第7話 脅迫
進展三:カードなしでもどこにでも入れる
進展四:カードがあっても入れないようにできる
持ち物:パソコン、スマホ
通話機能付きチャットアプリが立ち上がったタブレット。それをエレベーターに乗せて奴らのところに送り込んだ。
何でアプリを立ち上げていたか?
その理由が今、私のパソコンの中にあるってわけ。
〈ふうん、おじさんイケメンだね〉
すぐさまスクショ。画面の中には二人の男。
一人……細い目。やっぱりアジア系! 二人……青い目。こいつがロシア系?
私はチャットアプリの通話機能、それもオンラインミーティング用の機能を立ち上げたままタブレットを犯人グループに渡した。犯人たちがどんな人間か知るために。そして二十階のあのフロアがどうなっているか知るために!
回線はエレベーターから繋いでる。エレベーターの監視カメラから。10BASE-2。多分それの強化型だ。テレビみたいな「屋外から線を引っ張る」時に使う、同軸ケーブルっていう頑丈な線。監視カメラに繋がっていた。多分カメラの映像を警備室に飛ばす用のLANケーブルだと思う。無線LANの方が耐久面で優れるのにわざわざ有線LANを、それも特別に作ったようなやつを使ってるのは多分、エレベーターという鉄の箱は無線を通しにくいからかもしれない。でも優秀な無線LANなら問題ないと思うけどな。何でこんなこと……? もしかしたら、斉藤製薬が色々な分野に手を出しているうちの、ひとつの事業なのかもしれない。
私の「おじさんイケメンだね」発言ですぐさまタブレットに顔を晒しているのがまずいと分かったらしい。エレベーターの中からタブレットを拾い上げたアジア人が舌打ちをしてそれを放り出す。乱暴だなぁ……と思ったが、タブレットは壊れることなく床に落ちた。線もちゃんと繋がったまま。いや、厳密に言うと通信機能とカメラが壊れてないだけでスクリーンとかやられてるかもだけど、まぁ最低限の機能が残ってたらいいや。
〈子供が遊んでいいところじゃないんだがね〉
ふいに、タブレットのマイクが声を拾う。低い声。渋い声。
〈どこの子か知らないが、いたずらは感心しないなぁ〉
私は画面中を探す。タブレットが映しているのはエレベーターの天井だけ。微かに光が揺れているから、誰かが傍で動いているのは間違いないけど……。
〈イは映ってしまったね……パクは? 画角的にスタスラフも怪しいな〉
〈お仲間の紹介嬉しいんだけどさ……〉
私はタブレットの映した画面を見つめながら囁く。
〈名前明かしちゃって平気? あんたたち私の名前知らないでしょ?〉
〈『肉を切らせて骨を断つ』だよ、君〉
何それ。私が眉を顰めていると画面の向こうの男は静かに続けた。
〈もしかして君は外国育ちかな〉
ヒヤリとする。えっ、どうして?
〈日本人の大人なら大体が知っている簡単な諺も知らないみたいだからね。それにこの会社には今、帰国したばかりの人間がわんさかいる。そしてこうして披露してくれた通り電子機器の知識があるということは少なくとも子供すぎる子供ではない。まぁ、十代後半か、行っても二十歳そこそこか……〉
〈すごいじゃんおじさん。日本の諺知ってるんだ? じゃあトリリンガル?〉
〈…………〉
何語か分からない言葉だ。
〈『ご推察の通り』と言ったんだ。これは韓国語だよ。初めて聞くかな?〉
私が黙っていると男は続ける。次に聞こえてきたのは英語。〈そしてそう、私は英語もしゃべれるし……〉と告げた。
最後に、日本語が続く。男はふふっと笑った。
〈日本語も悪くないだろう?〉
韓国語は分からないけど英語と日本語はネイティブ並みだ。クソッ、このおっさん頭いいんだ。それにタブレットの画角から映り込んだ人間割れるくらいには知能もある。油断できねぇ……。
〈さて、君はさっき警察に連絡したと言っていたが我々の認識だとそれは不可能だ。つまりはハッタリかな。安いカードを切ったね〉
〈あら、お気に召さなかったかしらー?〉
私が精一杯の威勢を張ると向こうは緩んだ声でつぶやいた。
〈私からも君に贈り物をしようかと思う〉
と、タブレットが揺れた。続いて人影がいくつか……三つだ! 三つ画面の横を通った。何かが床に落とされる音。それから、ポン、とエレベーターが閉まる音。光が遮られ、エレベーターの中の照明だけになる。
〈君がどこまでエレベーターを操作できるのか知らないが……〉
ドアの向こう。男は余裕たっぷりに続ける。
〈とりあえず好きなところで受け取ってくれたまえよ。こちらから人は乗せないから安心してくれ。我々も忙しくてね。君に人手を割いている余裕がなくて……まぁ、それはさておき、気に入ってくれると嬉しいな〉
*
受け取れ、って……。
私は躊躇う。エレベーターは動かすべきか? 何かの罠か? 受け取りを拒否する?
いや、今はどんな情報でも欲しい。私の状況は最悪エレベーターをどうにかすれば守れる。でもパパは? パパの状況を知りたい。受け取る路線で考えてみるか……だとしたら、どのフロアで受け取るのが正解だ?
私は少し考えた後行動に出た。各階で止めてやれ。私はどこでも好きなところでそれを見ればいい。となれば……!
私は必要な処理を実行した後有線LANを切ってコードを放り投げた。階段で一気に十七階へ。本当は何階でもいい。だがたまたま「ここでいっか」と思えたのが十七階だった。非常口のドアを開け、フロアに出る。
見た感じ……会議室だけのフロアのようだ。ガラスの壁で仕切られた大部屋がいくつもある。
エレベーター搭乗口は……あった。看板がある。正面の廊下進んで右。よし。
私はパソコンのインカメラを起動すると、エレベーター搭乗口の曲がり角まで行って身を隠し、そっと、インカメラを鏡の代わりにしてエレベーター入り口の方を見た。文字盤の数字が光っている。各階で止めているから進みもゆっくりだ……。
やがて、ポン、と音がしてエレベーターが止まる。開くドア。
「うぉっ、おええええええ」
運ばれてきた個室の中を見て、私はすぐさまパニックになった。そして吐く。腹の底から吐く。ズタズタに咀嚼されたローストビーフが出てきた。しかし構わず私は吐く。吐く。ひたすら吐く。
やがてエレベーターはまたポン、と音を立ててドアが閉まった。それで、ようやく一息つける。しかし私の脳裏には焼き付いている。
眉間を撃ち抜かれた、あのハシバとかいう……。
*
ヤバい! これは相当にヤバい! あいつら本気だ! 本気でこのビルジャックしてるんだ!
テロリスト……その言葉が持つ意味をこれほど痛感できたことはない。インカメラ越しに網膜に焼きついた景色を、嫌でも思い出す。
力なく壁にもたれかかるおじさん。いや、おじいさん。白髪の前の方が真っ赤に染まっていた。眉間からはとくとくと、とくとくと、血。溢れている。表情は虚。顔の真ん中を走る赤い川のせいでハッキリとは見えなかったが、しかし、その目は何も映してないし、見てもいなかった。死んでいたのはあのハシバとかいう社長だった。パパにミヨシを勧めていた……。
おええ……。
また吐く。恐怖のあまり、胃が痙攣しているんだ。
ダメだ……ダメだ。こんなの私の手に負えない。ケンカを売っていい相手じゃなかった。
私はパソコンを畳むとふらふらと動き出した。階段……階段……非常口の方におぼつかない足取りで進んでいく。おええ……また吐く。
口元を拭いながら階段を下りる。
十七階の高さをゆっくり時間をかけて下りた。地獄みたいな長さだった。やがて一階に辿り着くと、私はふらふらとビルの入り口を目指した。非常口を出て、マクドナルドらしき赤い看板を視界の端に捉えながらエントランスフロアに……。
だが。
非常口の繋がっていた廊下から、エントランスホールに行く途中の壁で私は息を潜めた。誰かいる……誰かいる!
本能的に身を隠したがそれは正解だった。何故ならその場にいた男は……銃を持っていたのだから。うそ、六人目? 軍人が持つような、長くていかついのを、ショルダーバッグか何かみたいに……。
と、その時だった。
私の口が、大きくてゴツゴツした手に塞がれたのは。
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