第3話 パーティ
「斉藤副社長、おかえりなさい!」
エレベーターを出てすぐ浴びたのは、大量のクラッカーが放つ爆音だった。なんだなんだ。こんな発砲音って。古典的なサプライズするんだなこの人たちは。
「お待ちしておりました斉藤さん!」
「おかえりなさい!」
「アメリカの話聞かせてください!」
あちこちからパパに向かって声が飛ぶ。へぇ、パパ人気者なんだ。さすが人たらし……と思っていたところで、一人の女性がパパに近づいてきた。
ザ・やり手って感じ。紺のスーツをビシッと決めて、肩まである黒髪にはふんわりカール、化粧も派手すぎず薄すぎず、けど目つきはパッチリ、なんかオトナーって雰囲気の美人。
「お帰りなさい斉藤さん」
身長百八十あるパパの目をしっかりと見据えている。彼女の身長は私より少し高い……百六十センチくらい?
「やあ三芳さん」
パパがホッと一息つくのを私は見逃さなかった。
「元気そうだね」
するとさっきのデキ女……ミヨシさんが微笑む。
「おかげさまで」
さぁ、荷物を。と言われたので私とパパは持っていたミニバッグをミヨシさんに預ける。中にはスマホが……と思ったが、私は料理やパーティの雰囲気を写真に残すほど明るい子じゃない。それにそもそも
ミヨシさんは私たちの荷物をその場にいた別の女性二人に預けた。この人たちは設営でもやってる人なのかな。そうじゃなけりゃこのミヨシって人性格最悪。まぁとにかく彼女に先導されて私たちはエレベーターの前から部屋の奥へ通された。壁にあったフロアマップを見た感じ、このフロアは壺型で、エレベーターから通じる細い通路を通った先に開けた部屋があるらしい。パーティ会場はどうもそこだ……私はパパの後ろにくっついて歩く。
私の想像通り、細い廊下の先には大きな広間があった。ただ私の想像と違ったところは、屋根がなかったことだ。
吹き抜けだった。オレンジ色が滲み始めた青空が見える。何だっけ。春は曙? 今は春だけど曙って何だ? まぁとにかく、これ雨の時はどうすんの……と思ったら、壁のところに折り畳まれた庇があった。あれが伸びるのか。どこにもハンドルらしきものがないあたり、機械制御だな。
しかし吹き抜け以外にも変わってるところはあった。まず部屋に川が流れている……細い水路にちょろちょろ水が流れている程度だが、落ちれば靴がびしょびしょだし酔っ払いに優しくない……ごめん、私あっちで酒もドラッグもちょっとだけやったんだ。にしてもパーティだよね? 絶対落ちる奴出てくるよ。川は部屋の入り口正面にあるバーカウンター横の噴水からチロチロ流れている。川に渡った広い橋……というか、床板の上には大きなテーブル。多分ここに料理が並ぶのだろう。周りには背もたれが小さくておしゃれな椅子。そして川の流れる先には壁一面がガラスになった展望席が。す、すげー。東京に自社ビル持ってる大手企業はこんな金の使い方するのか……。
「斉藤さん、どうぞこちらに。英美里さん、あなたはそちらの席に」
ミヨシさんが私とパパに席を勧める。うっそマジ? 窓の外が一望できるいい席じゃん。ここにいる大人って大概私より立派な人なのに私がこんなところ座っていいのか……私一応元犯罪者だよ? 何だか居心地悪い。
さて、早速私の左隣で若い男性社員が仕事の話を始めている。この間何とか病院に営業先ができたとか何とか。若い女性社員に語ってるから多分武勇伝でナンパのつもり。分かってないなー。こういう席で仕事の話は萎えるからやめた方がいいよ。それにナンパしたいならまず相手を褒めないと。彼女のピアスとかネイルとかをさ。にしてもこの女の人あの爪でタイピングしてんのかな。やりにくそう……。
と、急に辺りの空気が締まったと思ったら、私たちが入ってきた細い廊下にまた人影が見えた。若い女性が二人……慎ましくて大人しいから秘書かな。そしてその後ろに年配の男女が一組。
「羽柴社長」
パパが立ち上がって礼をする。一応私もしとく。お行儀よくしとかないとパパの出世に響きかねない。
「おお、斉藤くん」
ハハハ、と年配の男性……ハシバ社長が笑う。
「いよいよ君も副社長……斉藤製薬が斉藤さんに乗っ取られる日が近づいているね」
「いえいえ、社長がお元気なうちは……」
「私に早く死ねとでも?」
ワハハ、とハシバ社長は豪快に笑った。
「今後の我が社は君が背負う」
社長がポンポンとパパの肩を叩く。
「私が一線を退くまでの間、会社のこと、経営のこと、任せたぞ」
「ありがたく存じます」
パパが深く一礼する。私も倣う。
「おや、娘さんかね」
社長が私の顔を見て微笑む。
「かわいい娘さんだ」
うわー。ジジイに言われると寒気がする。
「ほんとねぇ」
社長の後ろにいた年配の女性が柔らかく微笑む。見た感じ奥さんだな……少なくとも愛人の可能性はゼロ。ってか愛人だったらこのジジイとんでもねー変態。やっぱ奥さんが妥当。
「おいくつ?」
社長の奥さんに訊かれたので答える。
「十七……」
と、言葉を切ろうとして思い出す。
「……です」
敬語敬語。
「まぁ。青春ね」
セイシュンって何?
「お前にこんなかわいらしい娘さんがいたとはな……」
と、言葉を切ってから社長が声を小さくした。
「奥さんの時は葬式に出向けずすまなかった」
「いえ」
パパも目を伏せる。
「分かっていたとは言え、容態の変化は急なことでしたから」
「娘さん、どこか
ママの名前だ。
「ええ」
不思議だった。よその人がママの話をしてる。心の遠近感が狂ったような気になる。
と、ここでハシバさんはさらに声を小さくしてパパに囁いた。
「しかしお前もいつまでも一人というわけにはいかんだろ」
「英美里がいます」
「そうじゃない。悪い女でもついて金を喰われたらたまらんということだ。どうだ。三芳くんは」
ちら、と男性二人があのバリバリ女を見る。
「彼女なら才能もあるし信頼も置ける。最高だ。英美里ちゃんもきっと懐くだろう」
「ええ……」
パパが言い淀む。
「しかし社長。これは私だけの問題ではありません。三芳さんの気持ちもありますし……英美里の気持ちも」
「分かるが、早めに固めておけよ」
ミスター・ハシバはパパの肩を強く叩いた。
「困ったら何でも言いなさい」
*
「さぁ、始めようか」
私たちよりいい席……一段高くなってる席に座ったハシバ社長がパンパン、と手を叩くと、バーカウンターにつけられた腰くらいの高さのドアが静かな音を立てて開いた。そしてその向こうから皿の乗ったトレーを持つウェイターたちがゾロゾロ出てきた。滑るように歩いて私たちのいるテーブルのところへ来る。並べられた皿は……サラダ以外名称の分かるものがない。いや、あれはローストビーフか……? Walmartで買えるのより小さい。日本人向け? まぁ私もWalmartのやつ食べきれないからあのくらいのサイズがちょうどいいけど、私の友達はあれじゃ満足しないしレストランであれが出てきたら詐欺だって言うだろうね。
まぁ、とにかくその訳の分からん皿たちはそれぞれが自由に好きな量だけとっていいスタイルらしく、周りにいた社員さんたちがどんどん自分の皿に盛っていった。肉の皿なんか男性社員が食べ尽くしてしまいそうだ。待ってよ。私だって肉欲しい……なんて思ってると横からミヨシさんが出てきた。
「とってあげます」
私の目線を追っていたのか、ミヨシさんは的確にローストビーフをとると、私の皿に乗せた。
「他には何か?」
「じゃあバゲットを……」
「いくつ?」
「ふたつ」
「あっ、箸よりフォークとナイフの方が使いやすいですか?」
「できれば……」
「飲み物はどうします?」
「レ、レモネードを……?」
「……あるみたいです。それにします?」
「ハイ」
そういうわけで出来上がった私の皿。ミヨシさんが微笑む。
「遠慮せずに食べてね」
それからミヨシさんは手際良く手近にある料理を皿に盛ると、他の社員から話しかけられまくってなかなか食事にありつけないパパの元へ持っていった。パパを見上げ、そして、微笑む。
「斉藤さんを解放してあげて。お腹空いてるんだから。はい、斉藤さんこれを」
「ありがとう」
……そっか。
ローストビーフに刺さったフォークを見つめる。
あの人、パパに色目使ってる。
それにパパ、嬉しそう。
周りに人はたくさんいるのに、私は砂漠の真ん中に置いていかれたような気分になった。
肉を食む。気のせいだろうか。
硬くて薄くて、ゴムみたい。
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