君は私に恋してる?
//SE ちいちゃんの家。門を入ると、小さな庭が続いている。
//SE ガチャっと玄関を開ける音。
「どうぞ」
「安心して。誰もいないよ」
「高校生の時まで、家族で住んでたんだけど、お父さんの転勤が決まってね。
本当は単身赴任でもよかったんだけど、転勤先がタイだったから、お母さんも向こうに住んでみたいな、なんて言いだしてさ。
私だけ、こっちに残ったんだよ」
「家族がいる時は、この家、広いなんて思わなかったけど、一人になってみると、こんなに広かったんだなって思うよ」
//SE リビングにはソファとローテーブル。
「蒸し暑いね。エアコン付けるね。
冷えるまで、我慢してね」
//SE ピっという電子音。
「ちょっと空気入れ替えるね」//ガラガラとサッシを開ける音。
「あ、座って。
飲み物持ってくるね」
//SE ちょっときまずい雰囲気。ソファに腰かける音。
「カルピスと麦茶、どっちがいい?」
「どっちでもいい?
じゃあ、私はカルピス飲みたいから、カルピスね」
//SE グラスに氷が落ちる音。カルピスを注ぐ音。
「はい。どうぞ」
//SE テーブルにグラスを置く音。
「私、ちょっと着替えて来るね。汗だくになっちゃった」
//SE リビングに続くドアを開けたらちいちゃんの部屋。引き戸を閉じる音。クローゼットを開ける音。シュルシュルっと帯を解く音。着替える音。
「お待たせ」
//SE 黄色のチュニックに膝丈の黒いスパッツ姿のちいちゃんが出て来る。
「はぁ、軽くなった。
浴衣なんて久しぶりに着たから、けっこう窮屈だった」//隣に座る。
「無理はしてないけどね。そりゃあ、頑張るに決まってるじゃん。
だって……」//もじもじする。
「なんでもない。
さて、花火、しよっか」
「部屋の電気消すね」
//SE パチっと電気のスイッチを切る音。レジ袋から花火を取り出す音。縁側に腰かける。
「先に、好きなの選んでいいよ」
「どれを先に選ぶかってさ、けっこう性格出るよね」
「君は……。お! 無難にすすき花火から行きますか。
じゃあ、私も同じのにする」
「すすき花火を最初にえらんだあなたは……真面目でお人好しです!
人に合わせるのが得意で、誰からも好かれるタイプです。
そして、君と同じすすきを選んだ私は……。
好きな人に尽くし過ぎてしまうタイプです。
んふふ」
「当たってる?」
「へ? 知らなかった?
この筒状のカラフルな花火は、すすきって言うんだよ。
火を点けたら、シューってすすきの穂みたいに火花が噴き出すでしょ。だから、すすきっていう名前が付いたんだよ」
「火、点けてあげるね」
//SE チャッカマンで導火線に火を点ける。シューっという花火の音。
「子供の頃から何度も飽きる程見て来た花火なのに、不思議だなぁ。君と一緒にいるってだけで、なんだか何もかもが特別に感じるよ」
「火、移していい?」
「ありがとう」
//SE 花火の火を移す。
「こうしてたら、世界が二人だけになったような気がするね」
「君もそう思う?」
「明日の事とか、どうでもよくなっちゃう?
あははっ。
うんうん。どうでもいい。
明日の事なんて、今は考えるのやめよう」
「君の将来の夢はなに?」
「映像クリエイター! ほぉ、かっこいいね」
「アニメが好きなんだ?」
「私も好きだよ」
「うーん。異世界のんびりスローライフ系とか、もふもふとか」
「私の夢?
私の夢は地味だよ。
小学校の先生!」
「え? どれが生徒でどれが先生かわかんなくなりそう?
言えてる!あはは~」
「6年生の担任とかになったら、クラスで一番小さい人になっちゃう可能性あるね。
やんちゃキッズには、背伸びしてデコピンする。うふふ」
「どうして先生になりたいのかって……?」
「んとね、子供たちに、勉強だけじゃなくて、恋は素敵なんだよって教えたい!
恋愛禁止の校則なんてナンセンスだよ。
たとえ叶わなくても、誰かを好きって気持ちだけで、世界が違って見えてくるんだよって」
「毎日見上げていた月も、雲った夜空も、土砂降りの雨も、古びた教室も、頭がいたくなるような黒板の文字も、キラキラ輝きだすんだよって」
「明日の事を思って、つい、ブルーな気分になっちゃう日曜日の夜だって、明日、あの子に会えるって思ったら、学校が、楽しみに変わるじゃない?」
「学校までの道のりは、足取りが軽くなって、風が歌う声が聴こえる。
草木が芽吹く匂いは、記憶になって、大人になった時、そんな恋の記憶を目覚めさせる。
好きな人の好きな物が好きになって、世界が広がる。
そんな風に、純粋な恋ができるのって、子供のうちだけだと思うから」
「え? 私、キラキラしてる?」
「うふふ。
どうしてだろう?
花火のせい、かな?」
「さて、クライマックスだよ。
ラストはやっぱりこれだよね。線香花火」
//SE 導火線に火を点ける音。パチパチと火花が散る音。
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