第8話 警備員
いきなり背後から口を押さえられて、私は声にならない悲鳴をあげる。助けて! 助けて! ごめんなさい! いやっ! けどダメ。口を抑えられ、強く引っ張られた私はなす術なく非常口の方に引き戻され、壁に押さえつけられる。
「しーっ、しーっ」
私を組み伏した……坊主頭。こいつ男? 身長はずいっと高くてこういう木あるよなと思った。顔つきもいかつい。多分
「静かにしろ。静かにしろ」
誰? 何事?
「お前、あの一味じゃないな?」
あの一味? あの一味ってあのテロリスト? あんな物騒な奴らの仲間になんてされてたまるか。殺人グループだぞ。私は違う。
しかし声は出せないので必死に首を横に振る。すると男が「声出すなよ」と念を押してから私の口を開放する。
「いいか、俺は警備員だ」
男……まだ若い。私よりは年上そうだけど。彼は手で胸元のバッジを示した。「高住是清」と書かれた下に「TAKASUMI KOREKIYO 」とある。
「お前、名前は?」
そう訊かれて、私は震える声で「エミリー」と答える。本名にかすってるけど本名じゃない。いきなり名前を明かすほど私もバカじゃない。情報は命なのだ。名前だってタダでやるもんか。
「エミリー?」
アジア人の口からアジア人らしからぬ名前が出てきたのにびっくりしたのか、ミスターコレキヨは少し眉を顰める。しかしすぐさまこう続ける。
「あいつら何者だ? 何か知ってるか?」
私は少しの思案ののちこう答える。
「上のフロアを占拠してる。銃を持ってる」
「銃を持ってるのは一目見りゃ分かる」
コレキヨは壁の向こうの気配を探るような顔になった。
「いいか。さっきも言ったが俺は警備員だ。し、新人なんだ」
私は頷きながら思う。警備員にしちゃ若いと思ってたけどそういうことか。警備員ってもっとおじさんがやってるもんだと思った。あんた私と変わらないくらいじゃない?
「今朝寝坊してな。遅刻したと思って慌ててここに来たら、警備室の警備員がみんな……」
「……死んでた?」
私が彼の言葉の最後を引き取ると、彼は険しい顔で頷いた。
「そうだ」
銃で撃たれてた。彼はため息をつきながらつぶやく。
「非常事態だと思って警察に電話しても繋がらない」
だろうね。妨害電波出てるもん。
「警備員専用出入り口から出ようとしてもいつの間にかシャッターが下りていて出られない」
はぁ、この警備員、テロリストどもがビルを占拠した絶妙なタイミングで出勤してきたってわけか。災難だな……。
「出口を探してここに来たらあの銃を持った男だ。あいつが人殺しなのは間違いないが俺は銃を持ってない。困ってたらいきなりお前だ。見た感じあいつらの仲間じゃない。状況分かったか?」
コレキヨの言葉にただ頷く私。警備員のくせにこいつよくしゃべるな。もしかしなくても混乱してる。当たり前か。私だって混乱してる。でもこれあれか? 考えようによっては、仲間ができた……?
「で、最初の質問に戻る。お前誰だ? お前何者だ?」
「エミリー」
私は同じ回答をする。だが少しくらいヒントをやっていいかと思い、すぐに続ける。
「ここの社員の娘」
「ここのって斉藤製薬の?」
頷く。
「今日ここで何がある予定だったんだ?」
これくらいなら教えていいかと私は応じる。
「パーティ」
「パーティ?」
コレキヨはまた眉を顰める。
「なんだそれ」
「パーティはパーティだよ」
私も肩をすくめる。まさかこんなパーティとはね。テロリストに襲われ、警備員とお友達に。
「まぁいい。あいつらの狙いは何だ?」
壁の向こうに意識をやりながら声を潜めるコレキヨ。私はとりあえず一息つきながら、手にしていたパソコンを抱き直してこう告げる。マクドナルドの赤い看板が頭上にある……。
息を整える。そっか。一人じゃない。一人じゃないんだ。もしかしたら皆殺しにされてるかもだけど、こうして生き残りがいた。
「調べようか」
私は覚悟を決めた。
進展三:カードなしでもどこにでも入れる
進展四:カードがあっても入れないようにできる
進展五:コレキヨが仲間に加わった?
持ち物:パソコン、スマホ
プラン一:奴らの目的を探る
*
「よし、任せろ」
顔を合わせてまだ三十分どころか、十五分経ってるかも怪しいのに、コレキヨのやつ、強い眼差しでこちらを見つめて、頷きやがった。何か悪いことしてる気分だな……。
「俺が囮になればいいんだな?」
「平たく言うとそうだけどさ……」
あんた怖いとかないわけ?
「俺が用具入れにあいつをおびき寄せる。あいつが入ってきたら俺は入れ替わりで出てくる。そしてお前が用具入れをロックする」
こいつ本当に怖いものなしか?
私が考えたプランはこうだった。非常口の傍に「用具入れ」と書かれたドアがあった。漢字に弱い私でもそれが倉庫みたいな場所であることは分かった。頑丈そうな鉄の扉。戸に窓はなし。しかも入り口にセキュリティカードの端末ときた。
そして気になっていることがひとつあった。私にハシバの死体を送りつけてきたあいつ。あいつがいるのは地上二十階。なのにこれから私たちがぶちかまそうとしている相手は一階で門番だ。この二か所を繋ぐ何かがあるはず。そしてその何かについて、私は何となくアタリがついている……。
多分トランシーバーだろう。いわゆる無線通信。妨害電波が出ているのに通じるのか? という疑問はあるだろうな、素人目には。ただ私が想定している妨害電波が「特定の周波数の電波を発することで付近の電波にマスキングする」というものならば、その妨害電波の周波数から外れた周波数を出せるものならやりとりができるはずだ。トランシーバーは波の幅が広い。チャンネルを合わせれば、もしかしたら通じる……。
そして、そう。私たちがこれからやるミッションでは、あのトランシーバーを使う回数を極限まで少なくする必要がある。少なくとも一回は使われる。一回まではいい。二回か、三回は使われてもセーフとしよう。でも四回以降はダメだ……。いや、二回や三回でも怪しい。やはり一回で抑えよう。鉄の扉で閉じられた「用具入れ」からはトランシーバーで通信できないはずだ。あそこに導くまで、一回しかトランシーバーを使わせない……。
「よし、いつやる? いつでも合図くれ」
「……あんた怖いもんないの?」
つい、口に出る。
「怖い」
コレキヨがスキンヘッドを撫でる。
「でもやらなきゃ死ぬだけでしょ。俺は足掻く」
いい心意気。
私は肩をすくめる。
「私はこの非常口のドアの後ろに隠れてる。三、二、一で物音を立てて。奴が来たら、『用具入れ』のドアを音を立てて閉めて。そこから先は……」
「おびき寄せられて『用具入れ』に入ってきたあいつを、俺がうまいこと撒く。大丈夫。この『用具入れ』はよく使うから部屋の中もよく分かってる」
本当に大丈夫か私。こんな奴信用して。
だがまぁ、やらなきゃあの銃を持った男とかくれんぼだ。私は即席コンビネーションを信じることにする。
最後の最後までためらう。だが、やるしかない。
「……で、うまいことあいつを『用具入れ』に誘い込めたら、コレキヨは『用具入れ』から出てきてドアを音を立てて閉める」
「私がそれを合図に『用具入れ』をロックする」
うん、とコレキヨが頷く。
「それから俺はこの非常口のドアを三回叩けばいいんだな。作戦がうまくいった合図に」
そう、と私も頷く。
「いくよ」
私の目線にコレキヨが応える。
「三、二、一」
私はドアの後ろに隠れた。
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