闇は払われた
見慣れない天井どころかここ最近よく見ている天井が目を開けたらそこにあった。
「また病院か」
直前にある記憶からも間違いないと圭は思った。
ため息をついて誰かいないかと病室を見回す。
ドアは閉じていて個室の病室はとても静かだ。
カーテンは閉じられているが隙間から光が差し込んでいる。
体を起こしてみる。
特に点滴などが繋がれてはいない。
顔を触ってみる。
気を失う前にはひどく殴られていたので心配だった。
触ると熱を持ったように熱く、押すとちょっと痛い感じがある。
指先の感覚だけでは分かりにくいが少し腫れているようであった。
「波瑠は……」
寝ぼけていた頭がハッキリしてくると波瑠のことが浮かんだ。
気を失った後どうなったのか。
「圭! 起きたのかい!」
ナースコールに手を伸ばそうとした時病室のドアが開いて夜滝が入ってきた。
夜滝は少し泣きそうな顔をして圭に駆け寄るとそっと圭を抱きしめた。
「もう……命に別状はないだろうと言われていたけど目を覚さないから心配したんだよ」
「俺は何日ぐらい寝ていたんだ?」
「3日さ」
「3日!? そんな……じゃあ、波瑠は?」
「波瑠も無事だよ。君のおかげでね」
「良かった。何があったの? あんまりよく覚えてなくて」
「うむ、何から話していいかな? ……圭から連絡を受けた後すぐに水野にも連絡を入れてね、ちょうど覚醒者協会に資料を持って掛け合ってくれていたところだったんだ。水野から覚醒者協会に圭と波瑠のことを伝えてすぐに覚醒者協会が動いてくれんだ」
大企業であるRSIの法務部に勤める水野の言葉だったこともあるのかもしれない。
圭と波瑠が覚醒者に襲われていることを水野が伝えると覚醒者協会は動いてくれた。
手隙の覚醒者を圭と波瑠のところに送ってくれたのである。
その結果圭がやられる寸前で覚醒者たちは間に合い、忠成は覚醒者協会の覚醒者にやられて拘束された。
実際に暗殺者がいたことで覚醒者協会も事態を深刻に受け止めてくれて、次の日の朝には覚醒者協会と警察の共同の下、波瑠の父親の会社と保険会社に捜査が入った。
「しかし保険会社の担当は逃げてしまったらしいね」
波瑠の父親の会社の社長、そして副社長の山﨑を始めとして何人もの人が逮捕された。
けれど水野たちの時も対応した保険会社の担当である男性は捜査の手が伸びる前に姿をくらませてしまった。
こうして逮捕された人たちは今も拘束されて捜査されている。
「君や波瑠は病院に運ばれたんだけど殺し屋まで差し向けるような相手だからね。特別に保護の対象になったんだよ」
波瑠はどうしているのかといえば無事に過ごしている。
殺しの対象になっていたので波瑠の家族含めて覚醒者協会の方で覚醒者の護衛をつけて保護している。
圭はすぐに動けない状態だったので病院で保護する形となった。
「ドアの横には覚醒者がいてくれているんだよ」
圭を保護するために病室も守られていた。
「どうやら首謀者は保険会社の方で暗殺も保険会社の男が依頼したようだねぇ。かなり大事になってしまったけど結果的には覚醒者協会の助けも得られた」
山﨑は本当に会話を録音していた。
最初は真面目に波瑠の父親のことも報告してお金を支払うつもりだったのに保険会社の男が山﨑を言葉巧みに操っていたのであった。
しかし山﨑がなんでも録音するような男だとは思っていなかったようだ。
決して山﨑が罪から逃れられはしないけれど全ての主犯でないこと、少なくとも暗殺を企んだ犯人でないことは証明できた。
圭が寝ている間に大きな動きはほとんど終わっていた。
後は保険会社の男を探しながら逮捕した人たちや証拠を調査して立件していく段階に入っている。
関係者は逮捕されたし証拠も水野が集めたものがあり、暗殺者の実行犯である忠成も逮捕された。
もう少し時間はかかるだろうけど日常に戻っていくのもそう遠くないだろうと夜滝は言った。
「にしてもだ。最近入院しすぎじゃないかい?」
「それは俺も思うよ」
圭だって入院したいわけじゃない。
殴られたくないしケガしたくない。
痛いことなんてない方が良いに決まっている。
「それにしてもよくE級覚醒者を相手にして生きていられたね」
「ほんと、それは運が良かったよ」
圭にも忠成を相手にして生き延びられた理由が未だに理解しきれていない。
不思議なスキルのおかげであるのだけどなぜ発動して、どんな効果だったのか明確には分からない。
チラリと能力を見てみたけれど括弧は無くなっていていつも通りのステータスが表示されていた。
波瑠を守るんだという思いに突き動かされて必死に戦った。
ただそれでもようやく時間稼ぎができる程度だった。
殴られるのをどうにか耐え抜いて助けが来てくれなければそのまま忠成にやられていた。
色々と運も良かったと言っていいだろう。
「起きたのなら警察や覚醒者協会から話も聞かれるはずだ。あとは今回はヒーラーに治してもらえなかったねぇ」
「いてっ!」
夜滝は意地悪そうに笑って圭の頬を指で弾いた。
3日も経ってだいぶ圭の顔の腫れも治まってきていた。
しかしまだやや腫れぼったいような顔をしている。
ヒーラーによる治療にも世の中では賛否の声がある。
急激に治癒することが身体に悪影響を与えるのではという声もあって緊急時以外ではヒーラーによる治療は本人の同意がいるのだ。
今回は圭は外傷的にヒーラーの治療が必要であるとは判断されなかった。
気を失っていて本人の同意も取れないので自然治癒に任されることになったのである。
「まさかこんなに眠りこけるとは思いもしなかったけれどね」
圭がこんなに深く眠りに落ちてしまった理由は医者にも分からなかった。
もう2日ほど寝ていたらヒーラーを呼ぶところだったのだ。
圭はおそらくスキルが原因なのではないかと思った。
あの戦いの中で圭は限界以上の力を引き出して戦った。
その反動のようなもののせいでなかなか目を覚さなかったのだろうと内心では思っていたけれど確証はないので口には出さなかった。
「もうすぐ冷蔵庫のストックも尽きてしまうから早く退院しておくれ」
「えっ? 1週間分ぐらいはあったはずじゃ」
「もうないよ」
「ええっ?」
まじめな顔している夜滝。
これは早く退院しなきゃなと圭は思ったのであった。
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