父あるいは母の面影2

「強い悪魔ほどより人間の深い欲望の根源に触れる。そうすると人間の影響をより強く受けて人にも近い姿を持つようになるのだ」


「そんなものなのか」


「それにいかにも仰々しい姿もよいが人のような姿は人に受けられやすく話を進める上でも都合がよいのだ」


「なるほど……」


 悪魔における人との関わり方も様々ある。

 強いから人と関わるような悪魔でいられるのか、人と関わるから強いのか、そんな議論もあるけれど、強さ変われば悪魔も変わってくるというものだった。


「門の場所の場所が知りたい? ああいいぜ」


 近くを歩いていた悪魔に声をかけて門の場所を聞く。

 悪魔はパンの缶詰を一つ渡してやるとニヤリと笑った。


「細かな場所までは知らないがサタンの領域にあるはずだ」


 その場で缶詰を開けて悪魔は食べながら答える。


「サタンの? あやつが管理していたのか」


「なかなか美味かった。じゃあな」


 パンを食べ終えた悪魔は空になった缶を握りつぶすとそこら辺に放り投げて立ち去っていった。


「サタンってのは何者なんだ?」


「魔王の一柱だ。憤怒の名を冠する激しい怒りを秘めた反逆者の悪魔。あやつも私が気に入らぬようだがな」


「そんなやつのところに門があるのか」


「サタンの領域にも街がある。そこで聞いてみるのがいいだろう」


 サタンの領域の場所ならルシファーにも分かるというのでそのまま向かうことにした。


「しかし変わり映えもしない景色の中でただ地面で休むだけなのも飽き飽きだな」


 ジャンが深いため息をつく。

 時計を見たらもうすでに夜の時間だった。


 なので野営をして休む。

 テントなんかもかさばるものも袋の中に入れて持ってきているのだが悪魔に見つかると面倒なので使わない。


 食事だけをして地面で休むというなんとも味気ない野営である。

 明確に夜のような環境変化もなくただ乱雑に地面に寝るだけでは精神的に休まらない。


 もうどれだけ悪魔の世界にいたことか。

 圭もみんなは無事なのだろうかという考えが黙っていると頭の中でグルグルとしてしまう。


「みんなどうしてるかな……」


「ふむ、お主の仲間は無事だぞ」


「えっ?」


「ユファがいるからな。向こうの状況もある程度わかる」


 ふと圭が呟いた言葉にルシファーが答えた。

 契約者を厳選していて数の少ないルシファーはそれぞれの契約者との結びつきが強い。


 今ルシファーが宿っている人形は圭が抱えているので直接ユファのところに行くことはできないけれど意思の疎通は取ることができた。

 ユファによると夜滝を始めみんなは無事であるらしい。


「こちらの無事も伝えてある」


「そんなことなら早く言ってくれればよかったのに」


「少し前に繋がって聞いたのだ」


「……まあみんなが無事ならよかった」


 みんなも心配しているだろうなと思う。

 早く帰らねばならないと決意を新たにする。


「いいからさっさと寝ておけ。これから何があるか……なんだ?」


「どうした、ルシファー?」


 寝ずにいると辛くなってくる。

 無理にでも寝ておこうと思ったら急にルシファーが空を見上げた。


「何かが近づいてくる……かなりの速度だ」


 ダンテとジャンも武器を手に取って周りを経過する。


「来る!」


「空だ!」


 空を見上げると黒い翼を広げた何かがいた。

 赤い月を背にしているそれは逆光状態でよく見えない。


「何者だ!」


 なんの目的もなく圭たちのところに来たようには思えない。

 翼を広げたそれは異様な雰囲気を放っていてダンテとジャンですら強い威圧感を感じていた。


「圭!」


 一度翼を大きく羽ばたかせたそれが動き出した。

 消えたと思えるほどの速度で目の前に現れてそのまま圭のことを押し倒すようにして一緒に吹き飛んでいく。


 とてもじゃないが圭は反応できなかった。


「うっ……ぐっ……」


 吹き飛ばされた衝撃で全身が痛む。

 しかしまだ死んではいない。


 それどころか思っていたよりもダメージはないと圭は思った。

 吹き飛ばされてダンテとジャンからかなり離されてしまった。


 衝撃で視界がチカチカするけれど何が起きているのか把握しようとする。

 圭は地面に押し倒されていて上に何かが乗っていた。


 相手は人型の存在のようで馬乗りにされている。


「……女性?」


 物が何重にも見えていた視界が治ってくると馬乗りになっている相手がはっきりと見えた。

 馬乗りになっているのは艶やかな黒髪にまるで後ろに浮かぶ月のように真っ赤な目をした女性であった。


「圭!」


「圭さん!」


 ダンテとジャンが圭を助けようと駆けつける。

 女性に見えてもここにいるのは悪魔しかいない。


 ならば馬乗りになっているのも悪魔である。

 悪魔はスッと圭の顔に手を伸ばした。


 顔を包み込むように掴んで赤い瞳で圭の目を覗き込む。


「ママ!」


「……ママァ?」


 赤い瞳の悪魔はにっこりと笑ってとんでもない言葉を口にした。


「そこをどけろ!」


 ダンテが赤い瞳の悪魔に剣を振り下ろす。


「なっ……」


 赤い瞳の悪魔はダンテのことを振り返ることもせず黒い翼で剣を防いだ。


「ぐっ……!」


 そのままダンテが黒い翼で殴り飛ばされる。


「悪魔が!」


 ジャンも赤い瞳の悪魔に切り掛かるけれど赤い瞳の悪魔は黒い翼で剣を巧みに防ぐ。


「うっ! くっ!」


 黒い翼がジャンのことを包み込み、地面に叩きつけるようにして投げ飛ばした。

 ジャンは顔をしかめながらも地面に手をついて素早く立ち上がる。

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