飛び始めた小鳥を狙う闇6
「私だって!」
「な……」
この戦いは圭1人だけのものじゃない。
脇腹に鋭い痛みを感じて忠成が振り返ると波瑠がいた。
手にはナイフを持ち、先端が脇腹に突き刺さっている。
「な、なん……」
忠成にとって予想外の存在が波瑠だった。
いるのは当然分かっていた。
けれど波瑠が覚醒者であることは圭と夜滝しか知らないことで忠成がいくら調べようとも知ることができるはずはない。
しかも波瑠の速度はE +。
対して忠成の速度はE。
波瑠の方が速度のステータスは高い。
たとえ魔力差があってもスピードにはそんなに差が出ない。
通常でもステータス上拮抗しているスピードなのに波瑠が勇気を出して攻撃してくるなんてことは全く思ってもいなかったなら回避などできない。
「この……ガキ!」
「いいんですか?」
「はっ?」
殴られても蹴られても。
例え勝てなさそうでも。
諦めない。
何度もG級だとバカにされた。
使えないやつだと言われて、学もない力もないと見下された。
めげてしまったこともたくさんある。
情けなくて諦めたくなったこともいっぱいある。
でも圭には可能性がある。
そして波瑠にも可能性がある。
弱いものを虐げて、バカにして、騙して、殺そうとして。
許せるはずがない。
波瑠を守らなきゃならないと熱く強い思いが湧き上がってくる。
「ぐわああああっ! くそ……くそっ!」
圭のナイフが忠成の顔の真ん中を真横に切り裂いた。
「ぶっ殺してやる!」
怒りで痛みを忘れた忠成は思い切り圭を殴り飛ばした。
「圭さん!」
圭の手からナイフが滑り落ちて地面を二転三転と転がる。
忠成が落ちた圭のナイフを拾い上げて圭に迫る。
「圭さーん!」
動かなきゃいけないのに圭はダメージが大きく動けない。
「死ね!」
圭を目がけて忠成がナイフを振り下ろした。
「うっ! うわああああっ、なんだ!」
「お前見覚えがあるな。……でも思い出せない。とりあえず捕まえよう」
振り下ろされた忠成の手にどこからともなく飛んできた矢が突き刺さった。
狙いすました一撃。
綺麗に忠成の手を貫通してナイフが大きく後ろに飛んでいった。
忠成が新たなる乱入者に怒りの視線を向けた。
30代ぐらいの整った顔立ちをしているやや切長の目をしたスーツの男性が剣を抜いて忠成の方に歩いてきていた。
「し、
「うん、私のことを知ってくれているとは。大人しく投降するか……抵抗するか、選びたまえ」
柴原の後ろには弓矢を構えた女性もいる。
終わったと忠成は思った。
もう逃げられない。
これほどボロボロになっているし逃げられても隠れることも困難である。
「早く選びたまえ。無駄な時間はない方がいい」
どうせ逃げられないのなら。
忠成は動いた。
圭にトドメを刺す。
ここまで追い詰めてくれたG級の圭をせめて道連れにしてやると無事な左手を伸ばした。
「それが君の選択か。尊重するよ。ただし、その代償は必要だ」
「えっ……」
あと少しで指先が圭に触れる。
このまま地面に頭を叩きつけてかち割ってやると忠成は思っていた。
しかし突然視界に移っていたはずの手が消えた。
何も見えなかった。
何が起きたか分からなかった。
「手を出したんだ。手を失うのが、代償というものだろう?」
本来手があったところを目で辿る。
手はない。
腕もない。
肘もない。
そこまで来て隣に柴原がいることに気がついた。
見ると肩から先がなくなっている。
「まだ代償を払いたいかい?」
「う、うわああああああっ!」
遅れてひどい痛みに襲われて忠成は悲鳴をあげた。
少し離れていた波瑠にも柴原の動きは見えなかった。
「柴原さん、もうやめてください。これ以上やったら死んでしまいます」
弓矢を持った女性が止めに入る。
何もしなくてももう抵抗出来ないだろうが万が一さらに手を出してしまえば死んでしまう。
「信用がないな。まあいい」
「う、腕がぁ!」
「うるさい」
と言いながらも弓矢を持った女性は腕がなくなって叫ぶ忠成の腹を殴りつけて気絶させた。
「君も大概だな」
「さっさと終わらせられるのに腕まで切り落としたあなたに言われたくありません」
仲が良いのか悪いのか。
柴原は愉快そうに目を細めると剣を収めた。
「け、圭さん!」
忠成は倒された。
波瑠が地面に伏したまま動かない圭に駆け寄る。
「君が弥生波瑠さん、そちらの倒れている方が村雨圭さんですね?」
「そ、そうです。早く救急車を!」
「……大丈夫ですよ」
柴原は非常に冷静だ。
ジッと圭を見つめて緊急性は低いと判断した。
気を失っているだけで命に別状はない。
「それよりも……」
「それよりってなんですか!」
「……柴原さん」
焦ったところで救急車も来ない。
先に少し話でも聞こうとしたけれど波瑠にとってはそれどころじゃない。
弓矢を持った女性がやれやれと首を振る。
「弥生さん、ごめんなさいね。村雨さんは魔力の状態を見るに大丈夫よ。外傷はあるけど命に別状はないはずよ」
「本当ですか……?」
「こんな可愛い子に心配してもらえるなんて果報者ね。救急車もすぐに到着するはずよ」
気の利かない柴原の代わりに弓矢を持った女性が対応にあたる。
「はい、もしもし」
柴原のスマホに着信があった。
弓矢を持った女性にも聞こえるように柴原はスマホをスピーカーにした。
「こちらはクリア。他に狙っていた者もいないようです」
「そうか、ご苦労様です。引き続き護衛を頼みます」
何の会話だろうと波瑠は思った。
「大丈夫。全部上手くいっているわ」
弓矢を持った女性は優しく波瑠に微笑みかける。
遠くに救急車のサイレンが聞こえ始めた。
とりあえず今は圭が無事ならそれでいい。
いかに無事だと言われても顔は大きく腫れて気を失った姿を見ていては心配は絶えない。
波瑠は圭の手を握って圭の無事を祈った。
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