Normal day
乾杯野郎
第1話
ヒソヒソ…ヒソヒソ…ヒソヒソ…
スゥゥゥゥ……
「俺に言いたいことあんならハッキリ言え!その他大勢に隠れんじゃねぇよ!」
人混みの中で弟村は周囲に聞こえるように大きな声で叫んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんで僕だけ缶詰状態で弟村は休みなんだよー!」
クライトンベイホテル1638号室でPeace Cp代表の松田啓介が出かけ支度をしている男に指を指しながら怒っていた
「はぁ…弟村さんから今日はお休みの報告を受けてますと先日お伝えしたでしょう?全く…人の話を聞かないから」
ため息混じりで呆れた口調で諭すように言い聞かせたのは秘書兼メイドの名城 椿
「なんかすみません…名城さん、休み貰っちゃって」
名城に申し訳なさそうに話しかけたのは専属運転手の弟村 史
「君さぁ、普通僕に言わない?「社長、お休みいただきありがとうございます」とかさ?てか僕が仕事してるってのになんなのさ!」
PCを叩きながら松田が弟村と目を合わさず少々声を荒らげた
「社長に言ったってダメって言うでしょ?だから名城さんにお願いしたんでーす、名城さん本当にありがとうございます」
「とんでもない、たまには「わがままな誰か」から解放されるリフレッシュは必要ですからね、1日ごゆっくり」
「僕も休…」
「仕入れ先との連絡、白川審議官にお渡しするプレゼン用試作品の準備、Webでのお取り引き…これを今日1日でやるんですよ?終わりますか?社長?」
「……はい…やります」
諦めたようで大人しくなった
「弟村さん、今日はどちらに?」
名城は手帳を見ながら話しかけた
「いつも着ているスーツもだいぶくたびれてきたので新調しようかな?と既製品でも良いのですが、既製品だとしっくりこなくて」
「やーい、無駄にマッチョー!マッチョマーン!ムキムキマーン、ムキムキなのにモテないでやんのー」
「うるさいな!モテる為に鍛えてるわけじゃないんです!護衛は鍛えるもんなんですよ!」
まるで子供の言い合い
「はいはいはい、社長はお仕事に集中!弟村さん、今日のお夕飯はいかがしましょう?」
「うーん…行きたい店もあるので悩んでもいいですか?決めたら名城さんに連絡しますよ」
「承知しました、では良い休日を」
「はい、行ってきます」
そういい細めのネイビーパンツに白のビックTシャツ、腰にはG17、下地がグレーで水色のストライブがあしらわれたシャツに黒のスニーカーに身を包み大きめの黒いサングラスをかけて弟村は部屋を後にした
東西が統一された日本では国内やアメリカ、EUの特定の国での従軍経験者、警察経験者は各国の記録を照会し日本政府から許可が降りれば使用条件は限られているが拳銃の所持は認められ弟村は元SWAT、松田の働きかけもあり所持が認められているので同様に名城も小型ナイフ等の刃物も装備している。
エレベーターに乗り地下の駐車場のボタンを押そうか一瞬迷ったが酒を飲むかもしれないなと考え1階のボタンを押した。
エレベーターを降り広いロビーを抜け大きな自動ドアをくぐるとベルボーイが「行ってらっしゃいませ」と軽くお辞儀をした。
さーて…どこから行くか
海沿いな事もあり春の気温とはいえ少し肌寒かったので1枚羽織る物を着て正解だったなと弟村は思い自動運転モノレールの駅へ歩いて行った。
この辺りの埋立地は観光目的で作られたが時代の流れ共に寂れていき、真夏に開催するテレビ局の敷地を使ったお祭り騒ぎの時以外は全盛期のような人集りも少なくなり平日ともなると人はまばら。
モノレールの駅で交通系ICカードに券売機でチャージし改札を抜け1番線の会社勤めサラリーマンの聖地「新旗」行き方面へ。
「1番線ホームに列車が到着いたします、ホームドアより下がってお待ちください」
機械的アナウンスが響きホームモノレールが入ってきて列車が停車し列車ドアとホームドアが同時に開き降りてくる人間はいなかったので弟村はモノレールに乗り込み座席座った。
埋立地を結ぶ東京港連絡橋は上は高速道路、
下はモノレールと車道となっており仕切りはきちんとしてあるがモノレールは車と並走できる形になっているのでモノレールの窓から車道を見ると何故かモノレールを笑いながら見て追い抜いて行く車もたまにいる、見ると流行りのハイブリッドカーに若い男2人組が乗っていた
ー若いとエネルギーが有り余っているとはいえもう少し落ち着けよー
弟村小さく口元で笑った
弟村はまだ20代なのだが外国育ちのせいか落ち着きがきちんとある
老けて見られるのを本人は嫌がるのだがそれだけ大人としての貫禄がもう出来上がっているのだ
そうこうしているうちに終点「新旗」に着きモノレールから降りて手狭のロータリーに降り立った
ーさて…どのルートで行くか…ー
サラリーマンの聖地「新旗」は国鉄から民間企業になった列車が4路線、地下鉄が2路線と意外と乗り換えが多いが4路線うち2路線は神奈川や千葉に行く列車なので却下、1路線は埼玉や神奈川に行く列車なので結果またターミナル駅で乗換えるのでこれも却下、環状線路線か地下鉄かと悩み弟村は環状線を選択して地上改札を抜けホームまで階段で上がり列車を待つ、環状線はこの時間だと3分間隔で動いているので直ぐにホームに列車が到着した。
平日の昼間だがさすがに環状線、利用客は多く席はまばらに空いていたが弟村は座らずに車両中央まで乗り込みつり革を掴んだ
新旗から目的地の渋長までは8駅だと思っていたが途中ターミナル駅の品谷と玉池の間になんちゃらゲートウェイなどという新駅が出来ていたのを弟村は知らなく路線図を見て軽く驚いた。
ー基本車かバイクだからな、新駅か…あんな所に作ってどうすんだろうなぁ…ー
と一瞬考えたが思考をやめワイヤレスイヤホンを耳にして流行りの歌を聴き始めた
目的地の「渋長」に着くと弟村は目を丸くした
ーどこだ?ここ?!ー
あたりを見回すとホーム形状やら駅の構造が弟村の知っている駅でなかった
渋長は都市開発計画の真っ只中、東西統一戦争のせいで開発計画は長引いており、前にあった百貨店ビルもなくホームも以前は2本あったが1本になりホーム敷地その物は広いのだが工事の囲いや柱のでだいぶ手狭に見えた、駅の案内板を見てもヒカリやらなんちゃらタワーとわからない建物ばかりだったので有名な犬の置物のある方面を弟村は目印に歩いた。
明らかに利用客数と合ってない手狭な階段を降り改札を抜けるとそこは渋長の有名なスクランブル交差点で少しホッした。
弟村は外国生活が長かったせいでそこまで東京の街に詳しくない、驚きを隠しつつ駅交番を左に曲がりガード下を抜け有名家電量販店側へ横断歩道を渡り、大きな通りの宝くじ売り場や立ち食いそば屋、アミューズメント施設のある反対側の横断歩道の信号を待つ。
繁華街のせいか水商売系の広告トラックが音楽を流しながら何台も通っていった。
信号が変わると反対側からも大勢の人が渡ってきて人混みをかき分けながら進んだがすれ違う時に男と肩がぶつかり弟村は「すみません」と咄嗟に謝ったが女連れの相手が
「痛てぇな、どこ見て歩いてんだよ」と因縁をつけてきた、別にどうとでもなるが無駄な争いは避けるのが当たり前
「ぶつかってしまいすみません、少し余所見をしていて」
弟村は頭をさげながら言った
「はぁ?よそ見だぁ?田舎モンか?お前?」
因縁をつけてきた男は腕を捲り刺青を見せつけながら弟村に絡み
「ねーもういいじゃん、早く行こうよー」
連れの女が催促
「チッ!田舎モンがウロウロしてんじゃねぇよ!」
捨て台詞を吐き2人組は去っていった
…日本は相変わらずだ、やっぱり車の方が良かったかな…
そんな事を思いながら明和通りを環状線沿いに歩いた
弟村の目的の店は渋長と次の駅、森宿の間にあり森宿からの方が近いのだがここは平日でも人通りが多く混雑しているのもあるので渋長から歩く方が道幅も広いし楽なのだ
明和通りを進むと左にはむかし大きな公園だった所が5階建てビルに変わっていて渋長側にオープンスペースのある飲み屋街、少し進むと1階はハイブランドのショップが立ち並び2回からファストファッション系のショップやカフェ、屋上はフットサルやスケボーがやれる場所に変わっていた
ーなんだか昔の方が良かったなー
弟村は幼少期の頃、一時的に東京に住んでいたのでうっすら街並みを覚えている
そのビルを通り過ぎ明和通りの左脇にある小路へと向かう。
ここは猫通りと呼ばれているのだか野良猫1匹見当たらない、何故猫通りと呼ばれているか不明だ。
通り入口には中高一貫学校がありそこを抜けると左側には少し洒落たバーガー屋、もう少進むと一時期はやったクラフトコーラの店、
そのクラフトコーラの店で弟村は立ち止まると売り子の女性が弟村にクラフトコーラを勧めてきた。
「お兄さんもどうですか?」
「クラフトコーラ?自家製って事?」
「えぇ、コーラの原点的な物を販売しております、1口いかがでしょうか?」
そういい売り子の女性は紙コップに1口分入ったクラフトコーラなる物を弟村に勧めた
「あ、じゃあいただきます」
喉が乾いていたのもあり紙コップを手に取り一気に喉へ流し込む
ーうわ、なんだこりゃー
弟村の感想はこれだった
元々コーラと言う飲み物は1880年代ジョン・ベンバードン氏がコカの実から抽出した物をワインと混ぜて飲む物で薬に近い扱いの飲み物だったがシカゴ禁酒法時代に酒類として規制され同氏がどうにか禁酒法に触れずに販売できないか?と模索し炭酸水と混ぜた物がコカコーラのはしりだ、その後コカインという麻薬が入っていると市民の間で不安視されたので規制されコカの成分を抜き作ったものが今のコカコーラだ。
クラフトコーラの味は飲んだ事ないが昔のその薬に近く薬膳の味と生姜、香辛料の味がしてアメリカ育ちの弟村からしたらとうていコーラと呼べるシロモノではない
「申し訳ないけど俺にはあわないよ、アメリカで育ったもんでね。俺はもっとジャンキーな方がいいんだ」
そう売り子にいい紙コップを店前のゴミ箱に捨てて先に進んだ
ーあんなもんとバーガーが合うかよ、きっと社長も「うわっ!マッズ!ペッペッ」って言うだろうな、あの人こういうの嫌いだもんー
そんな事を思い浮かべながら
目当てのテーラーに行く途中にロブスターサンドと言う珍しい物を見つけたがサンドウィッチとしては少々値が張り出せない額ではないが弟村的に有り得なかった
ーサンドウィッチなんてもんはレタスとパストラミビーフ、チーズにマスタードとオーロラソースって決まってんだー
と首を傾げながら歩いた
右の小路へ曲がり進むと一見服屋に見えないこじんまりした服屋に弟村入った
「すみませーん、生地の事で伺いました」
「はーい、あ!弟村さん、いらっしゃいませ」
中からスーツ姿の若い女性が出てきて弟村を迎えた
「すみません、小岩さん、遅くなりまして」
「いえいえ、そうそう!お電話でもお伝えしましたが良い生地が入ったので真っ先に音村さんにご連絡しました」
小岩と呼ばれた女性が受け答えた
「ご親切にどうも、で生地というのは」
「今お見せしますね」
そういい棚から布地を出して広げた
「これは気心地が良さそうですね」
「そうなんです、今じゃ珍しい材でして、ご指定のシックな黒にとても合うかと」
光沢のない黒色の生地で手触りも心地よく弟村の好みにピッタリだった
「ではこれでお願いいたします」
「はい、承知しました、寸法は…弟村さん鍛えておられるので図り直しましょう」
小岩がメジャーを出し弟村の身体を測っていった
「いつも黒色のスーツのご依頼ですがたまには他の柄…たとえばグレーにストライブの入ったスーツなど仕立ててみるのもいかがでしょうか?お似合いかと思いますよ」
「提案ありがとう、もう1人の同僚はきちんとしているのですがオシャレのセンスが独特で…それに俺の上司がとんでもなくだらしが無い人間でね、大切な商談だってのに平気でパーカーとベースボールキャップ、、アロハに麦わら帽子とかですから。俺くらいきちんと正装しておかないと相手に不快な思いをさせてしまうかもしれないし…それに俺個人が黒が好きなんです、スーツは。」
「フフ…弟村さんの職場は個性的な方が多いのですね、でしたら黒のスーツが1番よろしいですね。それに弟村さんは黒のスーツが良くお似合いです。…はい、寸法終わりました、お疲れ様です」
「ありがとうございます、仕上がったらまた連絡ください。あ…すみません、仕事柄日本に居ないかもしれないのでお伝えしてあるメールアドレスに連絡ください」
「かしこまりました…今回は内金…」
小岩が話出す前に弟村は現金30万程入った封筒をボディバックから出して小岩に渡した
「弟村さん!多すぎます!こんなに受け取れません!」
「いいですよ、生地の事を教えて頂いた御礼も兼ねてです。小岩さんの仕立てたスーツはとても長持ちするのでこれでも安いものです、それに小岩さんはアレコレ俺に聞かないので寸法測る時俺も楽なんですよ、テーラーによっては仕事の事とか聞かれるのでうんざりなのでね」
「…かしこまりました、ではただいま受注表をお渡ししますね」
テーブルて書類を作り綺麗に三つ折りし封筒に入れ弟村に渡した。
「小岩さんいつもありがとうございます、出来上がり楽しみにしてますね」
「はい!仕立てさせていただきます、出来上がりましたらご連絡さしあげますね」
「わかりました、それでは、また」
「ありがとうございました!お気をつけて!」
小岩がテーラーのドアを開け弟村が出た後に左足を引きずりながら歩く男とすれ違った
ーん?今の男…どこかで…ー
少し不思議に思いながらテーラーから来た道戻り猫通りの小道を散策していると場所に似つかない八百屋を見つけ観察すると八百屋の横に細い階段があった、その手前にメニュー表が置いてあり
ーなんの店だ?ー
興味津々で見てみると
「旬魚かなた ランチ」
と表記されていてランチメニューが記載されていた。
メニューには
・ランチ寿司 1500円
・ランチ寿司1.5人前 1800円
・特上ランチ 4900円
・ランチちらし 1800円
(全品お椀付き、税込、現金のみ)
ー寿司か…丁度腹も減ったしこの隠れ家みたいな雰囲気が気に入ったー
細い階段を登り左にある引き戸を弟村開けた
「らっしゃーーい」
ツケ場から板前が威勢よく出迎えた
「おひとり様ですか?」
配膳係なのか女性が弟村に尋ねた
「はい、1人です」
「直ぐにご案内できます、カウンター角席へどうぞ」
店内はカウンター8席、テーブル1席と店内はお世辞にも広いとは言えないが隅々まで清掃が行き届いて気持ちがいい
案内された席に座ると早速注文を聞かれた
「えっと…ランチ1人前のやつで、あと生ビールお願いします」
特上ランチでも良かったが外れたらこの後尾を引くと日寄ってしまった
「かしこまりました、アレルギー等はございますか?」
「特にないです、お気遣いありがとうございます」
弟村の注文と同時にカウンターに笹の葉が敷かれガリが載せられキンキンに冷えたグラスに注がれたビールが運ばれた
隣の席の寿司や冷蔵ケースの魚を見るととてもじゃないがこの値段で食べられないと一目でわかる
まずビールを1口
少し歩いて喉が渇いていたのもありクラフトコーラの後味を全て白いキメ細やかに泡立った金色の飲みのもが弟村の喉がを爽快に癒す。
ーくぅ〜喉のダムが崩壊しそうだー
ビールを味わっていたら早速板前が4カン寿司を出した
マグロの赤身、白身、茹で大海老、中トロ
ー初手からマグロか、うーん…迷うな…白身?これは平目かな。エビもまた大きい!ここ当たりだったなー
弟村は割り箸でまず平目の寿司に少し醤油を漬け頬ばった
ーう〜〜ん!美味い!身が締まっていて弾力がある身だが不快感のない噛み心地で旨味がどんどん出てくるぞー
次に大海老
ー本当は生が良かったが…いい茹で加減で甘みが引き立つ、このプリプリ感は茹でないとでない美味さか!ー
ーさて…次は赤身と…ー
少し大きめに切られたキッツケのマグロを口に入れた
ー…このネットり感がたまらない!赤身は少し血なまぐささが残るけどこの赤身ならいくらでも食べられるなー
そしてお待ちかねの中トロ、弟村の1番好きなネタだ
ー脂が程よくてしつこくない、筋っぽさもなく上品な味で美味い!醤油を少し弾くくらい脂がのっていて少し気になったのだがそれは杞憂だったなー
気がつくと金色の飲み物が空になっていたので追加で頼んだ
お代わりが来ると同時に
生ホタテ、子肌、サーモン、イカ
が目の前に置かれた
飲み物を1口飲み、ガリを頬張りながらどの順番で食べるか悩んだ
子肌、イカ、ホタテ、サーモンでいこう
子肌の寿司を箸で掴むと寿司表面が少し光っているように見えた
ー酢締めのバランスがいい塩梅だ、口の中がさっぱりする。やはり光り物の中で子肌が俺は1番好きだ、イカも隠し包丁が入っていて口に残らずシャリと一緒に胃に落ちていく、マリアージュだー
ホタテかサーモンか…
ビールを飲み決心してホタテに箸をつけた
綺麗に下処理がしてあり丁度良いバランスでシャリと一緒に握られていて箸で持ち上げても形が崩れることはない
ー甘い!大ぶりなので大味かと心配したがまったくの杞憂、少しキツめのワサビと相まってとても美味い、これはサーモンも楽しみだー
3人で寿司屋に行くといつも松田に
「サーモンが好きなの?弟村はお口がお子ちゃまでちゅねー」
と自分も食べるくせに何故かいつも茶化される
ーサーモンと鮭の違いは確か生で食えるか食えないかだったよな、しかし綺麗な身の色だ、うん!程よい脂が乗っていてほのかに辛子の味がする…漬けなのか、これはこれで美味い!ー
そうこうしていると椀が運ばれ蓋を開けると赤だしの味噌汁だった。
ビールに寿司と体が少し冷えたので丁度いい
ズズズ…
少し音を立て飲んでしまったが見た目に反して塩っ辛くなく温度も熱過ぎず丁度良い、具はなめこ
ー赤だしにはなめこだな…染み渡るー
「これでランチ終わりです」
板前が細巻きのネギトロ巻を6個に切り分けた物とマグロの赤身が目の前に並んだ
赤身か、さっき同じだとなぁ、少し。ん?…よく見ると少し黒くなっている、先程とは打って変わって赤身の漬けだった。寿司の表面に黄色い何かがかかっている
ーこれは…えぇぇい、ままよ!ー
意を決し弟村はマグロの漬けを口に入れた
ー程よく醤油…いや出汁醤油に浸かっていて塩っけも丁度いい、ほのかに感じる柑橘の香りは…柚子か!柚の皮をすりおろしてかけているのか。この柚子が口の中を爽やかにしてくれるー
巻物は…ネギトロかこうマグロが続くとハードルが上がるぞ…
そんな事を思いながら細巻きを1つ箸でつまみ醤油をつけて口に入れた
ーこれはネギトロというよりトロ鉄火だ、ネギは白いところのみじん切りと…少々紫蘇が入っている。トロの脂とネギの臭みを少しの紫蘇が消していてとてもバランスが取れているー
気がつけばビールも寿司も椀も空になっていた
弟村は入口の方を見ると外国人旅行客なのかそこそこ人が待っていたので長居は無用と判断
「ご馳走様でした、とても美味しかったです」
「ありがとうございます!またぜひ!おーい1番さんおあいそー!」
「はーい、お客様、こちらでお会計を」
そう給仕係がレジを叩き金額を提示した
ー2700円?まじか!このクオリティーで?!ー
驚きながら会計を済ませ給仕係の女性に尋ねた
「すみません、ここって夜の時間帯の貸切って可能でしょうか?今日初めてここお店に入りあまりにも美味しくて上司を連れてきたくて」
「貸切ですか…?可能ですけど…」
給仕係は会計の心配をしているのだろう、ランチはランチ価格、このクオリティーで夜だとそれなりにする事は弟村も分かっていた
「ただ…僕の上司がかなりのわがままで騒がしくて…他のお客さんのお食事の邪魔をしかねないので。代金はきちんとお支払い致します、なんでしたら前金でお支払いしますし足りなければご請求頂けたらお支払いいたしますよ」
いとも簡単に喋っている弟村の会話を他の客も聞き耳を立てていたのか驚いていて給仕係と板前も驚いた
「それか…お車もご指定の物を手配するのでケータリングとかお願いできますか?」
「お客さん…その…まぁ…あの…はい…仕入れや臨時休業の告知とありますから…2週間程前にご連絡頂けたら可能です、あ!うちは月曜日が定休日なので月曜日は難しいです、支払いに関してはその都度変動しますので…」
ツケ場から板前が答えた
「はい、もちろんご迷惑にならないように事前にご連絡差し上げます、料金はその時にお話頂けたら即お支払いいたしますので、御検討お願い致します。それでは」
そういい弟村は店をあとにした
「ふぅ…美味かったなぁ、1.5の方にすれば良かった。社長や名城さんにも食べさせたいなぁ」
そんな事を思いながら猫通りに戻ると
「あーあーあー!この服高ぇんだぞ!」
「すみません!すみません!こちらの不注意で…」
「謝って済むかよ!コルァ!ほら立てよ!クソが!」
人集りのなかで男が土下座をしてもう1人の男が因縁をつけていた、男の傍らには女と土下座をしている男の後ろには今にも泣きそうにでも涙をグッと堪えている小さな子供がいた
「あーあーあー子供の前でみっともなくねぇのかぁ?土下座なんかしてよぅ!」
「ださぁい!アハハ!」
よく見たら先程弟村に因縁をつけていた女連れの男で服にソフトクリームらしき物が付いていてその事を怒っているのだろう、恐らく子供がつけてしまったのだ
女も女でアイスを食いながらヘラヘラ笑っていた
ーせっかくいい気分なのに…そもそもこれだけの人がいるのに誰も助けないのか…事なかれ主義人種らしいな…ー
「まぁまぁまぁ、お兄さん、そんなに怒らないで」
弟村が割って入っていった
「あぁん?てめぇさっきの田舎モンじゃねぇか!引っ込んでろ!」
そういい弟村を押しのける仕草をしたのでわざとくらい連れの女に弟村はぶつかった
「痛っ!ちょっと!暴力は…あぁぁぁぁ!服にアイスがぁぁ!ちょっと!どうするんです?」
「いたーい!ちょっとぉぉ!何よーコイツ!」
女の方も大袈裟に騒ぎ、弟村も大袈裟に言った
「てめぇ!何してんだよ!」
弟村の胸ぐらを掴んで男が怒鳴った
「先に手を出したのはアンタだよな?こうなったら俺とアンタの問題だ、覚悟できてんのか?」
「てめぇ!いきがってんなよ!クソ田舎もんがぁ!」
男が大ぶりの右を振りかぶったので弟村はすんでの所で躱し体重がかかっている右足の膝裏に軽く蹴りを入れて男を派手に転がした
「お前…言うほど強くねぇな、これ以上やるなら俺も容赦しねぇぞ」
と言い、転んだ男の耳元で小声で
「ここで恥かくか裏道で恥かくか好きに選べよ兄さん?どのみち意識は飛ばすからな?」
とボソッっと言うと男は急に立ち上がり女の手を掴んで足を引きずりながら一目散に逃げていった
「さってと…ほらもう大丈夫ですよ、済みましたから、さっ立ってください」
弟村は土下座をしていた男に手を貸して立たせ
「余計な事してすみません…」
「いえいえ!みっともない所をこちらこそすみません!ありがとうございます」
土下座をしていた男は弟村に深々とお辞儀をし緊張がほぐれたのか小さな男の子は大泣きしだした
そんな男の子の目線を合わすように弟村は屈んでこう言った
「もう大丈夫、よく逃げなかったな、偉いぞ。それに君のお父さんはヒーローだ」
「ヒック…ヒック…ヒーロー?だってあやまってた…」
「いいかい?お父さんも怖かったんだ、でも君を守る為に必死で体を張ったんだ、戦うだけがヒーローじゃない、守る事もヒーローとしてとても大切なんだ」
「ヒーロー?」
「そうだ、だからお父さんを誇りに思っていい、君のお父さんはヒーローだ」
言い終わると周囲を見渡した
ーあそこのアイス屋かー
アイスショップに早足で向かい店員に何かを話してアイスを持って弟村は親子の所に戻ってきた
「逃げなかった君へのご褒美だ」
そういい小さな男の子に渡した
「ありがとう!」
男の子にアイスを渡すと弟村は右手の拳を男の子に向けると男の子は笑顔でグータッチをした
その時群衆から拍手が沸いたがヒソヒソと嘲笑する声も僅かに聞こえた
「偽善者が…」
弟村にはハッキリと聞こえたので
スゥゥゥゥ…
「俺に言いたいことあんならハッキリ言え!その他大勢に隠れんじゃねぇよ!」
そう言い残し弟村はその場を立ち去った
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ただいま戻りましたー」
弟村は1628号室の扉を開けた
「おかえりなさい、弟村さん」
「おかえり〜僕に働かせて1日エンジョイできたぁ?」
素直に出迎えたのは名城、皮肉で出迎えたのは松田だった
そんな松田を無視し名城に弟村は青い袋のお土産を渡した
「名城さん、休みありがとうございました、これ少ないですがお土産です。社長にも買ってきたのでどうぞ」
「あら、そんな気にしないで良かったのに…開けて良いですか?」
「ええ、もちろん」
名城が袋から出し青い箱を開けるとオレンジピールにチョコがコーティングしてあるお菓子だった
「まぁ美味しそう!早速紅茶を注れるので食べましょう」
名城は紅茶の準備をしていたが
「あのさ…僕こういうの食べられないの知ってるよね?嫌味?あー嫌だ嫌だ、椿ちゃんには好きそうな物を、僕には苦手な物を」
弟村は松田の返答を分かっていたのかシャツの胸ポケットからチョコレート有名店のホワイト板チョコナッツ入を投げて渡した
「社長はこっちが好きでしょ?」
「おぉーーー!わかってるねぇ!少しだけ見直したよ!えらいえらい!」
「そうそう、森宿でいい寿司屋を見つけたんです、貸切やケータリングも可能っぽいので今度連絡してみますよ」
弟村はシャツを脱ぎながら松田に言った
「ふーん…でも君さ?サーモン好きのお子ちゃまじゃない?そんなお子ちゃまに良さが分かるのかなぁ〜」
茶化すように松田が答えた
「あのね?あんただってサーモン食べてるじゃなですか?あ、この流れもういいんで」
松田の挑発に乗らなかった弟村
「チェッ…つまんないの…で?1日楽しかった?」
少し大きく深呼吸をして苦笑いしながら弟村はこう答えた
「うーーん…久しぶりの休みって何していいかわからないので…仕事してた方が楽でした」
ーーーーーーー了ーーーーーーー
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