元猫耳奴隷少女と巻き込まれ体質おじさんは異世界グルメを求めてる!

みかん太郎

第1話 異世界珍味を求めるおじさん、猫耳少女を拾う

「マジックラビット5匹......なかなか見つからないな」

 ベルクはため息をつく。

 刀を腰に下げたその男は、黒い服に身を包み、疲弊した様子で森を歩く。

 彼が、疲労が溜まってもクエストのために歩き続けるのには理由があった。


***

 

 数日前。

 

 眩しく照りつける太陽に思わずベルクは目を細める。

 

 帝都ハイル、皇帝の住まうこの都は、数百年ほど前に、複数の隣国が集まり独立したハイドニア帝国の中心地で、様々な種族が賑わいを見せ、様々な食文化が根付いていた。

 

 長い検問の列に耐え、疲れ切った声でベルクは門番に尋ねる。

 

「コカトリスが食べられる店しってるか?」


「はい、この辺りに」


 地図の1地点を指差してそう言う。

 

「しかしかなりの高級店になりますが......」


 俺があまり裕福そうな身なりをしていないせいか門番は、そう付け加えた。


「いくらくらいだ?」


「金貨5枚ほどかと」

 

「へ?」

 

 間の抜けた声を思わず出す。

 かかっても金貨2枚ほどだろうと、たかを括っていた。俺の持ってる刀と同じくらいの値段じゃねえか。

 繰り返す渡航で軽くなった財布の重さを実感し悲しくなった。

  

 帝都に来た目的を果たすために、お金を稼げる仕事を探し始めた。

 しばらく街を歩くと、一際目立つ建物に貼られた張り紙が目につく。

 【冒険者募集!】


 高収入かつ資格必要なしか。

 

 幸い腕っぷしには自信があったので、ベルクは決心し、ギルドと書かれた看板を掲げる建物の扉を開けた。

 

***


 夕風の吹く森は赤く染まり、1日の終わりを告げる。まだクエストはこなせてないが、暗闇を歩くのは流石に危ない。


「この辺りで野営するか」

 

 テントを敷くのに最適な位置を探し歩く。すると、20メートルほど先に張られた、いくつかのテントが目についた。始末のされていない焚き火、土で汚れ散乱したカバン、食べかけの肉料理。まるで慌てて逃げたような荒れように、不信感を抱く。

 

 何かが襲いかかってきてもいいように、刀の柄を握って、一歩ニ歩と後退りをする。

 その時、前方から啜り泣く声が耳についた。


「ひっく......ひっく......」

 

 テントの内から漏れるその声は、助けを求める誰かがいるのは明白だった。


「誰かいるのか!」


 声をかけるが返事がない。

 まわりを警戒しつつ、ゆっくりと前のテントに近づく。

 

「このテントか......」

 

 泣く声が聞こえるテントの前に立ち、刀を抜き、恐る恐るテントを覗くと......。

 

 中に何かいる。

 鮮やかな赤い髪に、猫の耳、囚人を連想させるようなボロボロの服を着せられたその少女は、両手両足を縛り上げられている。涙で腫れた目は、暗く澱み生気が感じられない。

 

 「なあ、君大丈夫か?」

 

 ビクッと身を翻す少女を見るに、何かあったようだ。こんな小さい子がこんなところで、縄に縛られて何があったんだ?見たところ怪我はなさそうだけど......ひどく怯えてる。

 どうにかしてあげないと。

 縄を解いてやりながらそんなことを考える。その間も少女は、「ごめんなさい......ごめんなさい......」と呟きながら体を震わせていた。


「大丈夫?」


 再び声をかけるが震えるばかりで答えてくれない。


「そうだ!お腹空いてないか?」

 

 先ほどの野営地から離れ、火を起こし、鍋を置き、今朝出発前に作ったスープを鍋に注ぎ温める。注がれるカラメル色のオニオンスープの優しい香りがあたりを漂う。 


「ほら、できたよ」

 

 湯気の立つスープを食器によそい少女に手渡した。

 しかし、少女は器を受け取ったもののスプーンを動かすことはない。

 不安げに器を見つめる少女に、鍋の中のスープを一口食べて見せる。


「大丈夫、変なものは入ってないよ」

 

 そう話すと、少女は恐る恐る口にスープを運ぶ。


「あったかい...」 


 瞼から筋を引いて涙が溢れる。


「よかったらパンも食べて」

 

 パンをちょうどいいサイズに切り分け皿に乗せる。


「気に入ってくれて良かったよ」


 口いっぱいにパンを頬張る少女を横目で見ながら、自分の器にスープをよそう。コンソメベースのスープは、ほのかな玉ねぎの香りで優しい味に仕上がっていた。


***

 

 2人とも食事を終えた頃。

 すっかり日の落ちた森を、わずかに灯す焚き火に照らされた少女の表情は、最初の頃よりほぐれている。

 しばらくの沈黙が続く中、ベルクは口を開いた。


「落ち着いた?」

 

 少女は口を拭いながら頷く。


「俺はベルク。君の名前は?」


「レナ」

 

「レナ、いったい何が――」


 そう言った瞬間、レナの表情が曇る。


「すまない、話したくなかったらいいんだ」


 レナは少し悩んだような様子を見せたが、ポツポツ話し始めた。


 レナは拙いながらも一生懸命話してくれた。


「要するに、野営地が魔物に襲われて、君を買った貴族に置いて行かれた感じか」


 魔物は貴族の方を追って行ったんだろうな。だけど魔物の中には、獲物の匂いを覚えて追いかけてくるものもいる。もしかしたら、レナを追いかけてここにくるかもしれない。

 

 「今日はもう寝よう。それで明日の朝、街に戻ろうか。」

 

 自前のテントにレナを入れてあげた。

 不安そうな様子だったが、毛布を優しくかけてあげると、少し安心したようでそのまま寝てしまった。

 

***


 都の路地の古い扉を叩く高そうな服を着た男がいた。

 

「開けなさい、私が来ましたよ」

 

 扉がキィキィと音を立てながら開かれる。

 そこにはボサボサの髪をした、異臭のする汚らしい男が立っている。


「わざわざ遠くからありがとうございます。カルロス様」


「おべっかはいいです。早く例のものを」


「は、はぃぃ」


 男は扉の奥へ消えていく。

 しばらくして、男が足をバタバタさせる赤髪の猫の亜人を連れてきた。若いのか体が小さい。

 

「フフフ、成人前の猫人族。素晴らしいですねぇ」


「へへへ、苦労して手に入れましたから」


「お金を持ってきなさい!」


 カルロスは指を鳴らし、店の前に止まっていた馬車の中の部下を呼び出す。


「あ、ありがとうございます」


 ずっしりと重いお金の詰まった袋を差し出された男は、とても喜んだ様子でそれを受け取った。 


「そんな顔をしないでください、あなたは今から私の夢を叶えるための踏み台となるのです。光栄でしょう?」


 男とは真逆の哀しげな表情を浮かべるレナに、カルロスはそう話しかけた。でも、レナの表情は変わらない。


「はぁ、素晴らしさがわかりませんか、まぁいいでしょう。私はまだ用事があります、この子を連れて行きなさい」


 カルロスは部下の男にレナを馬車に乗せ、連れて行くように指示した。


「ほらさっさと歩けガキ」


 乱暴に腕を掴まれたレナは、心の中で願う。


 誰がレナを助けてください......。 


***


「おい――」 

 

「おい!起きろ!」


 悪夢からレナを引き戻したベルクの声と、必死の形相に少し驚きながら体を起こす。

 

「いいか、ここを絶対に動くなよ。俺がなんとかするからな」


 困惑するレナを尻目にそう言ったベルクは、テントから出る。

 外がなにやら騒がしい。何かの獣の咆哮が聞こえた。

 

「こっちにくるな!」


 こちらを睨みつけ佇むグリフォンにそう叫ぶ。

 3メートルはあるだろうか。ライオンの巨体にに鷲の翼、鋭い爪と嘴は、捕食者としての威厳を誇示している。

 グリフォンは体勢を低くし、全身を力ませ今にも飛びかかりそうな様子。

 ベルクは刀を抜き手に力を込め叫ぶ。


 「火精霊魔法【炎纏いの刃 (ソードクラウドインフレイムズ)】」


 抜いた刀には、小さな火トカゲが、無数に張り付き刀身に火を纏わせている。しかしそんな刀に一切怯まないグリフォンは、ベルクの懐に飛び込み、腹に向かって爪を突き立てる。

 なんとか刀で弾いたが、ビリビリと強い衝撃を受けた腕が痺れる。

 予想外の衝撃に震える手を押さえつつ、引き気味の腰を少し落とし再度刀を構える。

 

「今度はこっちから行くぞ!」


 慟哭をあげるグリフォンに向かって走り出す。

 幾度となく振るわれる爪を刀で凌ぎながら攻撃の隙を伺う。

 

「いまだ!」


 大きく振り下ろした刀は、無慈悲にも素早く動くグリフォンの顔の横を空振る。その隙を見逃さなかったグリフォンは、再びベルクに飛び掛かる。

 

「かかったな」

 

 そう呟きニヤリと笑うと、振り下ろした刀のきっ先を、急に反転させ斬りあげる。

 縦に深く斬られたグリフォンの傷口は燃え、大きく体勢を崩した。

 グリフォンの死ぬ前の最後の雄叫びが、森に響き渡る。


「もう出てきていいぞ」

 

 レナにそう呼びかけた。

 恐る恐るテントから出てきたレナは、少し目に涙を浮かべ、抱きついてくる。


「あ、ごめんなさい、その......怖かったから」


 すぐに抱きついた手を離し、申し訳なさそうな顔をする。


「大丈夫、今まで怖かったよな」


 レナの頭を撫でてあげていると、突風が吹き荒れる。

 上を見上げると5匹ほどのグリフォンが羽を羽ばたかせ風を起こしていた。


「いいか、今から言うことをよく聞け」


 少し怯えながらも頷くレナを見て、言葉を続ける。


「この先を真っ直ぐ走れば街に出られるはずだ。

俺がこいつらを惹きつけているうちににげろ!」


 流石にこの数のグリフォンは倒せないと踏んだベルクはレナにそう伝える。

  

「置いてなんて行けないよ!」


「わかった......じゃあ絶対に近くにいろ!」


 正直勝てる可能性はわずかだ。だけどやるしかない。全魔力を注ぎ込んだ一撃に賭ける。

 フーっと息を吐き、全身に力を込めて唱える。


「火精霊魔法【炎の精霊の一撃(ファイアスピリットストライク)】」


 ベルクの背後から5メートルはあるだろうか、神話の精霊イフリートを彷彿とさせる、大きな角の生えた燃える巨人が現れ、グリフォンの群れに手をかざす。

 その刹那、手から放たれた火の柱はグリフォンたちを包み込む。

 3匹のグリフォンが燃え落ち地に落ちた。だが残りの2匹は避け切ったようだ。

 

「やっぱり倒しきれなかったか......くそ、魔力がもうない」


 レナには手をだせないように、容赦なく飛びかかろうとしてくるグリフォンに、刃の先を向ける。  

 

「テントに隠れていてくれ、俺がこいつらを倒してやる」

 

 刀を握る手に力を込め、足を踏み出そうとしたその時。


「植物生成魔法【有毒な残虐性(ハザーダスアトロシティー)】」


 後方から聞こえた可憐な声に呼応し、地面から紫の花が生えてくる。

 その花はグリフォンに煙を飛ばす。毒気を食らったグリフォンは、血を吐き、地面に崩れ落ちて動かなくなった。

 

「大丈夫か」


 プレートアーマーを見に纏った彼女は、鎧兜を脱ぎながら話しかける。

 綺麗な金の長髪は、太陽に照らされキラキラと輝いている。

 

「ありがとう、助かった」


「いや、いいんだ私はギルドマスターの責務を果たしただけなのだから」


「俺はベルク本当にありがとう」


「私はギルドマスターのヴァレリアだ」


レナがテントからでて半泣きで抱きついてくる。

それを見てヴァレリアの表情が曇る。


「その女の子大丈夫なのか?」 

 

「この子この森においていかれたらしいんだ」


「それは災難だったな、大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ」


「そうかよかった。それじゃあ私はこれで」


 ヴァレリアが立ち去ろうとした時、腹の音が鳴る。


「レナ、お腹すいた?」


「い、今のは私だ。そ、その昨日から何も食べてなくて......」


 ヴァレリアが少し恥ずかしそうに、そう話す。


「ちょうど今からご飯作るんだ、一緒に食べないか?」


「いいのか?」


「助けて貰ったお礼ってことで、よかったら食べてってくれ」

 

 ベルクは最初に倒したグリフォンの羽をむしり始めた。


「グリフォンを食べるのか」


「ああ、グリフォンの肉はちょっとクセがあるけど、鶏肉より味が濃くて美味しいぞ」


 話しているうちに肉の塊となったグリフォンを、一口大に切って、余っていた玉ねぎと一緒に炒めそこに醤油ベースのタレを加える。醤油の香りが食欲をそそる。


 ちょうどいい具合に火が通った具材に、グリフォンを解体した時に見つけた卵を溶いて加える。

 

 別の鍋で炊いていた米を皿に盛り、上に今作った料理を載せる。黄金に輝くその料理を見てヴァレリアとルナは目を輝かせる。

 

「こんな料理初めてお目にかかるぞ。それに魔物の肉なんてそうそう食べないしな」


「親子丼って言うんだ」


「おやこどん......?」


「ああ」


「この下に入っている白い粒はなんだ?」


「それは、帝都の西にある国で採れる米っていう穀物だ」


「これおいしいー」

 

 レナは笑顔でそう言う。そんな姿を見てるとこっちまで笑顔になる。


「この肉噛みごたえがあって卵とよく合う」


 子供のように口いっぱいに、ご飯を含む2人を見ると、よほど美味しかったことが伺える。


「米と一緒に食べるともっと美味しいぞ」


「おいしいー」


 2人はあっという間に食べ終えてしまった。


「そういえば、ギルドマスターなんて大層な人がこんなところで何やってるんだ?」


「すまない......この任務は口外できなくてな。それより、ご飯をありがとう。いつもは、干し肉にパンくらいしか食べれなくてな。本当にありがとう」


「確かにそんなのじゃ物足りないだろうな」


「それならこれも持っていくか?」


 カバンから布袋を取り出しヴァレリアに手渡す。


「なにそれ、レナもほしいー」


 ねだるレナにも布袋を手渡す。


「何これ甘い匂いするー」


「一つ食べてみろ」


 レナは布袋の中身の1つをつまみあげひと口で食べる。


「クッキーだ、あまーい」


 レナは頬を手で押さえながらニコニコと笑う。


「甘味か。ありがたくもらうとするよ。ここまで良くしてくれて本当にありがとう。困ったことがあればいつでもギルドに来るといい。力を貸そう」


「ああ、ありがとう」


 ヴァレリアに手を振り別れを告げる。


 テントをひとしきり片付け、カバンを背負い立ち上がる。


「よし、帰るぞ」


 2人並んで歩く中、ふと横を見ると心地の良い朝風に髪を靡かせるレナが、明るい目で前を見ていた。

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