第11話 第二師団の訓練
「自己紹介はいいかな? 俺はカルロス。アリアと同じで性はないよ。下町のパン屋の三男だ。よろしく」
指導員のカルロスは、朗らかで気の優しそうな男だった。
重歩兵らしく、かなりがっしりとした体つきをしている。
「さっきも読み合わせをしたけど、明日から早速鍛錬を開始する。基本的に早朝に
ここら辺は第三師団と変わらない。カルロスの話を頷きながら聞いた。
「アリアは女子棟だから、朝晩の清掃や作法はそっちに則ってね」
「はい」
「さて、これから修練場の確認に行くよ。他の班も一緒だから質問は帰りにして」
第二師団の修練場は、第一、第三師団の隣にあった。森に向かって広く更地が開かれている。
「魔法や弓の射撃訓練があるときは、森への立ち入りは厳禁だ。流れ弾に当たるからね。別で射撃場があればいいんだけど、昔の慣習でまだ無いんだ。いつ訓練するのか大体の時間しか決まってないから、そもそもあまり立ち入らないように。いいかい?」
「はい」
「よし。課業終了後は自習時間だけど、言い換えれば自由時間だ。体力向上に励んだり、軍楽隊に入るやつもいるかな。慣れてきたら何をするのか考えてみるといい」
自由時間か。
第三師団の時は、あって無いようなものだったな。と書類仕事に明け暮れた過去を思い出した。
「長くなったけど以上だ。朝夕は宿舎の食堂に行くだろうけど、昼はこっちにも食堂がある。案内がてらランチにしよう」
カルロスの言葉に重ねるように、正午を告げる大鐘が鳴った。離れているので二、三拍ズレはあるだろうが、王都街の中心からでも良く聞こえた。
食堂は広く、いい匂いが漂っていた。
平民から貴族まで多様な人の舌に合うようにか、ラインナップが豊富にある。
回帰前はパンや蒸かし芋片手に机に向かうばかりだったので、思わず感嘆がこぼれた。
「わあ」
「すごいな」
隣ではベンも目を見張っている。アルバスやガラントは「自分で配膳するのか?」とか貴族らしいことを言っていた。
第三師団のお嬢様方も同じ事を言ってそうだなあと辺りを見回すと、ちょうどニナと目が合う。近くにはデイジーも座っていた。
「アリア」
「ニナ、デイジー。こんにちは」
「元気そうね。これからお昼?」
チラリとカルロス達を見る。
「ああ、昼のあとまた修練場」に集まってくれ。知り合いがいるならそっちで食べていいよ」
「ありがとうございます」
「うん、じゃ」
男たちの視線を受けながら、デイジーの隣に座った。
「荷物見ててあげるから、ご飯取ってきなさいよ。おすすめは鶏のシチューよ。午後から天気荒れるみたいだから、あったまらなきゃ」
「ありがとう。いくらだった?」
「銅貨四枚持っていけば足りるわ。貸す?」
「いや今日は持ってきてる」
「アリアさんは食堂初めてですか?」
「ああ。こんなに広いんだな。天井も高い」
掃除が大変そうだ。とこぼす私に、笑いながらニナは私の荷物を受け取った。
「士官や他部署も使うから、貴族向けなんでしょうね」
「なるほど。それは期待出来るな……すぐ戻る。が、用事があるなら先に……」
「何言ってんの、待ってるわよ」
「パンは胡桃入りのが狙い目ですよ!」
「ふ、ありがとう」
午後から雪なら、シチューは多めによそってもらおう。そんな事を考えながら配膳場所に向かう。
「アリア、近頃よく笑うようになったわね」
「真顔はちょっと怖いですけど、笑ったら本当に美人さんですよねぇ。同じ班の人たち、男性ばかりでしたけど、大丈夫でしょうか」
「あら、ニナは知らないの?」
「なんです?」
「うちのアルもそうだけれど……」
ニナとデイジーはなかなかウマが合うようだ。
二人で話していると、パッとその辺りに花が咲いたようになる。何を話しているのか、配膳場所あたりは混雑していて聞こえなかったが、楽しそうな様子に私も嬉しくなった。
「……アルは電気の魔術だから、余計ピンとこないわよね」
怒らせると怖いわよ。と、デイジーがニナを脅すような声になったところで席に戻る。
「すまない。待たせた」
「いいえ、興味深い話が聞けました!」
「そうか、よかったな」
「ええ、それはもう!」
にっこりと含みのある笑顔のデイジーに、目線で何を言ったのか問いかける。だが回答は「世間話よ」となんでも無いように水を口に運んでいた。
肩をすくめる私に「冷めるわよ」と促すあたり聞いても答えてくれないだろう。
手を組み食前の祈りを捧げてから、シチューに舌鼓をうった。
暖かい食事を腹に入れると、体の調子が全然違うのだな……。
屋外の修練場で、そう感動しているとアルバスが話しかけてきた。
「さっきのは、君の友達?」
「ええ、新兵訓練の時よくしてもらいました」
「女の子達が集まってるのっていいよね、空気が明るくてさ」
先ほど自分も思ったが、アルバスに言われると何か含みを感じる。「はあ、」と当たり障りない微笑を返したが、あまりいい気はしなかった。
「午後は何するのか聞いてる?」
「いえ。ご存知ですか」
「体力向上の訓練だって。アリアは、男の中に一人だけど大丈夫なの? なにか特別に別メニューがあるのかな」
「……はあ」
「あ、その。女だからって見下すつもりじゃないよ? でも筋力差ってのがあるだろう? フェアじゃないというか」
彼は「ああ、どう言ったらいいんだろう」と頭を掻いている。
最初は愚弄されているのかと思い身構えたけれど、焦るその様子に多分この人は単純に心配してくれているのだとわかった。
貴族らしく、騎士らしく。弱きを助けるその精神で、私をエスコートよろしく庇護しようとしている。
それは女性として初めて受ける尊重で、騎士として久しぶりに受ける侮蔑だった。
「やあ、ベンとガラントはこれからかな」
「寒いな、雪でも降りそうだ」と言いながら、二の腕をさすりさすり歩いてきたのはカルロス先輩だ。
なんだか冬眠前の熊に見えて、少し毒気が抜けた。
「あの、カルロス先輩」
「うん? どした?」
「午後は体力向上の訓練と聞きました。ですがアリアは女性です。何か措置というか、別のメニューは有るのでしょうか」
カルロス先輩が来たところで諦めてくれたら良かったのに。私は先輩の物言いたげな視線に小さく首を振った。
「ないよ」
「それでは……!」
「うーん。それは、アリアも同じ考えなの?」
「いえ。皆と同じで構いません」
「なっ」
「お心はありがたいですが、心配無用です」
「しかし……」
尚も心配そうな顔を戻さないアルバス。
カルロス先輩は顎をひとなですると、こう提案した。
「じゃあ、アリアのペアというか競走相手はアルバスにしようか。それで、アルバスが負けたら修練場の外周十周追加で」
「えっ」
「アリア、それで矛を納めてくれるかい?」
「怒ってなどおりませんが、願ってもない話です」
「いいね。じゃあ、それでいこう」
パン!と両手を叩いて、カルロス先輩は声を張った。
「ダグラス中尉! 一部先に始めてよろしいでしょうか!」
「構わん」
修練場の入り口には、いつの間にかダグラス中尉が立っていた。
「よし、了解も得たし。始めよう!まずはサーキットから。最後に組手だ」
中尉が見ているのなら、絶対に良いところを見せなくては。
私は防寒着を脱ぎ、首や腕の関節を伸ばした。パキポキと小気味良い骨の音に、アルバスが何故か身構える。
アルバスが逃げないよう、にっこりと最上の笑みを向けた。
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