第13話 改めてよろしく


 まだ夜と呼ぶには早い時間だが、デイジーが言ったとおり、窓の外では雪が降っていた。

 私は昼と同じシチューを口にする。

 まだ雪の量は多くない。だが、アルバスはもう走り終えただろうか。と、少しだけ彼を案じた。


「昼間、あれだけアリアを舐めるなって吹聴し《言っとい》たのに」


「ねー」と声を合わせてデイジーとニナが楽しそうに笑っている。


「食堂で周りにいた第二師団の人たちも、イマイチ信じられなかったんでしょうね。特に貴族様は」

「魔法は専売特許だと思ってらっしゃるものね。貴族様は」

「あのアリアさんの指導員さんも魔持ちだったんですね」


 やけに仲良く貴族に対して突っかかる二人。第三師団の先輩方と何かあったんだろうかと心配していると、ニナがこちらに話を振ってきた。


「ああ。カルロス先輩は私と同じ身体強化の魔持ちだよ。私に騎士団をすすめてくれたのも彼なんだ。孤児院にパンを売ってくれる家の人で、昔馴染みだ」


「昔からよくしてくれていて、騎士を目指したきっかけも彼なんだ」と言うと、ニナが目を輝かせた。


「じゃあカルロスさんはアリアさんのことご存知だったんですね!」

「それで周りに分からせてたのね。まだ魔持ちに対する印象はアレだから……ごめん」

「いいや、事実だから気にしないでいい。自分でもズルをしている気分になる時があるしな」


 魔持ちは、主に貴族から嫌煙されている。

 そして貴族に嫌われるということは、周りも追従すると言う事だ。

 生きるためとはいえ自分貴族たちの権限を侵害する貧民とは、こういった理由も含めてどうしても溝が深まるばかりだった。


「でも子どもの頃から摂取していないと、魔持ちにはならないのでしょう? 子どもを餓えさす領主って…」

「ニナ。ストップ」

「だって~」

「気持ちは嬉しいよ。ありがとう」


 例え平民ばかりが利用する宿舎の食堂でも、不特定多数が出入りする他に誰が聞いているのかわからない。

 要らぬ煙を立てるのは愚策だ。


 結局あの後、サーキットは私が勝利し、そして組手では決着が着く前にカルロス先輩が止めてくれた。

 剣のない戦いでは作法以外にも小狡い手を使う私の戦い方は騎士らしいものではないため、組み手で私が勝ってしまっては色々と醜聞になるのだろう。

 もちろん、アルバスも貴族として剣を納めてきた者だ。ただ身体強化の魔法が使える私とは違うから、私がすんなり勝てるとは思っていなかった。

 結果的に肩で息をするのはアルバスで、服に土をつけた量は私の方が多かったし。

 でもまあ、結構いい勝負をしていたのではないかと思う。


「明日からどうなりますかねえ」

「そうだな」

「嫌になったら第三に異動願い出しちゃいなさいよ! 歓迎するわ!」


 それは……未来を知っていてもちょっと遠慮したいな。と、デイジーに苦笑いを向けた。




 翌朝。


 昨夜の雪は積もるまではいかなかったようで、針葉樹の枝の隙間に少し白く残るばかりだった。

 宿舎前の道はしっとりと地面が濡れ、影になる部分には薄く氷がはっている。


 私は白々と明ける空を見上げて、綺麗だなあと現実逃避をしていた。

 理由はひとつ。

 同僚の空気の余所余所しさのせい。


「早えな、魔持ち……」

「……貴族走らせといて……」

「神経まで魔物に寄るのか?」


 ひそひそと、中央で陰口を言うのは子爵、男爵あたりのものだろうか。

 女社会では良くあるものだと経験していたが、まさか男社会も似たような感じなのかと辟易した。


 昨日は少々目立ってしまったし、仕方がない。

 ため息を飲み込んで、端に座り間稽古の支度をし始めたときだった。


「ひっ」

「中尉……」


 ふいに、ヒソヒソ声が止む。

 剣の手入れ道具を持つ手から顔をあげ、辺りを見回そうとした私を、アルバスが呼んだ。


「アリア」

「アルバス様、おはようございます」

「ああ、座ったままで。昨日はありがとう」


 ありがとう。ときた。どんな意味で言っているのだろう。アルバスの顔をじっと見上げる。


「俺、驕っていたよ。自分ではそんなつもりなかったんだけど……目が覚めた」

「アルバス様……」

「中尉や、ガラントにも叱られたんだ。ごめんね。ちゃんと改める。あとそれも。アルバス、と呼んでくれ」

「よろしいのですか?」

「ああ。敬語も無くしたいな。頼もしい仲間、なんだから」


「アリアが許してくれるなら、だけど」と頬を掻き、耳を赤くしている。

 後ろに立つガラントも大きく頷いていた。

 二人とも疲労からか昨日の朝よりハリのない皮膚をしている。ガラントも外周を走ったのかも知れない。


「最初から怒ってなどいません。ですが、ありがとうございます……よろしく、アルバス」


 つい緩んだ頬のまま、アルバスを見上げる。

 だらしのない顔に驚いたのだろうか。

 二人は軽く目を見張ったあと、そわついた様子で「改めてよろしく」と手を差し出した。


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