴びさせながら、
超絶癒し系ボイスでうんうんと笑顔で頷いて聞いていることはできるが、
話題をうまく広げるスキルは乏しい。
いや。
そのスキルを、出し惜しんでいる。
放送委員会時代に、その片鱗は見えていたが、
沢名葉菜は、ほんの少し、意地が悪い。
でなければ、先輩達の無茶ブリに、笑いながら受け身を取れるわけがなかった。
この一日だけで片付くなら、それもいいが。
っていうか、ちょっとは気づけよ。
雑誌を飾ったバスケ部のイケメンエース君。
公衆の面前で雨守にあんだけ詰められて、ほとんど堪えてないって。
ま、気づかないから、まっすぐに全国大会に向かえるんだろうが。
部活少年なんて、プロテインとトレーニング、チーム戦術のことしか考えてない。
少年漫画風の単純な世界観が、ほんの少し、羨ましくな
……
っ。
気のせい、か……?
ギラリとした殺意が向けられた気がしたが。
あるいは、気を張り詰めすぎ
…
っぅっ!!
がっ
廊下の端から、教室に戻るタイミングが、
ほんの少しでも遅れていれば、やばかった。
刃渡り10センチ程度のアーミーナイフが、
真矢野留美の無防備な首元に、間違いなく、向かっていた。
手首を極め、アーミーナイフを落とさせ、
即座に確保する。
怨霊でも呼びそうな憎しみを込めた顔を、
俺は、知っていた。
「!
あ、あなた、
ま、真下さんっ!?」
金髪ギャル風の派手メイク、
まさか、そん
「……違うよ。
真下さんじゃ、ない。」
はぁ?
真矢野、お前、
頸動脈掻き切られそうだったのに、一番冷静だな。
いつの間にか近くに来ていた沢名が、
天使の声を曇らせ、酷薄とも言える低い声で、
犯人の行動の全てを遮った。
「貴方、だれ?」
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