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 ミデンが拠点としているこの都市の名は『リンド』。『テザンダ王国』に属するこの都市は経済の中枢でもある。他国との国境に近いので危険な場所ではあるが、その分交易が盛んで常に賑わっている。国の心臓であるこの都市を守るため、王国は国境付近に堅牢な城塞を築き上げて守護していた。

 もちろん、王国の兵も多数駐屯している。なので人口の多さにしては治安の良い都市だ。


「おっ、ミデンじゃねえか。丁度良かった。子供が生まれたから大きな家に引っ越すんだけど手伝ってくれないか? 料金はいつもより弾むぜ」

「わかった。明日の朝に行く」

「あら、ミデン。丁度お願いしたいことがあったの。うちの木がだいぶ伸びてしまってね。悪いんだけど上の方をバッサリ切ってくれるかしら?」

「わかった。明日の昼過ぎに訪ねる」

「ミデーン! 明日の夕方に大事な商品を運ぶから警護を頼む! 王国兵に頼むと高いからよお……」

「わかった。先の用事が終わり次第行くから運搬する詳細ルートを教えてくれ」


 そのせいあってか、剣士として名を馳せる傭兵のミデンが街の便利屋として住民たちから頼られていた。ビリロから紹介される仕事はきな臭い案件が多いが、それだけでは腕が鈍る、と都合が合えばどんな依頼でも個人的に引き受けている。


「汝、雑用ばかり引き受けて面倒ではないのか?」

「いや? どんなことも修行になると師匠も言っていた」

「そういうものなのかのう……」


 街中を歩いているだけで引っ切り無しに話しかけられる様子を、おんぶされながら見ていたアルカの疑問は最もだ。だが、当の本人であるミデンはこれっぽちも苦にしていないらしい。

 代わりにアルカがげんなりとしていた。テオスの力を馴染ませるためにできるだけそばにいないといけないので、明日から数々の雑用を見守らなければならないのだ。飴玉だけでなく、先ほど買ってもらった綿菓子などを常に携帯しておく必要がある。そうでないとテオスと言えど暇で死んでしまうかもしれない。


「しかし、どいつもこいつも我を子供扱いしよって……。もう怒り疲れたわ」

「そんなことより手錠の説明が面倒で仕方なかった。適当にはぐらしたけど早く周知してもらわないと余計な時間が取られる」

「そんなこととはなんじゃ! 雑用ばかりやっている方が余計な時間じゃ!」


 残りカスの怒りを搾り出し、どこかズレている少年を叱りつけた。だが、そんなアルカの努力も虚しく終わり、その後も予定が埋まり続けて少なくとも二週間先まで働きっぱなしが決定した。

 そして、夜になり営業が始まったビリロの店に戻り、唯一安らげる場となってしまった部屋でアルカはベッドに腰掛けため息を吐く。


「まさか戦いもせずにこんなに疲労が溜まるとは……。汝、飴玉を寄越せ。快楽物質を摂取しておらんと気が狂う」


 意気消沈した表情で口を開ける少女のあまりにもな姿に若干哀れみ、ミデンは瓶から取り出した飴玉をその口に放り込んだ。

 それをころころと舐めながらアルカはぽてんとベッドに倒れた。


「下で晩飯食べるけどアルカはどうする?」

「菓子以外はいらん。汝ひとりで行ってこい」


 また拗ねた子供のようになってしまったが疲れているのは本当だろう。無理強いせずにミデンは横たわる少女を残して下の階の店でビリロが作った料理を食べた。

 それから。

 二階に戻る際にミデンは水の入った桶とタオルを用意し、部屋の扉を開く。アルカが出て行く前と同じ格好をしていた。


「寝たか?」

「寝とらん」

「なら良かった。服を脱いでくれ」


 突然何を言い出すのか。繋がれた両手で器用に体を起こしてアルカがミデンの方を見遣ると、タオルを水に浸けて絞っているところであった。


「体を拭いてやる。手錠を掛けられていたら水浴びも満足にできないだろ」


 それはミデンなりに気を遣った結果だった。アルカも言っていたが二人は一蓮托生なのだ。世話をしてやるのも自分の役目だろうと用意した。


「脱ぐのは構わんが……、手錠で引っ掛かって完全には脱げんぞ」

「それでも全部拭けるだろ」


 幸いにもアルカの服はワンピースだ。下からめくり上げればどこでも拭ける。


「汝、同年代の女子に好かれんじゃろ?」

「どうかな? 言われてみれば親密な子はいないかもしれない」

「復讐に生きてきたせいでそのような性格になったのじゃろうが……、物事を強引に進める癖がある」

「悪いことなのか?」

「一長一短じゃ。それより、自分で脱げんから汝が脱がしてくれ」

「わかった」


 足元から服を持ち上げ、アルカの細い体がランプの灯りに照らされて露わになる。その白い肌を濡らしたタオルで拭っていく。

 背負っている時から感じていたことだが、やはり温かい。テオスと名乗る少女ではあるが普通の人間のようである。――しかし、芸術の域に達する容姿と見る者を魅了するオッドアイは普通ではないが。

 そんなことを考えながら何度かタオルを絞り直しながら、アルカの体を拭き終える。


「じゃあ、桶とか片付けてくる。アルカは床で寝ていてくれ」

「だからそれはおかしいと言っておろう! 同衾じゃ同衾!」

「それだと俺が寝れないだろ」

「どこまで融通の効かん頭をしておるのじゃ……」


 テオスの立場から考えれば、契約者であるミデンの体調は優先しなければならない。しかし、無慈悲に床で寝ろと言われるのも酷い話である。

 どうすればこの少年を懐柔できるか。神の知能をもって思考を巡らせる。

 そして、ひとつの案にたどり着いた。


「――そうじゃ! 汝、考えてみろ。今までに誰かと同衾する機会はあったか?」

「戦場で詰められた場所で寝る機会はあったけど、同じベッドで誰かと寝ることはないな」

「なら、これは訓練じゃ。戦場において体調の管理は重要である。つまり、周りに人が居ようとも寝なければならない。だからまずは日常で我と同衾して慣れるが良い」


 住民から押し付けられる雑用すら修行という男だ。こう言えば乗ってくるはず――、


「確かにその通りだ。だけどいきなり同衾はきついから同部屋で寝るということから始めよう。一週間ほどしたらアルカも一緒のベッドに入ってくれ」

「…………」


 もうダメだ。少女は全てを諦めた。一週間後にベッドで寝れるという約束を取り付けられただけでも大金星かもしれない。

 そう思ってしまうほど、アルカの精神は打ちのめされていた。


「じゃあ、戻ってきたらすぐに寝るから移動しておいてくれ」

「承知……」


 バタンと扉が閉まる。テオスである少女はベッドの上を転がってそのまま床の上に音を立てて落下した。もうどうでも良かった。

 少しの時間の後、扉が開かれる。床に移動しているアルカを確認したミデンは、手にしていたタオルケットを小柄な少女に掛けた。

 優しさの見せ方を間違っておる! と、狸寝入りをする少女は強く思った。

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