回帰したら、厳しく指導してくれていた騎士団長が溺愛してくる

キシマニア

第1話 断罪こそ救い

 王国の片隅で、赤い火の粉が舞った。



「ッやめろー!!!!!」

「何も持つな!いいから逃げろ!」

「おかあさん!おかあさん!!」

「熱い、熱い」



 あっという間に燃え盛る王都はずれのスラム街。

 私の、育った街。


 街灯なんてものが無いここでは、皮肉なほどに美しい夜空が見られる。

 でも今夜は、赤く輝く月以外に星は見られない。

 パチパチと火の粉を巻き上げて、瓦礫が昼よりも明るく燃えていた。

 火をつけたのは、紛れもないこの腕だ。


 爆ぜるトタンの家、逃げ惑う人々、火消しの男達の怒号、泣き叫んでいる子どもの声。

 すれ違う人々はみな、負の感情を顔に火に照らしていた。


 そしてまた違う一角に、私は松明を奮って火を灯す。積み上げられたゴミはすぐに燃え広がっていった。

 まだ間近に、人の気配があるにも関わらず。


 ぼんやりとした頭で、けれど強く、止まれ、止まれと何度も体に命じるけれど、体は全く言うことを聞かない。五感全てが霞がかったように、何もかも鈍く感じられる。

 ガチャガチャと鎧の擦れる音や静止の怒号がすぐ側から聞こえても、どこか遠くの出来事のようだった。


 冬の乾いた空気に、また煌々と火柱が上がる。


「ッ、アリアーーーーー!!!」


 ドンっと胸元に衝撃が走った。

 それでようやく、視界の霧が晴れる。

 自分を取り戻して久しく認識したのは、黒地の騎士服だった。


「何故だ!なぜこんなことを!!!」


 剣を伝う自分の血が、持ち主の手袋を赤く染めていく。

 胸当ての隙間を的確に狙った一突きは、肋骨を断ち肺を貫いていた。痛いを通り越して熱く感じられる傷に、自分の命の終わりを悟る。


 ああ、これでやっと。


「……ありがとう、ございます」


 ごふごふと、気管を迫り上がってきた血液に咽せながら、私は言葉を紡いだ。


「…、アリア?」

「ふ、ふふ。やっぱり、止めてくれるのは団長でしたね」


 力を込めて頭を持ち上げると、煤けた顔のダグラス騎士団長がそこに居た。

 穏やかな笑みさえ浮かべる私を見て、困惑で揺れる瞳と厳しく寄った眉が、説明を求めている。

 けれど、私に残された時間はもう殆ど残っていなかった。表情はそのままに、死に対する恐怖と、安堵でぼたぼたと涙が溢れていく。


「申し訳ありません。街の皆を、どうか……」

「……お前……」


 すみませんと何度も謝罪しながら、団長の胸に倒れるように膝が折れた。剣の柄から手を離した団長に抱き留められる。

 意中の人の腕の中だなんて。こんな時でなければ、天にも昇る気持ちだったろうに。

 大きな吐血に咽せ、その振動で剣が鳩尾へと食い込んでいった。


「お前、一体何があったんだ……」


 悲痛そうな声。罪を犯した私には勿体ないそれに、よけい涙が溢れた。


「団、長」


 例え自らの意思でなくとも人を焼いた私の行き先は、地獄だろう。

 死んだ後、きっとこの人にはもう二度と会えないのだと思うと、剣以上に胸が痛んだ。


「……私の、装飾品に……」


 決して触れてはいけない。

 そう伝えたかったのに、そこから先は言葉にならなかった。はくりはくりと口を開閉させ、息苦しさに胸を掻く。

 出血に比例し体が冷え、命が抜け出ていくのを止められない。ギリギリまで団長の顔をみつめた。私はここで潰えるけれども、どうか神様。この方が天寿を全うするまでお守りください。なんて柄にもなく祈りながら。

 スラム街の住人を一人でも多く助けるために、怒号と共に的確な指示を飛ばす団長の声が、不思議と子守唄のようだった。


 ひと通り現場を回したのか。

 静謐な声色でアリア、アリアと何度も私を呼ぶ団長の声だけが耳に届く。その時には私はもう目も開けられなくなっていて、冷えゆく体を包む団長の体温を感じていた。

 どんな顔で呼んでくれているのだろう。

 少ない仲間達への挨拶も、ダグラス団長への恋慕もつたえられなかった無念さと悔しさが、マグマのように胸を焼くさなか、私はこうして私は生涯を閉じた。


 燃やし尽くした炎が消え、煤だらけの広場。

 私の亡骸を抱いた団長の瞳に、復讐の焔が灯ったことになど、気付くこともないまま。

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