閑話・裏切りの代償
「侵入者だ!」
「厳重監視棟の方に向かった! 高等級覚醒者の救援を要請しろ!」
日本にある覚醒者専用の刑務所。
けたたましく警報が鳴り響き、刑務官たちが慌ただしく走り回っている。
内部で暴れた人が現れたのではなく刑務所に外から侵入してきた人がいて対応に追われている。
侵入者が向かったのは刑務所の中でも高等級の覚醒者が捕らえられている厳重警備の敷かれているところだった。
「……私を切り捨てるおつもりですか?」
厳重監視棟には最近捕まったばかりのA級覚醒者であるヴェルターも捕らえられていた。
分厚い鉄板で作られた扉は無惨にねじ曲げられている。
A級モンスターの素材、最新の技術で作られた魔力を抑制する拘束具を着けられたヴェルターの前に1人の男が立っている。
細い目をした若い男性で服は血に濡れていた。
片岡祐介。
かつて保険会社に勤めて波瑠の父親を事故を引き起こした犯人に仕立てて保険金を払わないように仕向けた男。
覚醒者協会が追っていたけれど捕まる前に逃げ出して姿をくらませていた。
「あなたが困っている時に匿ってあげたのは我々なのですよ?」
ヴェルターは片岡を睨みつける。
片岡が失踪して見つけられなかったのは黒月会で片岡を匿っていたからであった。
「その力……主様より賜ったのですか?」
「ふふ、そうですが一つ訂正しなければなりません」
「なんですか?」
「もはやあなたには主様と呼ぶ資格はないのです」
「なに……?」
片岡の言葉にヴェルターが眉をひそめた。
「あのお方は全てを見ていました」
「ぐっ……何を」
片岡はヴェルターの首を掴んで締め上げる。
「あなたは卑しくも、あのお方を裏切り他の悪魔につこうした。そのことはしっかりと見ていました」
ヴェルターがマティオに負けかけた時、マティオはヴェルターに自分の悪魔に乗り換えるなら生かしてやると提案した。
対してヴェルターはそれを受け入れて命乞いをした。
重大な背徳行為であるのだがヴェルターが仕えていた悪魔のマモンはその行為を見ていた。
大規模戦闘があったので多く力を与えたヴェルターを介して状況を観覧していたのだ。
当然ヴェルターの行いも見ていて、命のために簡単に鞍替えしようとしたことに怒りを覚えていた。
「そのためにあのお方は私に力を与えて、あなたの元に送り出したのです」
「うっ……ぐあっ……!」
ヴェルターは自分の体から力が抜けていくのを感じた。
「力が……私の、力が……」
「あなたの力ではありません。借り物。
だから回収しに来たのです」
急激に体が重たく感じられるようになった。
これまでにあった万能感が一気に消え去り、手につけられた手錠すら重たいものになってしまったようだった。
片岡が手を離すとヴェルターは体を支えられなくて膝をつく。
「ついでにあなたの力も貰っていきますがね」
悪魔から与えられていた力だけではない。
これまでヴェルターがやってきたようにヴェルター本人が持っていた力まで抜き取られてしまっていた。
「お、お願いです! 力を返して……」
片岡はヴェルターを殴りつけた。
「なぜ返す必要が? 返す先がないのに」
「な……まさか……」
「もう生かしておく価値などないでしょう?」
「そんな! ここまで組織を大きくしてきたのはこの私だ! 覚醒者を殺してダンジョンブレイクを起こして名声まで高めて……こうして大使にまでなったのに……!」
「よくやった。それがあの方からのお言葉です」
うっすらと開いた片岡の左の目が黒く染まっている。
「そんな……」
「これ以上は何か話されても厄介ですので」
片岡が腕を振った。
刃のように鋭く形作られた魔力がヴェルターの首を跳ね飛ばした。
「あとは山本を探し出して……また組織の再建を目指さねばなりませんね」
覚醒者が収容された刑務所が襲撃された。
その中で被害を受けたのは対応に当たったスタッフ、襲撃に乗じて暴れた覚醒者、そしてヴェルター・ギースラーであった。
しかしこの事件が表沙汰になることはなかった。
ヴェルターの死は隠匿され、刑務所の襲撃はまるでなかったかのように一般の人に知られることはなかった。
しかし状況から相手の狙いは明らかにヴェルターであることは分かっていた。
おそらく口封じのためであろうと覚醒者協会の中では噂されていた。
黒月会は壊滅した。
しかし問題の根っこはまだどこかに残っているのだと予感させる出来事であった。
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