堕ちた天女3
「……ここは」
気づいたら知らない場所にいた。
場所の雰囲気はカレンの家の刀鍛冶を行う工房に似ている。
大きな炉があって金床やハンマーが置いてある。
他のみんなの姿はない。
「ピピ、いるよ!」
「あ、フィーネ」
めんどくさい。
そう言って圭の装備に擬態していたフィーネだけは一緒にいた。
「いきなり呼び出して申し訳ない」
「あなたは……」
振り返るとそこに女性が立っていた。
髪を一つにまとめて頬に黒い煤をつけた健康的な女性だが、綺麗な紫色の瞳をしていて普通の人ではないと圭に感じさせている。
ほんの少しだけカレンに似ているなと思った。
「私はイスギス。あなたの仲間が持っている盾を作った張本人だ」
イスギスは自身の近くにあったテーブルの上にあるものを腕で端に寄せてイスに座った。
綺麗な女性なのに結構ワイルドである。
「立ち話もなんだ、座るといい」
素朴な木の丸イスに座ってイスギスと向かい合う。
「異世界の戦士、村雨圭だな」
「そうです」
異世界の戦士という呼び方が正しいかは分からないけれどここは受け入れておく。
「お前たちが私の盾を手に入れた時から私はお前たちに注目していた」
イスギスはテーブルの隅にあった茶色い瓶を手に取ると床に落ちていたコップを拾って中身を注ぐ。
琥珀色の液体はお酒に見えた。
「いつか盾を解放してくれるのではないかと期待していた」
グッとお酒を飲み干してイスギスは圭の目を見据えた。
「そして今は姉を止めてくれることを期待している」
「姉……とはエスギスのことか?」
「……君の目か」
盾を作ったのはイスギスだが使っていたのは姉のエスギスである。
このことは圭の真実の目による鑑定で知っていた。
「我が姉エスギスは優れた美貌と力を兼ね備えて天女と呼ばれていた。対して私は戦う力はないけれど鉄を扱う才能があった」
工房には至るところに武器が転がっている。
適当に床に落ちている剣も店売りのものとは比べ物にならないと圭にも分かる。
「私の世界には魔王が現れた。異界の魔王で私たちの世界を飲み込もうと侵略をしてきた」
イスギスはまたコップにお酒を注ぐ。
「全力を上げて抵抗した。エスギスは剣を取り、私はハンマーを持って魔王と戦ったのだ」
お酒を飲むこともなく琥珀色の水面を見つめながらイスギスは過去のことを思い出していた。
「私は私の全てを尽くして盾を作った。剣はすでにいいものを持っていたからエスギスを守れるようにと。盾はエスギスを守ってくれていた。いつしかエスギスの力も盾に宿って魔王の配下を打ち払う強い力となってくれた」
「……盾の説明ではあなたが裏切ったと」
「…………そう、私はエスギスを裏切った」
イスギスが見つめるお酒が一度揺れた。
「私には娘がいた。旦那は魔王の配下との戦いで亡くなり、残された命よりも大切な存在だった。魔王は私の娘をさらって盾の力を封印するように私に命じたんだ」
イスギスの手に力が入ってコップに大きくヒビが走った。
「私は言われるがままにエスギスの盾の力を封印した。そして魔王軍はエスギスに幹部を差し向けて……エスギスは幹部と相討ちになって倒れた」
イスギスの力に耐えきれずコップが砕け散り、お酒がテーブルの上に広がる。
「きっとエスギスは分かっていたはずなんだ。私の様子がおかしいことにも盾の力が封じられていることにも」
紫の目から涙が流れる。
「魔王の幹部の影響でエスギスが戦った一帯は汚れた魔力に汚染され、誰も近付けなくなった。その後私たちの世界は滅んだ。……あの盾の力があればもしかしたら世界は救われていたのかもしれない」
世界がどんな滅亡の道を辿ったのかイスギスは語ろうとしない。
ただ魔王に負けたと口にしないところを見ると別の要因で滅んだのかもしれない。
「ただあれも全て他の世界の神によるものだった。エスギスは神にもなる資格があると私は救おうとしたのだがあいつらは世界を引き裂いてエスギスのことをただのモンスターにしてしまった」
「モンスター……に?」
「今エスギスは自我もないモンスターに成り下がっている。殺して止めてほしい。エスギスを永遠に続く苦しみから解放してほしい」
またこのゲームは悲劇を生んだのかと圭は複雑な気持ちであった。
「もちろんただでとは言わない。代わりに私は私のできることをしよう」
「何をしてくれるんですか?」
「折れた剣を持っているだろう? 神の力が宿る特殊な剣だ」
「あっ、はい」
イスギスが言っているのは折れたラクスの剣のことだろうとすぐに分かった。
「あれを直してやる」
「直せるんですか?」
「むしろ私ぐらいにしかできない。普通の人間にはあんなもの直すことができないからな。ただし、剣の欠片が全て揃ったらだ。私といえど無い刃を修復はできないからな」
エスギスを止めるともまだ返事はしていないが、イスギスから提示された条件は悪いものではなかった。
しかし今すぐに剣を直すことはできなさそうである。
「剣の欠片は後二つある。それを手に入れたら私が直してやる。どうだ? 条件としては悪くないだろう」
「……そうですね」
元よりゲートは攻略するつもりだった。
そこにプラスして剣を直してもらえるという報酬がもらえるなら何もいうことはない。
「受けてくれると思っていた。これを持っていくといい」
立ち上がったイスギスは金床の上に置いてあった短剣を圭の前に置いた。
「これはなんですか?」
「エスギスを倒すために作った剣だ」
『イスギスの剣
汚れた魔力に落ちたエスギスを倒すためにイスギスが作った剣。
汚れた魔力を持つ相手に対して強力な効果を発揮する。
必要魔力等級:E』
「……もう時間か」
「うっ……」
圭の視界が急に歪み始めた。
「頼んだぞ。決して盾を手放すな。エスギスを……姉さんを……止めてくれ……」
圭がイスギスの目の前から消えた。
「……少しだけ旦那に似てたな」
イスギスはフッと笑うと酒瓶を掴んで直接口をつけた。
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