魔導書(電子書籍版)と契約し旅にでる

弓納持水面

第1章 旅の始まり

第1話 暗転

バイタルを計測する機械が警告音を奏でている。

私には、もう何も見えてない。


しかし不思議と苦しくも痛くもない。薬が効いているのだろうか?


「ご家族はまだ?」


「連絡はつきましたが、深夜ですので」


音だけが聞こえる。


機械の音、医師の声、看護師の声、音だけが聞こえる。


しかしそれらも段々遠ざかってゆく。


薬が効いているわけではなさそうだ。段々感覚がなくなってゆく。


そっか、そういう事か…。


先送りしていた時がきたんだ。


(ちょっと残念だな。)


そんな事を思いながら、それを受け入れようとした…。


そのとき、不意に男の人の声がはっきりと聞こえた。誰の声だろう?


「聞こえるか?……。もう聞こえているはずだ。……よ。意識を手放す前に聞け」


「お前には選択肢が二つある。そう二つあるのだ。贅沢にもな」


「このまま深淵の闇に帰るか?我と契約をし新たなる旅に出るか?だ」


不意に音が戻る。


「…拍数…低下!…最大量投与して…」


切迫する声が遠くに聞こえる。


また不意に、今度は穏やかな声、女の人の声がはっきり聞こえる。


看護師さん?


「旅路の果て闇に帰るのも悪くはないですよ」


看護師さんではない。


看護師さんは、後ろ向きなことは仕事上言わない。


どうしよう?……。


しばらくの逡巡の後、私は返事をした。


何で、その返事をしたかは自分でも、わからない。


たぶん、ちょっと残念と思っていたからかも知れない。


「なるほど、それが答えでよいな?…。まあ、さもあらん答えだ。……そろそろだな。」


遠くで誰か叫んだ


「……!……!ご家族が………。」


意識が暗転した。



水音。冷たい!え!溺れる?


「落ち着け冷夏よ、足が、ぎりぎり付くぞ。死神の泉とはいえ、こちらに来たばかりで、溺死する訳にはゆくまい。」


え!でも!


混乱している私は、足がつくと言われても水を飲んでしまい溺れ始めていた。


「聖なる泉ですよ。口の悪い魔道書、冷夏を頼みますよ。」


沈む!沈んでゆく…。


「オイ。シッカリしろ!」


心配そうにのぞき込む顔。スキンヘッドの…誰だろう知らない人。


水から引き上げられたっぽいけど、まだ夢の中なのかな?


「兄者すぐきてくれ!」


意識は再び暗転していった。


ごめんなさい。知らない人。まだねむいや。

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