魔女大戦

屋代湊

竜と魔女

第1話 氷山厳花

非力に生まれた。

学は少しあったが、如何せん家柄がなかった。


北限のジラド領国に生まれ、サラハト山脈に属するある山の道先案内をする家系に生まれた。

そこでは、天子様に献上する綺麗な花=氷山厳花ひょうざんげんかがよく採取できたため、領主の命を受けた一行を群生地までお連れしていた。


「お父さん、お母さん、今日もお仕事頑張ってきます」


仏壇に手を合わせ、峠まで背負子しょいこを肩からかけて行く。


「今日もいい天気だ、こんな日が続くといいな」


カムリは、座るにちょうどいい石の上で、頭上を行く鳥だの虫だのを目で追っていた。

お客のご一行はすぐに来た。


「今回もよろしく頼むよ、少年」

「山には竜が住み着いているというからね」


一行の一人が、巾着から銭を差し出した。


「あの、すみません、これだけですか?」

「おいおい、早々に文句かい?少年」

「ごめんなさい、でも前回も少なくなっていて」


父がいた頃にも、道案内料をケチられることは多々あった。

しかし、父が竜に殺されてからは、立ちどころに先方の威勢が強まった。


「お父さんの道案内なら安全が約束されていたがなぁ、正直ぼっちゃんだと、いてもいなくても変わらないところに払ってやろうってんだ」


どうやらそういう理屈らしかった。

言い換えそうとすればいくらでもできた。

自分が道案内しなければ、確実に氷山厳花にはたどり着かない。その自負があった。

彼らが花を持ち帰れなければ、お咎めを受けるのは彼らだ。


しかし、そんなことを言ったところで何をされるかは目に見えている。


「わかりしました。お連れ致します」


道案内は難しいものではなかった。

先祖代々から伝わる目印をもとに、毎回違うルートを登る。

それにより、一族以外の者はたどり着けない。

地図を作製するようにと、時の領主から命じられたこともある。

ただ、それを実行しようとすると忽ち災いが町に訪れたという。


その災いは、常に白く美しい花とともに町に降り、一帯を凍てつかせたと云う。


__竜の逆鱗に触れた。


誰もがそう口伝してきた。

氷山厳花は、竜のため息から繁殖し、竜の認めた者にだけ譲られる。


しかし、カムリは竜に会ったことはなかった。

歴代の道案内たち、もちろん父母も会ったことはなかった。


それが去年の秋、紅葉美しい山の中で、父と母を殺した。

父の亡骸は竜に食われたと言う。

母は悲しみに暮れていた。

その夜、カムリは母を励まそうと、道草の花を摘みに家の外に出た。

母は花が好きだった。

それで一緒に父に手向けようと。


しかし、家に帰ったとき母はそこにいなかった。

竜の災いだと、みなは言った。

確かに、家のなかにはあの白い氷のような花がいく片も落ちていた。

まるで母の悲しみの涙が結晶したように。


だから、カムリは竜を憎んでいた。

今日も、懐に短刀を隠し持って。

それは父の唯一の遺品だった。


花の群生地の前には、簡易的な鳥居があった。

そこを抜ければ、一面真っ白な群生地だ。


その鳥居の、最も空に近いところに、


___竜がいた。

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