第26話 農作業


「みんな、人手は要らないか?」

「あっ、アリア姉ちゃん!!」

「わあ、久しぶり!」


 泥だらけの手を振る子ども達。

 特に汚れの目立つ白髪の男の子、ルカが明るい声で私を手招きした。


「リア姉! ちょうど良かった! この切り株抜いてくれ!」

「ん? ああ、わかった。もう根は切ってあるか?」

「うん! でも深いとこにまだあると思う、グラグラはすんだけど、あとちょっとが抜けねえんだ」


 畑の端の方。確かに、この切り株さえ無ければ二つか三つの葉物野菜の株を植えられそうだ。

 私が身体強化の魔持ちであることを知っているルカ達は、いいところに来た! と、矢継ぎ早に私に指示を出してくる。


 まず土から出ている部分を取り除くために、ルカから受け取ったナタで切り株を斬りつけていく。

 私の手のひらで二つ分くらいの直径の切り株は、枯れては居なかったのかしっかりとしていた。

 生きている木の弾力。

 現在畑仕事をしている子ども達の中に身体強化の魔持ちは居なかった。ナタも長年使っている質の悪いなまくらだし、これは子ども達には強敵だっただろう。


「ふっ、はっ!!」

「うおー! すげえ」


 何度か打ち付ける。するとぼくり、ばきりと鈍い音を立てて、切り株が縦に裂けていった。それを取り除きながら、深いところまで張った根を可能な限り切断すると、いい塩梅に黒い土が顔を出した。


「よし、後は耕したら丁度いいと思う」

「うん!」

「ありがとう!」

「助かったよアリア姉ちゃん」


 木の枝の二股になっている部分で、器用に地面を耕していくルカ達。

 何かの甲虫の幼虫が出てきたのを、きゃあきゃあ騒ぎながら楽しそうだ。まあ、ひとり居る女の子の声色は種類が違うようだが。

 水の魔持ちである彼女が、水やりというには激しい水量で畑を濡らしていくのを見て、ついつい笑った。


 私は腰をぐっと伸ばして空を仰いだ。なんだかんだ動いているうちに、日は真上を通り過ぎてしまっていた。まだ夕陽とまではいかないけれど、陽の光が柔らかい色に変わりつつある。


「リア姉」

「ああ、ルカ。お疲れ様」

「うん。……ごめんな、リア姉の服汚させちまった」


 ルカの指先を見れば、ワンピースの裾が土だらけになっている。自分がワンピースを着ていることを忘れてナタを振るっていたことに思い至り、慌てて払った。


「気にしないでいい。やっているうちに、つい夢中になってしまった。慣れない格好はするものではないな」

「これからどこかに出かけるんじゃないのか?」

「ん? ああ。シスターに格好つけたかっただけだ。大人だから」


 ニッと慣れないながらも笑を作ると、漸くルカは安堵したようだった。


「いや、だってさ、頭にいいもん着けてるから。これからどっか行く用事があるのかと思ったんだよ」

「これか。ルカは賢いな」

「へへ、でもいいなあ。俺ももっと働いて稼げたら、ちゃんとした服とか買いたい」

「……」


 古着屋から買って、さらに着古した服をつまみため息を吐く。その小さな頭をぐりぐりと撫でて励ました。


「ルカならすぐ買えるさ。林檎農場でも重宝されただろう?」

「……うん」

「ルカ兄はすごかったんだぜ!」

「おう! 賄いで割れた林檎食わせてもらったんだけど、全部美味いやつ持ってきてくれてさあ」

「ふかふかしてる林檎は無かったんだ! 全部シャキシャキ!」


 なー! と、ルカを慕う子達も私に追従してくれた。

 ルカは身体強化や属性有りの魔法は使えないけれど、魔力でモノを透過する特殊な目利きができる。

 美味しい林檎もその鑑定の力で見分けたのだろう。


 私の服を羨ましげに見ていたルカは、照れくさそうに口を尖らせている。白いふわふわの猫毛の髪。デイジーがくれたアイボリーの襟巻きがよく似合いそうだった。


「さあ、みんな。ひと段落ついたら手を洗おう。お土産に飴を持ってきたから、シスターからもらっておいで」


 わあ! と我先に駆け出していく子ども達を笑いながら見つめ、みんなに聞こえない声量で、ルカに囁いた。


「ルカ。服じゃなくて申し訳ないんだが、みんなにマフラーを持ってきた。シスターに預けてあるから、後で誰が何色にするのか話し合って決めてくれ……最初に好きなのをルカが選んでいいぞ」

「! やった!」

「飴はたくさんあるから、慌てるなよ」

「うん! ありがとうリア姉ちゃん」


 手を振って、みんなを追うように駆けていくルカ。

 あの食い気ばかりだったルカが、お洒落に気を回すようになるなんて。と感慨深くなる。


「年が明けたら、もう十一だものなあ」


 窓から聞こえてくる声は、スラムに似合わないくらい明るくて賑やかだ。私は教会の柵が傷んでないことを目視で確認したあと、シャベルを拾い、納屋へと足を運んだ。

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