カッパのことなかれ

 廃線になったバス停の近くに、小さな電器屋がある。

 年中シャッターを開けっぱなしにしているので、入り口のテレビは、売り物とは思えないような色濃いシミが付いている。

 家電やスマホやゲーム機なんかを安く早く修理してくれるので、この店に来るのはもっぱらそういう用事の時だった。


 朝、その電器屋の入り口でカッパがラジオを突っついていた。

 昔読んだ本によれば、カッパの背丈は意外と小さいらしい。しかし、目の前の子はその中でも特別小さく、せいぜい幼稚園児並みの体長しかなかった。

 そのせいか、「ボク」の口調も自然と子どもをあやすようなものになっていた。


「君は、何してるのかな?」

 カッパは一瞬だけ「ボク」を見たかと思えば、さっさと手元のラジオに視線を戻した。

 あまり「ボク」には興味ないみたいだった。


 ラジオはいかにもアンティーク、といった見た目をしていて、円状のツマミとか、カセットを入れる場所なんかがある。

 しかし、カッパがどれだけ突っついても、ちっとも音を流す様子はなかった。


 「ボク」がラジオを見つめていると、カッパはそんな「ボク」をじぃと見つめている。

 そして、手に持ったラジオを「ボク」に向かって持ち上げた。

 期待を寄せられている、気がする。


「動かせ、って?」

 カッパは何も言わない。ただラジオをこっちに押し付けてくるだけだ。

 「ボク」はラジオについたツマミを適当に捻ってみる。くぐもった砂嵐の音が聞こえたと思うと、すぐにどこかの放送を流し始めた。


 カッパはラジオの埃を払うと、その場に座り込んで、それを食い入るように見ていた。

 「ボク」はその隣に座り、流れてくる音に耳を傾ける。


 ラジオ体操の歌が流れている。

 そういえば、もうそれくらいの時間だった。

 今日はラジオ体操カードも持たずに外を出ていたので、あまり気に留めていなかったのだ。


 しかし今日は、いつもと様子が違っていた。

 歌をバックに、男の人の声が大ボリュームで聞こえている。

 はっきりとは聞こえないが、時折何かを訴える言葉が聞こえてくる。


 河原でラジオを流すな――。

 川の近くでラジオ体操をするな――。


「今日もやっとるねえ」

 店の奥ののれんから、電器屋のじいちゃんがのっそりと顔を出した。

「やっとる?」

「ここ何日か、川に棲むもんが続けとるわ。

 ボク、ラジオ体操行くから知っとるやろ」


 ボクは返事をしなかった。

 ただ、ラジオに聞き入っている。


 河原でラジオを流すな――。

 川の近くでラジオ体操をするな――。


「何と言ったかな、電波ざっく」

「電波ジャックだよ、じいちゃん」

 答えたのは「ボク」ではなく、カッパだった。


「そーかそーか、坊主よう知っとるな」

 じいちゃんは、カッパの頭のお皿を撫でている。

 そういえば、「ボク」はカッパを見るのも初めてだった。

 頭のお皿から水かきの着いた手足まで、全身が洗い立てのように、つやつやと水気を帯びている。近くにいると何となく涼しく感じるので、体温は相当低いのだろう。

 そのせいだろうか、この前助けた人魚と違って、カッパは地上でも平気そうだ。


 カッパは撫でられるままになりながら、ラジオを指差した。

「オレの父ちゃんと母ちゃん、あそこ」

 「ボク」とじいちゃんは顔を見合わせた。

 この子の両親は電波ジャックに参加している、のだろうか。


「雨が少なくて川の水は少ないし、朝寝ている時にラジオの大きな音がうるさいし、かなわんから、お父ちゃんたち電波ジャックしてくる……って」

「そうかあ」

じいちゃんは腕組みして、考え込んでいる。


「そんで最近、坊主はこの辺うろうろしとったんやな」

「うん」

「そしたら、いつ帰ってくるかも分からんな」

「うん」


 カッパの子は、ラジオをじっと見ていた。

「じいちゃん、この子」

「まあ、いつもやったら川のもんに任せるとこやけど、この様子やとみんな出払っとるでな」

 じいちゃんが唸っている。

「水に棲むもんでも面倒見られるとこが近くにあるといいやけどな」


 それを聞いて「ボク」が思い出したのは、先日助けた人魚だった。

「じいちゃん、この近くにゲストハウスってある?」

「ゲスト……何だって」

「ゲストハウスだよ、じいちゃん」


 カッパの子が顔を上げた。

 頭のお皿が、朝日を反射して金色に輝いている。

「オレ、そこにいくのか?」

「不安?」

 カッパの子は首を横に振ると、「ボク」の手を握った。弾力があって、そしてひんやりしている。


「行こ」


 それから、「ボク」とカッパとじいちゃんと、三人で手を繋いで朝の道を歩いた。

 件のゲストハウスに人魚は居なかったけど、中にいた男の人とじいちゃんが二人で話して、カッパの子はそのまま引き取られていった。


 その日の夜、電波ジャックが鎮圧された、とニュースで流れていた。



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