閑話・凶悪な捕食者2

「くそッ!」


 蹴り飛ばされた木が真っ二つに折れて倒れる。

 A級覚醒者の行き場のない怒りを受け止めるには木では力不足であった。


「監視チーム、後方支援チーム、それに今日狩猟を行っていて帰還の確認が取れなかった一般覚醒者、全員の死亡が確認されました」


「……なんということだ」


 覚醒者協会の保安部部長伊勢雅弘は蹴り倒した木の幹に座り込んで頭を抱えた。

 対象の監視を任せていた監視チームとの連絡が取れなくなった。


 監視対象はA級覚醒者であり国際指名手配もされている犯罪者で監視には特に気を使うように言いつけていた。

 かんしゃくでも起こしたのか先日とある会社の人間を皆殺しにしたことから尻尾を掴み、顔を変えていることまでたどり着いた。


 確実に確保するために国内にいる他のA級覚醒者に支援の要請をして、監視を続けさせていたのにそれらのチームがより後方の支援チームまで含めて全滅させられてしまった。

 怒りや後悔、部下たちに対する罪悪感など様々な感情が伊勢の中に渦巻く。


 これまで他の国を転々として暗殺を請け負うような犯罪者がどうして今このようなところで虐殺を行うのかが理解できない。


「奴の目的はなんだ……」


「伊勢部長!」


 部下が1人走ってきた。

 その部下は死体の山があった場所に残った血の海を見て青い顔をしたがどうにか吐くのは堪えた。


「どうした?」


「監視チームの後藤主任が最後に連絡を取っていた相手がいました」


「連絡を取っていた相手だと? だからどうしたというのだ」


「検死による死亡推定時刻と同時刻に連絡を取っているのです。少なくとも戦いが起きる直前、あるいは戦いの最中かもしれないタイミングで、です」


「それはおかしな話だな」


 後藤は仕事中に私用で電話をかけるような男ではない。

 まして対象の監視中になど絶対にそんなことはしないと伊勢は言い切れる。


 戦いの直前かもしれないと部下は言った。

 もしかしたら重大な問題が起きて誰かに連絡を取ろうとしたのかもしれない。


「誰と連絡を取った?」


「情報管理部に所属している小高次長です」


「情報管理部だと? なぜそんなところに……」


「小高次長の話によると急に電話をかけてきて八重樫カレンと八重樫和輝という人物についての情報を要求したそうです。手続きを踏む時間もない緊急の要件だったとか。どうやら電話口の様子がおかしく、もしかしたら脅されていたような可能性もあるかもしれないと言っていました」


「脅されて電話をかけたか……小高次長は要求に対してなんと答えたんだ?」


「ええと……」


 部下はメモ帳を取り出す。


「八重樫カレンについては覚醒者登録無し。そのために情報もないと伝えました。八重樫和輝に関しては覚醒者登録がありまして、B級覚醒者、近年では目立った活動もありませんが最近になってゲートの1日攻略権の申請を出したチームの一員になっているようです。小高次長がそう伝え、ゲートの位置をメールで送ったところ慌てて連絡が切れてしまったようです。

 現在後藤主任の携帯電話を捜索しているのですが見つかっておりません」


 関連性は不明であるが全くもって意味のない行動だとは到底思えない。

 八重樫和輝なり八重樫カレンが今回の事件に関わっていそうなことはバカでもわかる。


「八重樫和輝の情報は?」


「登録情報によりますと第二次覚醒者で混乱期のブレイキングゲート攻略にも参加していた人物です。問題行動はなく実力も高かったようですがゲート内でケガを負い、治療が間に合わずに足に後遺症が残って覚醒者としての活動は引退したようです。その後は実家の刀鍛冶を継いで、そのかたわらに覚醒者の装備も制作しています。そして最近では先程お伝えしましたようにゲートにまた入るようです」


「……小嶋金融との関わりは何かあるか?」


「それはまだ調査中です」


「優先して調べろ。それと八重樫和輝が挑むというゲートに見張りをつけさせるんだ」


「八重樫和輝?」


「むっ、あなたは!」


 逃げられてまた振り出しかと思われた事件もまだ繋がりがあった。

 指示を出した部下と入れ替わりでスーツに帯剣という出立ちの中年の男性がやってきた。


 スーツでも見ればわかるほど体が鍛え上げられていて、静かで強い魔力を感じる。


「北条さん!」


「久しぶりですね、伊勢さん」


 伊勢は木から立ち上がると北条に手を差し出した。

 北条も笑顔でそれに応じて手を取って握手を交わす。


 5大ギルドの1つ、大和ギルドのギルドマスターであるの北条勝利であった。


「どうしてわざわざこちらに?」


「ここにいると聞いてね。それにひどい事件があったと知って現場を見ておきたかった。痕跡だけでもひどいものだ」


 朗らかに握手を交わしたけれど周りは血の海。

 どれほどの人が犠牲になればこうなるのだと北条は顔をしかめた。


「要請にお応えいただけるのですか?」


「ああ、このような事件を起こす犯罪者は放ってはおけない」


「それは心強いです」


「それに噂によると大海ギルドの上杉かなみも動くそうだ」


「上杉かなみが? 彼女はこうしたことに協力的ではないのに……」


「オババの助言があるんだろう。理由は俺にも分からないがな。それはいいのだが先程八重樫和輝という名前が聞こえてきたが……」


「はい、今回どうやらリウ・カイは八重樫和輝という人物のことを調べていたようです」


「……なぜ和輝さんを」


「お知り合いなのですか?」


「かつて共に戦った仲だ。師匠であり、兄貴のような存在の人だ。俺の命の恩人でもある」


「そうだったのですか。現在どのような繋がりがあるのかは調査中ですが八重樫和輝さんは近々ゲートにはいられるようですので監視チームをつけるつもりです」


「ゲートに? 和輝さんはもう引退なされたはずだけど……」


「そこは私に言われましても」


「監視チームには俺も加わる。いいですね?」


「そうしてくださるというのならこちらとしては心強いですが」


「では準備をしてそのゲートの方に向かいます。何か分かりましたら連絡を」


 少し慌てたように北条はその場を離れていった。


「第二次覚醒者……そうか、北条さんも第二次覚醒者だったな」

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