第19話 魔杖訓練
「カルロス……」
「はい!」
「後ほど私のところへ」
「っ、はい!」
ダグラス中尉が、ちらりと私の装備を見た。
そしてほとんど表情を変えないまま踵を返し、指揮台へとお戻りになっていく。
気のせいかも知れないけれど、補佐官と共に空模様を見る横顔がいつもと違う気がして、何故だか胸の奥が疼いた。
ほんの短い間、ぼんやりとしてしまう。
あちゃーと、孤児院にいた頃、パンの発酵がうまくいかなかった時に聞いていたカルロス先輩の声が、上から降ってきた。
その声にハッとする。
「カルロス先輩……申し訳ありません!!」
腰を起点に、深く深く頭を下げる。
「軽率でした……」
「いや、まだ怒られるって決まった訳じゃないから、気にするな」
「……しかし……」
「大丈夫だよ、取って食われるわけじゃ無いから! さっ、時間は有限! 射撃訓練始めるぞ!」
「っ、はい!」
ずっと後ろを向いたままでいてくれたが、話の流れで色々察したらしいアルバスやベンが、静かにカルロス先輩へ向き直る。
ガラントは苦い虫の苦い部分を集めて煮詰めたものを無理に飲まされたような顔になっていた。
カラン、カロンと乾いた木の音が演習場のあちこちで響いている。うちの班も遅れては居られない。
気を取り直してガラントの方へ体を向けると、魔杖を渡してくれた際に、覇気のない声で私に囁いた。
「……悪かった」
「ありがとう。……先ほどのは、私の失態だ。ガラントが謝ることでは」
「……なにか、次の非番で、買い物でも……」
「いやそんな、わざわざ」
「あのガラントが! ナンパしてる!」
どうやらガラントは、貸し借りがある状態がよほど嫌いらしい。世間知らずな私が悪いだけで、気にすることは無いと思うのだが……。
気落ちするその頭頂部になんと返そうか悩んでいると、ひょうきんな声が響いた。
前の第三師団の貴族女性騎士のように、アルバスがローブから出した手で両頬を覆っている。
青筋を立てて、ガラントがわかりやすく舌打ちした。
「次の非番は、その、生憎だが予定が……」
「そして断られてる……!」
「……アルバス、次なにか言ったら杖を口に捩じ込むからな」
「こわっ」
アルバスとガラントが、テンポ良く応酬を繰り広げている。それでも、目線と手元は射撃訓練の準備を進めているのは流石だ。
きっと、アルバスが騒ぐのはこの空気を変えるためだろう。
わかりやすいそのじゃれ方に、意図に気付いた私も先輩も、ベンでさえ小さく笑った。
(私も急ごう)
渡された杖の残量魔力の測定や外観確認といった使用前確認を一項目ずつチェックしていく。
魔杖はぱっと見シンプルな造りをしているが、きちんと組み立てられないと暴発したりして危険が伴う。
先端の属性魔石がきちんと嵌っているか、魔石もだが、台座との間に咬ませるミスリル板は割れていないか。芯の素材は劣化していないか。持ち手のひび割れ、剥離なんかも忘れずに見なければならない。
今日は空気を圧縮して放つ
体を横に向けて右腕を伸ばし、目線を杖と同じ高さにする。
片目をつぶって、標準を合わせるための溝と魔石の留め台の溝が揃っているのが見て取れた。
組み立てに失敗していると、ここがほんの僅かにだがズレることが多い。
「よし」
「終わったか? アリア」
カルロス先輩が全員の魔杖を確認する。
「装備として遠征時に持たせるのは射撃検定特級と準特級のみだが、有事の際に武器があって遠距離攻撃ができないのは話にならん」
カルロス先輩のチェックを終えて整列すると、タイミングよく指揮台からダグラス中尉の声が聞こえた。
「検定は演習場に設置された的で評価する。体勢別に三箇所、順に回れ。一人一箇所につき五十射。
「はっ!」
私たちの班は、初め立ち姿勢から始まり、
全て当てることができれば、百五十点満点になる。結果的には、私は一三二点、アルバスが一四三点、ガラント一四八点、ベンが一四〇点を修めた。
「お疲れ! じゃあ総評だ! アリアは、立ちの時に反動でズレがでるな。最初に立ちだったからまだ目立たないけど、腕と肩が疲れて終わりに近づくにつれて狙いが粗くなってる。上半身を鍛える方がいい」
「はい! ありがとうございます」
カルロス先輩が、私たちの射撃訓練を見て個々の癖や改善点を教えてくれる。
第三師団のときとの差に感動さえ覚えた。
身体強化と魔杖の相性はあまり良くないため、意図して身体強化は使わなかったのだが、やはり自分の基礎筋力が大切であることを認識する。
武系の貴族は幼い頃から家庭教師に魔杖の使い方を学ぶと聞くだけあって、アルバスもガラントも素晴らしい命中率だった。
カルロス先輩は満足そうに頷いたあと、並んだ私たちの前を行き、評価を続けた。
「アルバスは……気張りすぎ。緊張か? 最初の立ちより最後の動き的の方が点数高いってのは珍しいな。精神的な部分は矯正が難しいぞ。意識して鍛えるか、金に物言わせて魔杖をもっと
「はい……」
「ガラント。あと二発」
「はい。わかってます」
「よし、お前は全部取れる奴だろう。この班の資料を貰って知ってる。
「……」
「お前もメンタル何とかしろよ」
「はい。ありがとうございました」
ガラントがペコリと頭を下げた。貴族が平民の上司に頭を下げるなんてと内心驚いていると、ざわりとうなじが逆立つ。
気をつけの姿勢で、反射的に姿勢を正した。
「次は、ベン」
カルロス先輩の声が、一段と低くなっている。
もしかして、怒っているのだろうか。
「はい」
「お前は自習時間外周走ってこい。十周だ」
「……はい」
「理由はわかるな? 隠すな。その十発で獲れるもんを戦場で見逃すつもりか」
「……いいえ」
「アリアの……初日のやり取りで何を学んだ? ……がっかりさせるな。二度目は無い」
「はい。申し訳ありませんでした」
ピリピリと、雰囲気が急激に重くなる。
よく見ればカルロス先輩のこめかみでは浮いた血管がどくりどくりと跳ねている様子が目視できた。
あんなに血圧が上がるなんて。よっぽど腹に据えかねているらしい。
射撃結果をまとめた羊皮紙を持ち、カルロス先輩がルールトード補佐官の元へ提出しに行く。
アルバスや私の視線がベンを見つめたけれど、本人は地面を睨むように見据えたまま、口を紡ぐばかりだった。
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