第15話 もう一つの再会
午前の座学。
歌なんて知らないけれど、鼻歌を歌いそうなほど機嫌のいい私にガラントが訝しい顔を向けた。
机に突っ伏すアルバスの隣で、筋が痛むのかしきりに首を押さえ伸ばしている。
「ガラント……気休めだが、これ噛むか?」
「木の皮?」
「ああ、柳の皮だ。少し疼きが治まるぞ」
美味しいものではないけど。そう差し出した手と私の顔を一往復した視線が、柳に留まった。
彼はお礼を言ってくれる。
そして意を決したように奥歯で噛み締めた。
「……」
「何度か咀嚼した後で、ぎゅっと噛み締めるんだ」
「……!」
「ふっ、ふふ。ガラント。男前が台無しだぞ」
「……不味いな」
第二師団に就いてからというもの、貴族に対する認識がどんどん変わる。
くすくす笑みを漏らしていると、ガラントがじっと私の顔を見て、それから頬杖をついた。不味さに拒否反応が出たのを、物理的に無理やり噛み締めさせる作戦に出たらしい。
「座学が始まるころには、少しは効いてくるはずだ」
「あァ」
そうでなきゃ困るな。独り言のように呟いた彼は、片手で器用に鞄から羊皮紙と羽根ペンを取り出し、長机に並べる。
私も石板と白石を置いた。羊皮紙なんて高いもの、買えるわけがない。
「それで受けるのか」
「ああ。羽根ペンなんて、筆記試験のとき初めて使ったよ。勿体無くて普段使い出来ない。それにこっちの方が慣れてる」
「……そうか」
「それに……まだ字が上手く書けなくて、残すのは恥ずかしいんだ」
内緒にしててくれ。そう照れ隠ししながら笑った。
「……アリアは…、」
ガラントが何か言おうとしたとき。研修室のドアが開く。半円状に並び、勾配のついた座席の前には、白い軍服を着た男が立っていた。
ガバリとアルバスが顔を上げ、その拍子にガラントの羽根ペンが床に落ちる。
「これより、午前の課業を始める」
私は、息をのんで硬直した。
「本座学を担当するリュシオン・ワーグナーだ。貴殿らに期待することはひとつ」
羽根ペンの持ち手の硬い部分が床に触れ、コツリと音を立てた。
「従順であれ」
私を煩わせるな。そんな冷たさを孕んだ視線。
位置関係上、見下ろしているのは私のはずなのに。まるで首根っこを押さえられたような緊迫感で、握った拳に汗が滲む。
「戦場で命運を分けるのは秒以下の時間だ。思考で体を止めるくらいなら、何も考えずに上の言うことを聞け。座学も
隣で訝しむガラントには気付かないくらい、私は緊張していた。
今が初対面のはずなのに。
どうしてだろう。という感情が私を侵していく。
名乗り、全体を見渡すなか私を見とめると、リュシオン卿はアイスブレイクとして話す間ずっと、私の顔を凝視していた。
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