第27話 シュトレン
食堂の長机を取り囲むように座っている子ども達。ついさっきまで賑やかだったのが、みんな一様に口から色とりどりの紐を垂らして静かに着席している。
飴を口に含み、みな幸せそうだ。
シスターも嬉しそうにそれを見ている。
わんぱくな子ども達には会った事などないはずだが、商人はさすが子どもの扱いが上手いなと、モンテ夫人の手腕に内心驚いていると、ルカに目が留まった。
ずっとこちらに視線を送っていたようで、胡桃の飾りボタンが付いている襟巻きを小さく指さしている。
似合ってるぞ。の気持ちを込めて大きくひとつ頷いた。
それから孤児院の中をひと通り見てまわって、シーツの替えが必要なことや天井の雨漏りなどを確認する。
この国では普通、年越しに合わせて布類を替えることが多いのだが新しい毛皮があったから、そちらにお金を分配したのだろう。
すぐに無いと困る程ではなかったが、次に来るときにはそういった布を補充した方が良さそうだ。
新しい年に新しい布があると気分も上がるだろうし。
それに、冬はどうしても行く宛を失った子供が増えやすい。もしそれが赤子だとオムツやらなんやらで布類は多く必要になる。
教会の端で飼っているヤギの食料は、それを見越して気持ち多めにしておいたけれど……可哀想な赤子のためのヤギ乳が不要になり、今いる子達の取り分が増えることを切に祈った。
親がいないことは私にとって当たり前のことだ。けれど、モンテ商会で夫人と会い、ニナが羨ましく思った気持ちもある。
何も言わなくても、娘のためになる事を考えて、その友人にまで目をかけてくれる存在が居ることは、幸せな事だ。私にもシスターがいるが、良い親という存在は別格のものなのだと知った。
甘く苦い感情を飲み下す。
それでも、私がいまこうして私であるのはこの環境のおかげだから。羨んでも仕方がない。
シスターやルフタ、子ども達を大切に思っている。それで良いのだ。
「シスター。そろそろお暇します。近いうちに、また」
「あら、ご夕食を一緒にと思ったのですけれど」
「申し訳ありません。ちょっと寄るところがありまして」
厨房のシスターや子どもたちに声をかける。
シスターは持ってきた私が食材と畑で採れた豆とを使って、スープを拵えてくれたようだった。
シスターのことだから私の分も用意してくれそうだと予想していたけれど、まだ育ち盛りの子らに少しでも渡って欲しい。
「食事の前に飴のことを伝えてしまいました」
「ふふ、今日だけは良いことにします。アリアさんがきてくれたから、皆そわついていたでしょうし。食卓でのお祈りもすんなりしてくれて良かったです」
シスターが近くに座っていた女の子の頭を撫でる。
先ほど中庭で水魔法を使っていたメイという女の子だ。柔らかな黒髪が、肩口でさらりと揺れた。
「アリアお姉ちゃん。またくる? 明日?」
「明日は来られないけれど、近いうちにまたくるよ」
前は里帰りをほとんどしなかったから。
炎に包まれるスラムの中で、シスター達の事もずっと気にかかっていた。もっと会っておけばよかったと。
買ってきたものを置きに入った倉庫で教会の年越しの準備は一応されていたのを見たけれど、必要最低限の穀物しかなく、棚はガラガラだった。それを少しでも埋められてよかったと思う。
自己満足かもしれないけれど。
「新年の挨拶をしにくるから、どんな年越しをしたのか、私に教えてくれ」
「うん、わかった」
次の給金日は、年が明けてからだ。
棚に隠したクリストシュトレンに、みんなはいつ気づくだろう。
シュトレンの酒が馴染むのにあと一週間ほど。それくらいに気付いてくれたら嬉しい。
その時のリアクションを聞くのを楽しみに、私は教会をあとにした。
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