第10話 嫌がらせ
話は前後するけれど、家族三人で、マンション暮らしていた時、ひやりとすることがあったのを思い出した。
マンションを引っ越す数ヶ月前のこと。
玄関側の部屋の換気のために、窓を少し開けて、出かけたところ、帰宅すると、なぜか窓が全開にされていることがあった。
防犯上、外側に格子のようなものがついている窓だった。
外から窓を全開にするには、何度も手を狭い格子のあいだに差し入れることになる。
それをわざわざ十回ほどは、繰り返した事になる。
状況を想像して、ぞくっと、鳥肌が立った。
(これも、嫌がらせなの?)
室内に侵入された形跡はなかったが、部屋の中が外から丸見えで不快な気持ちになった。
他には、帰宅すると玄関扉に、蹴りをいれられたような靴跡が、バッチリついていた。
集合ポストには、私の家のポストにだけ、尿を一週間連続で入れられてたりした。
掃除していて泣きたい気持ちになった。
さすがに警察が呼ばれ、管理組合で話し合いも行われた。
話し合いの結果、防犯用の監視カメラが設置される事になった。
監視カメラの効果か、ぴたりとポストに尿が入れられている事件はなくなった。
だが、しばらくして尚文宛の郵便物が、ビリビリに破かれているという事が起きた。
管理会社、管理組合、理事にも相談をした。
不審者の監視をやってはくれていたが、なかなか犯人が特定去れない不安な日々が続いた。
私かなり、精神的に追い詰められていた。
管理会社から
「周辺の見廻りを強化します」
「集合ポストは基本的に、住人に貸してるだけで、共用部ですから。個人的な郵便物は、郵便局留めにしてもらえばいいかと」
「警察官と、こちらでやるので、口を挟まないでください」
と、気にかけても、そっけない返答だった。
「もしも、これが子供がやってることなら、軽犯罪ですが、罪には問われないので、注意するだけしか出来ないですね」
警察官からは、そんな話を聞かされた。
なかなかじわりと効いてくる嫌がらせは、引っ越す直前まで続いた。
まさか、引っ越し先でも不安で眠れない日々が続くとは想定外だった。疲れがピークに達していた。
人には眠ることができることが、いかに大切で幸せな事か、つくづく思い知らされた。
普通に生活できることの安心感。
朝起きて、ご飯を食べて、学校や職場へ行き、帰ってくつろいで、お風呂に入って。
まさか、それすら出来なくなるなんて。
ちょっとした幸せに感謝しながら、必死に生きていく決意をするのであった。
マンションでの上の住民の騒音や嫌がらせは、証拠をまとめて、法テラスに相談へ行った。
「これでは内容が薄いです。負けますよ」
「えっ、この日記や録音は、証拠として使えませんか?」
「騒音は専門の業者を使って、日中に測定してもらって、比較して、差の大きな数値が出れば、証拠としての価値があるかもしれません。あと、日記は証拠としては意味がありません」
「意味がないですか」
「それと、相手は定年退職を迎えた老夫婦。いくら話し合いや裁判で呼んでも、相手は時間があるので、いくらでも出廷してくるでしょう。費用がいくらあっても足りないですよ」
「長引くということでしょうか?」
「正直に言わせてもらうなら、これはやる価値がないと思います」
弁護士の淡々とした口調を聞かされ、相談を終えた。
実際、私と尚文は嫌気がさしてマンションをも出てしまった。
そして、一人でマンションに住んでいる夫の京介は、嫌がらせに対して、訴えを起こすつもりはないらしい。
私たちの意見は、噛み合わない。
私は、裁判さえすれば問題は解決すると考えていた。
あきらめるしかないのは、泣き寝入りのようで、とてもがっかりした。
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